※本記事の内容は2025年6月末時点の情報になります
日本において高齢化の進行が深刻化する昨今、「誰もが自由に移動できる社会の実現」というのが大きなテーマになっている。そんな中で、移動に制約を抱える高齢者を含んだすべての人たちにとって注目を集めているのが、電動車いすや小型電動カートも含む、歩行領域をカバーする「近距離モビリティ」である。
免許不要で「歩行者」扱いの近距離モビリティといった新たな移動手段は、移動に困難を抱える人々の“足”となり、地域社会での自立と生活の質(QOL)の向上を支援している。
「すべての人の移動を楽しくスマートにする」というミッションを掲げるWHILL株式会社は2012年の創業以来、スタイリッシュで誰でも乗りたいと思える近距離モビリティWHILL(ウィル)の開発・販売、ならびにモビリティサービスの展開を通じて、移動支援の革新を進めてきた。
一方、レジル株式会社は「マンション一括受電サービス」(※1)や「マンション防災サービス」を通じて、再エネによるCO₂排出実質ゼロの電力供給を実現している企業である。一括受電と、マンションに設置した分散型エネルギーリソースの制御・運用を組み合わせることで、「マンション1棟まるごと脱炭素化」を可能にしている。
今回は、WHILL株式会社(以下「WHILL社」) 法人モビリティソリューション事業本部 本部長の杉浦圭祐氏と、レジル株式会社(以下、「レジル社」)分散型エネルギー事業本部 丸山克己氏に、防災とモビリティの親和性と未来像についてお話を伺った。

杉浦 圭祐さん
WHILL株式会社 法人モビリティソリューション事業本部 本部長

丸山 克己さん
レジル株式会社 分散型エネルギー事業本部/第三営業グループ ジェネラルマネージャー
IT業界で経験を積み、2023年にレジル株式会社に入社。分散型エネルギー事業本部で、マンション一括受電の導入拡大を推進している。
※1 マンション全体の電気を一括で購入し、工場やテナントビルと同じ高圧契約に変更することで、電気料金の単価を引き下げる仕組み。
「外に出るからこそ、元気になれる」——楽しいモビリティがつくり出す新しい価値

── WHILL社が掲げている「すべての人の移動を楽しくスマートにする」というミッションには、どのような社会課題を解決したいという思いが込められているのでしょうか。
杉浦:先進国において高齢化が進む中、「歩行が困難」という課題を抱える人々の増加が予測されています。当社が開発・生産・販売している近距離モビリティ ウィルは、歩行が難しい方を含め、すべての人の移動を支援することを目的としています。
私たちはもう一つの大きな課題として、近距離モビリティに対する社会的な見られ方の問題があると考えています。「車いすに乗っている人」と周囲から見られてしまうという心理的バリアが、依然として存在するのです。
かつては眼鏡も、視力が悪い人のための福祉用具でした。眼鏡をかけていることで、昔は多少なりともネガティブな印象を持たれることがありました。しかし現在ではデザイン性が高まり、洗練されたファッションアイテムの一つになっています。
同じように近距離モビリティも、デザインやテクノロジーの力によって、イメージを変えていかなければなりません。「仕方なく乗る」ではなく、より多くの人が「乗ってみたい」と思えるような、楽しさとスマートな見た目を兼ね備えたモビリティとサービス体験を開発する思いをこのミッションに込めています。

── レジル社が電力供給を担っているマンションに向けて、WHILL社の近距離モビリティのシェアリングサービスを導入する実証実験を検討中だと伺いました。都市部のマンション居住者にとって、移動に関するどういったニーズや課題があるのでしょうか。
杉浦:もちろん都市部であれば、マンションの近くに店があるなど生活に便利な環境ではあると思います。ただし、「どれくらいの距離を負担に感じるか」は人それぞれです。
たとえば、ひざに痛みを抱えている方にとっては、少しの移動距離でも大きな負担になってしまいます。そうなると、日常の買い物や外出が億劫になり、次第に外に出なくなってしまう。結果として、社会とのつながりが薄れ、心身の健康にも影響を及ぼす可能性があります。
ウィルによる外出・移動の支援は、高齢者にとって、社会とのつながりと健康を維持するという両面でのニーズを満たし、生活者のQOLを高める手助けになると感じています。
── 実際にWHILL社の近距離モビリティを利用するユーザーからは、どのような感想が届いているのでしょうか。
杉浦:当社の創業のきっかけは、2010年に創業メンバーが出会った車いすユーザーの「100m先のコンビニに行くのをあきらめる」という一言からでした。
今では、引きこもりがちになってしまっている高齢者の方から、「ウィルを使って外出するようになって、気持ちも上向いて体調もよくなってきた」といった、うれしい言葉をたくさんいただいています。
「元気だから外出をする」のではなく、「外出するから元気でいられる」という考え方。そのための移動支援こそが、私たちが考える社会課題の解決に向けた取り組みなのです。
丸山:当社も「結束点として、社会課題に抗い続ける」というパーパスのもと、脱炭素を社会全体に広げる取り組みを行ってきました。身近な生活の中にあるインフラを十分に活用することで、社会をよりよくしていこうという姿勢に共通点があり、WHILLさまの考え方には非常に共感するところが多くあります。
災害時に「動ける」という選択肢を。移動と電力のインフラ協働がもたらす、新たな備えのスタンダード

