生成AIの登場以降、企業のSaaS(Software-as-a-Service)モデルは単なる業務効率化ツールという定義を超え、急速に進化を遂げているAIを取り込み、その役割を拡張しつつある。
そのような転換期の中で、コニカミノルタ株式会社は“AIで人を支え、社会課題を解決する”という新たな可能性を追求。学校教育向けソリューション「tomoLinks®」や、多言語通訳サービス「KOTOBAL(コトバル)」など、AI SaaSを軸とした事業を通じて、働く人・学ぶ人のウェルビーイング向上を支える「新しい価値の創造」に挑戦している。
今回話を聞いたのは、コニカミノルタ AI SaaS事業責任者の一色恒二さん、「tomoLinks®」事業長の石黒広信さん、「KOTOBAL(コトバル)」事業長の小笠原堂裕さんの3人に加え、コニカミノルタ AI SaaSアドバイザーに就任した宮田裕章教授。
真に人を支えるテクノロジーとは何か。AIで人を支え、より良く生きる“Better Co-Being”な社会とはどんな姿か。AIによる社会課題解決の最前線から、ウェルビーイングの新たな形を探る。

一色 恒二さん
コニカミノルタ株式会社 AI SaaS事業責任者/情報機器 事業戦略統括部 統括部長

石黒 広信さん
コニカミノルタ株式会社 tomoLinks事業長/教育DX開発G グループリーダー
ITベンチャーでの開発責任者、ビッグテック、大手通信企業で総務省先導的教育システム実証事業などに従事。現職で文部科学省の先端技術活用プロジェクト(箕面市)を推進。

小笠原 堂裕さん
コニカミノルタ株式会社 KOTOBAL事業長/コミュニケーションDX開発G グループリーダー
大手家電メーカーでの商品企画・事業開発を経験後、コニカミノルタの新規事業開発組織に参画。その後、KOTOBAL事業を立ち上げ、現職。

宮田 裕章さん
2003年東京大学大学院医学系研究科健康科学・看護学専攻修士課程修了。同分野保健学博士
2025日本国際博覧会テーマ事業プロデューサー
Co-Innovation University(仮称) 学長候補
一般社団法人Generative AI Japan(GenAI)」代表理事
専門はデータサイエンス、科学方法論、Value Co-Creation。データサイエンスなどの科学を駆使して社会変革に挑戦し、現実をより良くするための貢献を軸に研究活動を行う。
医学領域以外も含む様々な実践に取り組むと同時に、世界経済フォーラムなどの様々なステークホルダーと連携して、新しい社会ビジョンを描く。宮田が共創する社会ビジョンのひとつは、いのちを響き合わせて多様な社会を創り、その世界を共に体験する中で一人ひとりが輝くという“共鳴する社会”である。
コニカミノルタが「AI SaaS」で挑む、2つの事業領域

宮田:コニカミノルタは「新しい価値の創造」というフィロソフィーを掲げています。今の日本において、その「新しい価値」で解決すべき社会課題とは、どのようなものだとお考えですか。
一色:私たちが掲げる「新しい価値の創造」とは、人と社会を支え続けるために、お客さまや社会が求める「価値」を正しく理解し、それに応え続けていくということです。
現在、日本が直面している重要な社会課題は、生産年齢人口の減少だと考えています。人手が減っていく中で、いかに社会の基盤を維持し、日本の経済力を発展させていけるか。これは非常に大きなテーマです。
私自身も小さな子どもを持つ親として、次世代により良い日本を引き継いでいくためにも、生成AIをはじめとした最新技術を活用してできることは、まだまだ多いと確信しています。
宮田:一色さんが、「日本の社会課題を解決したい」と強く思うようになったきっかけは何だったのでしょう。
一色:現在は、コニカミノルタで情報機器全体の事業戦略と、AIを活用した新規事業開発の責任者を担っていますが、以前は10年以上にわたり、ドイツ、イギリス、アメリカなどで海外駐在を経験しました。
5年ほど前に、日本に戻ってきたときにあらためて気づいたのは、日本の「おもてなし精神」の素晴らしさです。異文化を受け入れ、共に生きるという姿勢は、日本が持つ大切な文化です。この精神こそが「多様性を包み込み、新しい価値を生み出す」という、日本独自のイノベーションを実現する原動力になると信じています。
生産年齢人口の減少の中、一人の親としても、こういった良さが徐々になくなっていくことに危機感を持ち、次世代、次々世代にもっと素晴らしい日本を残していきたいと強く思うようになりました。
宮田:生成AIが進化し、課題整理に費やす時間が短縮されたことで、私たちはより多くの時間を“価値を創造すること”に使えるようになりましたね。
そうした変化の中で、一色さんが手がけるAI SaaS事業はどんな役割を果たすのでしょうか。

