
身体面だけでなく、精神面も含めて高齢者の健康寿命を伸ばす活動や研究が、最近注目されている。その中には、運動教室や娯楽活動など団体でおこなう社会参加も兼ねた活動が、高齢者の認知機能の低下や介護リスクを下げるのに効果的だと示唆する研究もある。
そこで今回、運動を通じて高齢者の社会参加を促す研究に取り組んでいる畿央大学理学療法学科の松本大輔准教授にお話を伺った。
松本准教授が取り組んだ、地域の歩きやすさを点数で評価してくれる「WalkScore®」を使った研究によると、ウォーカビリティが低い地域ほど、高齢者の社会参加が減少する傾向にあることがわかった。

松本 大輔さん
畿央大学健康科学部理学療法学科・畿央大学大学院健康科学研究科 准教授
本記事のリリース情報
理学療法学科 松本大輔准教授の研究がWebメディア「Wellulu(ウェルル)」に掲載されました。
歩きたくなる町とは?ウォーカビリティに見る、都心と地方の違い
──先生が今回の研究に取り組むようになったきっかけを教えてください。
松本准教授:リハビリテーションを含む健康寿命の延伸をテーマに、中年・高齢者の運動や体力の維持・向上についての研究が、私のバックグラウンドです。研究を進める中で、単に「筋トレやストレッチをしてください」と言葉で伝えるだけでは、対象者の方々が運動を継続することは難しいと感じていました。対象者が運動を継続することができる環境を整えることが重要性であり、高齢者の中には「みんなで集まって運動できる場所がほしい」という声もあり、社会参加について関心を持つようになったのがきっかけです。
また、過去に取り組んだ研究で、社会的な活動に参加することでフレイルや介護リスクが低くなることも示唆されています。「ひとりで運動しているから大丈夫」と考えている方も中にはいらっしゃいますが、運動だけでなく社会参加を促すことで、高齢者の健康寿命を伸ばせると私は考えています。
──今研究では「ウォーカビリティ」も研究対象になっていますが、そもそもウォーカビリティとは何なのでしょうか?
松本准教授:ウォーカビリティとは、直訳すると「歩きやすさ」という意味です。ただ、単純に道の歩きやすさを指すのではなく、暮らしやすさなども含まれています。具体的には、道路の幅や歩道が広いこと、ショッピングモールや駅までのアクセスの良さも重要な要素です。また、こういった建物や道路の構造的な面、いわゆるハード面だけでなく、地域における社会参加の場が存在するかどうかというソフト面も考慮されます。
──「歩きやすい」だけでなく、「歩きたくなる」も踏まえた視点、というイメージでしょうか?
松本准教授:そうですね。ハード面とソフト面の両方がバランスよく組み合わさった時に、真のウォーカビリティが実現されると言えます。特に現代では、地域の持続可能性や住民の生活の質を高めるためにも、ウォーカビリティが重要だと考えられています。
ウォーカビリティが高まることで社会参加も増え、人とのコミュニケーションの場も増えます。そうすることで、体力の向上や認知機能の維持などの健康増進にもつながり、高齢者の介護リスクを低減させる可能性が期待できます。
──ちなみにウォーカビリティの高い・低いはどのように計測されたのでしょうか?
松本准教授:ウォーカビリティを計測する方法としては、GIS(地理情報システム)を使用した高精度な方法がスタンダードと言われています。しかし、GISを使うには専門的なソフトウェアやスキルが必要なため、今回は独自のアルゴリズムでウォーカビリティの指標を算出してくれる「WalkScore®(住所を入力するだけで、商業施設・公園・学校などの近隣施設まで、徒歩でアクセスできる度合いを100点満点で評価してくれるサービス)」を使って計測しました。
──「WalkScore®」、おもしろそうなサービスですね。
松本准教授:誰でも利用できるので、ご自身がお住まいの住所を入力してウォークスコア(WalkScore®によって割り出された点数)を計測してみるとよいかもしれません。都市圏内では点数が高いエリアが多く存在していますが、地方や田舎だと点数が低いエリアが多くなります。ウォークスコアが50点未満のエリアは、徒歩30分圏内に出かける場所が少なく、車が必要になる地域とされています。また、日本の場合だと、都道府県や市町村に差があることは想像できますが、同じ市町村内でも格差があり、町の中心部から少し離れただけで外出しにくくなる地域が多く存在していることも明らかになっています。
今回の畿央大学と広陵町との共同研究では、奈良県の広陵町に在住する高齢者2,750名を対象に、スコアが50点以上のエリアと50点未満のエリアに分類し、両地域での社会参加の違いを調査しました。
ウォーカビリティが低い地域に住む女性は社会参加が少ない
──「社会参加」と言っても様々な活動があると思いますが、今回の研究で対象にした活動はどういったものを指すのでしょうか?
松本准教授:スポーツ活動や趣味、娯楽活動といったものを指します。内閣府での全国調査を参考にしていて、スポーツ関連の教室やクラブ、芸術や文化活動、生涯学習関連の活動を主に取り上げました。一方、今回の研究では、婦人会や老人会、自治会のような組織での活動は対象外としました。
──なぜ自治会などの活動ではなく、娯楽やスポーツなどの活動のみを対象にしたのでしょうか?