── 両社の協業において、防災という視点は安心・安全な住環境の実現という意味で大きなキーワードになると思います。災害時における電動近距離モビリティにはどのような可能性があるとお考えですか。
杉浦:当社の近距離モビリティ、特に「WHILL Model C2」(※2)というモデルは、5cmの段差を乗り越える能力や高い小回り性能、振動を吸収する機能があり、高い評価をいただいています。
たとえば、2024年の能登半島において大きな地震が発生した際には、高齢者の中には避難所まで移動すること自体が難しいという方もいらっしゃったとお聞きしています。地震で道路が隆起し、荷物を持って安全に移動することが難しい状況では、当社の近距離モビリティは非常に有効なツールになるのではないでしょうか。
丸山:当社では20年以上にわたって、「マンション一括受電サービス」を提供してきました。20年が経過すれば、お住まいの方々も20年の歳を重ねられていることになります。加齢による移動の不安が増す中で、災害時の移動手段を確保できるWHILLさまの近距離モビリティの存在は大きな安心につながると思っています。
── レジル社の分散型電源による「マンション防災サービス」と、WHILL社の近距離モビリティとの親和性をどう捉えていますか。
丸山:「マンション防災サービス」は、一括受電の仕組みを基盤に、太陽光発電設備や蓄電池、EV充電設備などの分散型電源を活用して、停電時でも共用部の動力設備に電気を供給するサービスです。給水ポンプ(水道・トイレ)やエレベーターなどが機能し、自宅での避難生活が継続できるようになります。
そこにWHILLさまの近距離モビリティのシェアリングが加われば、高齢者の方でもスムーズに医療機関や避難所へ移動できる環境が整います。
杉浦:当社のウィルの動力にはリチウムイオン電池を使用しているため、充電できる環境が必須です。レジルさまの「マンション防災サービス」による災害時の電源供給と、当社のモビリティでの移動力の確保というのは、災害時により安心できる、マンション居住者のニーズを満たす理想的な組み合わせではないでしょうか。
── 特にエレベーターなどの共用部の電源供給は、モビリティの利用者にとって重要だと思います。実際のユーザーにはどのようなニーズがあるのでしょうか。
杉浦:ユーザーが近距離モビリティを置く場所の大半は、マンション1階の共有部分になります。もし停電でエレベーターが使えなくなれば、歩行が困難な方が階段を使って1階まで降りなければならず、本末転倒な事態に陥ってしまうでしょう。
その点、レジルさまの電源供給があれば、停電時でもエレベーターを稼働させることができ、共用部分への移動が可能になります。災害時の避難がスムーズに行えるという安心感も、大きなニーズの一つだと感じています。
── 今回の協業のように、レジル社が提供する電力インフラが実証実験の場になることの意義について、どういう考えをお持ちですか。
丸山:今回は私たちが電力を供給しているマンションで、WHILLさまの近距離モビリティを一定の期間、シェアリングで提供していただいています。具体的には、実際の生活環境下で快適性や防災、脱炭素といった観点からの効果を多面的に検証できるのがポイントです。
当社の強みは、実証実験の舞台がマンションという“日々の暮らしの現場”であるということです。この環境での実証は、マーケティングや製品開発へのフィードバックをする上でも、大きな価値があるものだと思っています。
現在、当社が提供する一括受電マンションは首都圏と関西圏を中心に約2,600棟にのぼり、そこに暮らす住民の方々は、年齢層や生活スタイルも多様です。そのため、実証実験を通じて幅広いニーズに対応した検証が可能になります。また、住民や管理組合などからのフィードバックを素早く得られるため、ユーザー起点の開発にもつなげやすいでしょう。
杉浦:当社としても、マンションの共用設備として近距離モビリティを導入いただくことには大きな意味があると感じています。
ウィルによってマンション居住者の生活環境がどのように変わるのか、災害時の不安がどのように解消されるのか、直接のお声を聴けるチャンスだと捉えています。
今回の実証実験での利用状況や利用者の声を、今後の製品開発やサービスの向上に生かしていきたいです。