一色:私たちのAI SaaS事業は、「AIで人を支え、社会課題を解決する」ことを目指しています。取り組みの領域は大きく2つあります。
1つ目は「生産性の向上」です。たとえ将来、生産年齢人口が半分に減少したとしても、AIによって一人ひとりの潜在能力を最大限に引き出すことができれば、社会の持続は可能だと考えます。
そのために必要なのは、これまでのような一律的な教育ではなく、個人の特性や理解度に合わせたパーソナライズドな育成や学びです。
たとえば、学校であれば児童生徒ごとに異なる課題をAIが把握し、最適な学習方法を提示する。企業であれば、経験豊富な社員の知識やノウハウを共有し、誰もが学び合える仕組みを整える。そうした「人の力を最大限に引き出すためのEnablerとしてAIが支える」イメージです。
宮田:一人ひとりにパーソナライズされた教育が大切になるということですね。
これまでの社会では、同質性やバランスよく能力を伸ばすという教育が行なわれてきました。しかし、これからの時代は不得手な部分はAIが補い、「得意」な分野で価値を創造する時代。AIがパートナーとなることで、これまで以上に多様な可能性が拓かれていくと信じています。
一色:2つ目は、多様性を尊重する社会の仕組みづくりです。高齢の方や障がいのある方、海外から働きに来る方など、どんな人でも力を発揮できる環境を整えることが必要です。
たとえばAIが言語の壁を取り払い、身体的な制約を補うことで、より多くの人が社会に関わることができる。誰もが活躍できるウェルビーイングな社会の実現に向けて、テクノロジーをどう生かせるかを考えています。
宮田:AIやデジタルが持つ価値の本質は、「多様なものを多様なまま扱えること」ですよね。これまでの社会は“平均値”を基準に設計されてきましたが、AIの普及によって、一人ひとりの違いを活かせる社会へと変わっていく可能性を感じています。
AIは人をサポートし、伴走することはできますが、新しい価値を生み出すのは人自身です。コニカミノルタが掲げる「新しい価値の創造」を担うのは、AIに支えられながらも自分の可能性を信じて動く人たち。そんな人材が、これからますます増えていくことを期待しています。
AIが“考える力”を育む。教育の現場から生まれる未来の学び

宮田:コニカミノルタが手掛けている学校教育向けソリューション「tomoLinks®」は、どのようなサービスなのでしょうか。
石黒:「tomoLinks®」は、コニカミノルタが2019年から開発を進めてきた教育機関向けのクラウド型学習支援サービスです。
デジタル連絡帳や授業支援ツールで先生の業務や児童生徒の協働的な学習を支援する「学習支援」、様々な教育データを可視化し、また多様な児童生徒それぞれに最適な学びを提案する「先生×AIアシスト」など、学校現場のさまざまな課題に寄り添う形で機能を進化させてきました。
そのなかでも、注目いただいているのが生成AIを活用した学習支援機能「チャッともシンク®」です。子どもたちがグループで探究課題に取り組む際に、AIが考えを整理したり、対話を促したりする“思考の伴走者”として機能します。
AIが「答えを出す」のではなく、「子どもが自分で考える力を引き出す」ことを目的に設計しました。
宮田:AIを活用する上で、教育現場にはまだ慎重な声もありますよね。「tomoLinks®」の開発経緯と、学校教育におけるAI活用の課題についての考えを教えてください。
石黒:開発が進んだのは、ちょうどコロナ禍の時期でした。登校できない児童生徒や、子どもたちと十分に対話できない先生が数多くいる中で、「コニカミノルタの画像処理技術やAI技術で教育現場を支援できないか」と考えたのがきっかけです。
一方で現場からは、「AIが答えを出してしまうと子どもの考える力が育たないのでは」「子どもがAIを正しく使えるのか」といった不安の声も多く聞かれました。
そこで私たちは、AIを“答えを出す存在”ではなく、“子どもたちの思考を支える伴走者”として位置づけました。「チャッともシンク®」は、子どもの学びに寄り添い、考える力を引き出すためのAIとして開発を進めたのです。