松本准教授:義務的に自治会などに参加している方もいるかもしれないからです。また、娯楽やスポーツ活動のように、平等な関係性の中で行われる水平型の社会活動の方が、ウォーカビリティとの関連性や健康に良い影響を及ぼす可能性が高いと考えたからです。
──それでは、今回の調査を通じてわかったことを教えてください。
松本准教授:ウォークスコアが50点以上と50点未満のエリアでは社会参加の割合が約10%異なっていました。さらに、ウォーカビリティ以外に社会参加に影響する要因として、年齢、教育歴、経済的状況、独居かどうか、健康や精神状態なども考慮した上でウォーカビリティとの関連性を分析したところ、特に女性ではウォークスコアが低い地域の場合、社会参加が約20%統計学的に有意に低いことがわかりました。
ただし、今回の調査では横断研究であり、追跡研究を行っていないので、ウォーカビリティが低いから社会参加が減少しているのか、もともと社会参加に興味のない人々がウォーカビリティの低い地域に多かったのかという因果関係までは判断しづらいところもあります。
── なぜ、男性よりも女性の方が社会参加の割合が減少しているのでしょうか?
松本准教授:あくまで仮説としてなのですが、男性の方が運転免許を持っている割合が高いことが影響している可能性はあります。ウォーカビリティが低い地域の場合、高齢者夫婦世帯であれば、夫がいないと外出できなかったり、独居女性も外出や社会参加がしにくいことが予想されます。また、運転免許の返納によって、これらの機会を失うかもしれません。
多機能型の活動が高齢者のウェルビーイングにつながる
── 高齢者の社会参加を増やすための方法として、先生が考えているアイデアや意見はあるのでしょうか?
松本准教授: 例えば、ローカルバスやオンデマンドバス、タクシーのように家の近くまで来て、ショッピングモールやスーパーまで実際に案内してくれるサポートなどが考えられます。そういったサービスを利用することで、リアルな買い物体験が得られ、食材の選び方やお金の計算、スーパー内を歩くといった活動が社会参加にもつながります。
また、集団活動を行う際には、身体的サポートだけでなく、認知機能への刺激や精神的側面への効果も踏まえた活動が大切だと考えています。例えば、体操クラスの後に皆でお茶を楽しむような時間を取り入れることで、多機能型の活動として社会参加を促すきっかけになります。私自身は運動や体力に関する活動をメインに取り組んでいますが、根本として高齢者のウェルビーイングを高めることを重視しています。そのためにも、活動の後に楽しく交流できる場があれば、運動が苦手な方でも参加してもらえると考えています。
──活動の内容も大切ですが、楽しく集まる場所があれば自然と参加者も増えそうですね。
松本准教授:そうですね。また、最近だと、多様な土地利用にも注目しています。今、私はフランス南部のトゥールーズで生活しているのですが、日曜日になると歩道がマルシェのような露店に変わったり、イベントが開催されたりしています。日本でも地域活動をコーディネートする役場やNPOのサポートを受けながら、公園や体育館、小学校などを地域に開放してイベントを行うことで、住民の方々の地域愛にも繋がると感じています。
──高齢者だけでなく若年層にも地域愛が芽生えそう!最後に、先生が現在取り組んでいる研究について教えてください。
松本准教授:他大学と一緒に行動遺伝学についての研究に取り組んでいます。身長、体格、精神的な特性などが、どれだけ遺伝的に影響しているのかを分析しています。最近、座る時間が長いと健康に良くないと言われていて、歩く時間を増やすための活動を推奨している団体も増えていると思います。非常に重要な活動ではあるのですが、遺伝的に歩くのが苦手な人からすれば「歩きなさい」と提案されること自体が負担になるかもしれません。こういった遺伝的な要因も踏まえた上で、歩行習慣や適切な生活習慣を身につけるための方法について研究したいと考えています。
──行動遺伝学の研究が推進されれば、人それぞれのアドバイスが見つかりそうですね。本日はありがとうございました。
Wellulu編集後記
取材後、早速自分の住んでいる地域を「WalkScore®」で計測してみた。
「WalkScore®」でさまざまな地域を計測してみれば分かることだが、都内であればほとんどのエリアが90点以上で、いわゆる「歩きやすい(歩きたくなる)」場所が多い。しかし、地方エリアで計測してみるとその得点が大幅に低くなっている。また、先生が仰っているように、同じ市町村内であっても駅から近いエリアと遠いエリアだと、点数が大きく変わる地域も存在していた。
そして、外に出かけたくなる場所が少ないと社会参加の機会も失う。大型施設がある必要はなく、地域の個性を活かした場づくりが大切なんだと改めて感じた取材だった。
博士(健康科学)。理学療法士。地域リハビリテーション研究室に所属し、複数の自治体や企業と共同で介護予防・健康増進における調査および実装研究に取り組む。大阪大学大学院医学系研究科附属ツインリサーチセンター招へい准教授として、フレイルや身体活動に関する行動遺伝学研究にも従事。現在は、在外研究員として、フランスのトゥールーズ大学病院、老年科、加齢研究所(Institute of Aging, Gérontôpole, Toulouse University Hospital)に在籍。