「移動の自由」がすべての人に行き渡る未来へ──WHILL×レジルが描く、近距離モビリティが溶け込む暮らし

── マンションや集合住宅向けに近距離モビリティを普及させていく上で、どのような課題があると認識していますか。
杉浦:近距離モビリティのメイン利用者は、どうしても高齢の方に偏ってしまいがちです。ここでもやはり、先入観を拭いながら、普及を進めていく必要を感じています。
たとえば、部活中に足をケガした高校生や急な発作で病院に行くのも大変なお父さん、妊娠中で長距離の移動がつらい妊婦さんなど、「ウィルがあってよかった」と思うシチュエーションは必ずあると思います。
また、管理維持費やサービス料金が発生する場合、利用頻度の差によって住民間で温度差が生まれてしまうこともあるかもしれません。
丸山:私たちは「マンション一括受電サービス」を基幹事業にしており、導入するマンションも、80〜120世帯ほどが暮らす大規模なものです。サービスとして実装するには利点にもなりますが、規模が大きくなる分、合意形成する上では課題も残されていると感じています。とはいえ、管理会社や組合から否定的な声はほとんどなく、「今は使わなくても、将来必要になるかもしれない」と前向きに捉えていただいているのかもしれません。
杉浦:シェアリングというかたちで幅広い人にご利用いただき、「ちょっと試してみよう」からのスタートで、その後も使い続けていただけるとうれしいです。
── 両社の共創は、高齢者のQOLの向上に対してどのような価値を生み出すのでしょうか。
丸山:私たちが共創のパートナー企業にお願いしていることが2つあります。1つ目は「社会課題の解決に挑むサービス」に取り組んでいること。2つ目は「サービス実装までの長い期間を、共に走り続けて行って欲しい」ということです。
WHILLさまが挑む“移動の壁”という社会課題は、生活する方たちのQOL向上に大きく関わっていくものだと思っています。近距離モビリティの普及が進み、すべての人が気軽に利用できる未来をつくることで、移動の制限がない豊かな生活を実現できるはずです。
杉浦:高齢者の健康度にはさまざまなグラデーションがあります。「少し疲れやすい」という状態から、「歩くことはできるけど、ひざが痛くなってきた」「重いものを買って、歩いて帰ってくるのは大変」「数百メートルの距離も歩けなくなってきた」など。さらに、日によっても「昨日は大丈夫だったのに、今日は難しい」といったこともあります。
私たちはそのグラデーションの中で、誰もが近距離モビリティを利用して、快適に外出できる環境を作りたいと考えています。それがQOLの維持・向上や健康寿命を延ばすという意味でも非常に重要なのではないでしょうか。
レジルさまが契約するマンションのエントランスに当社の近距離モビリティが設置されていることで、「この間、足が痛かったからウィルを使ってみたんだ」「私も機会があったら使ってみようかな」とコミュニティの中で会話が生まれることもあるのではないでしょうか。
レジルさまとの共創は、そんな未来をつくるために大切な一歩だと感じています。

── 近い将来、近距離モビリティが住宅設備や都市インフラの一部になっていく未来をどのように描いていらっしゃいますか。
杉浦:本当に近距離モビリティは社会インフラの一部になれると信じていますし、そうしていかなければならないと思っています。そのためにも街中で、当社の近距離モビリティを見かけない日はないくらいにまで普及させていきたいです。
私には小さな子どもがいるのですが、ベビーカーを使っていた時はショッピングカート代わりにもなって便利でした。現在、子どもは大きくなりベビーカーを卒業したのですが、今では「ウィルが使えれば買い物がもっと楽なのに・・・」と感じるんです。
丸山:私も空港で多くの荷物を抱えて歩いていた時に、隣をWHILLさまの近距離モビリティがスーッと進んでいったのを見て、「自分も利用したい!」と思いました。
杉浦:ウィルが当たり前に走っている光景をつくることは、利用のハードルを下げる意味で重要だと思います。すでにショッピングモールなどでは導入が進んでいて、実際に使われた方だけでなく、そのご家族や介助者からも「自由に買い物ができてうれしかった」という声をいただいています。
もちろん、持続可能なサービスにしていくにはビジネスモデルもしっかりと組み立てていかなければなりません。その意味でも、今回のレジルさまとの実証実験で得られるデータやフィードバックは貴重です。それらを活用して、マンションで生活する人たちにも魅力的な、より完成度の高いサービスとなるよう形にしていきたいと考えています。
丸山:WHILLさまが提供する近距離モビリティでなければ解決できない社会課題がたしかにあると思っています。これからも、WHILLさまの近距離モビリティが社会のスタンダードになるようなサービスの実装に向かって、共に歩んでいきたいと思います。
レジル株式会社:
集合住宅への「マンション防災サービス」の導入などを通じて脱炭素とレジリエンスの両立を目指す「分散型エネルギー事業」、再生可能エネルギーの調達・供給を通じてカーボンニュートラルの実現を支援する「グリーンエネルギー事業」、デジタル技術を活用して経営効率化と環境への投資余力を創出する「エネルギーDX事業」の3つの事業を展開。
「マンション防災サービス」では、一括受電システムと設置した太陽光発電設備・蓄電池などを活用し、災害時におけるマンション内の生活環境維持を支援している。
WHILL株式会社:
「すべての人の移動を楽しくスマートにする」をミッションに掲げ、近距離モビリティの開発・販売並びにモビリティサービスの展開を手がける。身 体 状 況 や 年 齢 な ど に 関 わらず、誰もが自由かつ快適に移動や外出を楽しめる世界の構築を目指しており、ウィルは日常利用はもちろん、一時的にも利用できるよう空港や観光地、商業施設などでの導入も進んでいる。

※2 WHILL Model C2
2022年にWHILL株式会社に入社し、法人レンタル事業部に配属。テーマパークや商業施設などに向けて、アクセシビリティ環境整備の一環として、保険やメンテナンス、ITサービスをパッケージ化した法人向けレンタルサービス導入を推進している。