宮田:教育現場の声を反映しながら開発を進めてこられたのですね。私も、学びのシステムを構築する際には、トップダウンの設計だけでなく、先生や子どもたちからのボトムアップの気づきを受け止める“余白”が欠かせないと感じています。
子どもたちが生成AIを活用することで、これからの社会はどのように形づくられていくと思いますか。
石黒:私はもともとプログラマーとして、さまざまなシステム開発に関わってきました。しかし子どものころは、まだインターネットが普及しておらず、学校でコンピューターに触れる機会も多くありませんでした。
もし当時、学校でいつでもコンピューターに触れ、試せる環境があれば、ITの面白さに出会う子がもっと増え、社会の基盤を支えるIT人材も今より広がっていたかもしれません。
学校で最新の道具に触れ、失敗を重ねながら使い方を学べる。そんな環境での積み重ねが、新しい価値を生み出す土台になるのではないでしょうか。

宮田:PCやスマートフォンの普及で、現代の子どもたちは“デジタルネイティブ”と呼ばれます。しかし、動画やネットのコンテンツをインプットするだけに留まらず、そこから得た情報を自分の考えとしてまとめ、表現し、課題解決に活かすといったアウトプットにつなげること。そうした、情報を「生きる力」に転換する活用法を学ぶ必要がありますね。
そして生成AIの登場によって、ITはさらに身近になりました。もはや「プログラム言語を学んでから使う」のではなく、「使いながら理解を深める」学び方が機能するフェーズに入っていると感じます。
石黒:そうですね。ITリテラシーは今や国語や算数のように、生活と学びのどちらにも必要な基礎力だと捉えています。知識として覚えるだけでなく、実際に“使える”ようになることが大切です。
宮田:そういう意味では、大阪・関西万博も子どもたちにとって大きな学びの場になったと思います。世界中の最先端ITに触れられる場所でもありました。
石黒:私も何度か足を運びましたが、事前に少し情報をインプットしてからもう一度見るだけで、同じ展示でも理解の深さが変わることを実感しました。
リアルな体験で湧いた疑問や関心を学校に持ち帰り、「tomoLinks®」で調べたり、ディスカッションしたりする。その往復が、学びを確かなものにしていきます。
宮田:現実世界での体験をAIにフィードバックし、AIの活用と実体験を往復させる。この「学びと体験のサイクル」が、学習をより実践的なものにします。これからの教育には、このサイクルを回せる環境を整えることが求められているのではないでしょうか。
言葉の壁を取り除き、誰ひとり取り残さないコミュニケーションを実現する
宮田:インターネットやSNSの普及は、人々のつながり方を一変させました。リモート会議など、コミュニケーションの手段が多様になる一方で、「言葉の壁」という根本的な問題は今も存在し続けています。
事業長の小笠原さんに伺いたいのですが、多言語通訳サービスの「KOTOBAL(コトバル)」は、「言葉の壁」にどのように挑んでいるのでしょうか。

小笠原:「KOTOBAL(コトバル)」は、市役所などの自治体の窓口やホテルのフロントなど、外国人対応が求められる現場を中心に導入が進んでいます。タブレット端末や透明ディスプレイを組み合わせて利用することで、スタッフと利用者の間に立ち、スムーズな意思疎通を支援し、現場で不安を感じやすいスタッフと利用者、双方に“伝わる安心”を届けています。
また、AIによる機械翻訳だけでなく、専門知識を持つ通訳オペレーターにつなぐこともできます。対応言語は最大32言語。音声を文字に変換して表示する音声筆談機能や、手話通訳機能も備えています。こうした多層的な仕組みによって、言語や聴覚の違いを超えたコミュニケーションが可能になります。
宮田:システムの不具合にも対応できるフェイルセーフが組み込まれているということですね。「KOTOBAL(コトバル)」の開発が始まった背景を教えてください。
小笠原:もともとは医療現場でのコミュニケーション支援を目的に構想したのが始まりでした。診療時に外国人患者と医療従事者の間で意思疎通が難しいという課題の解決が出発点です。その後、医療にとどまらず、自治体や観光業など、より多くの人が交わる現場にも広げていきました。
「KOTOBAL」という名前は、「言葉(ことば)」と「グローバル(global)」を掛け合わせて生まれたものです。多様な人々が行き交う社会の中で、言葉の違いを超えてつながることへの願いを込めています。
私は愛知県の蒲郡市という自然豊かな町で生まれ育ちましたが、駅前の商店街は次第に人通りが減り、かつての賑わいを失っていく様子を見てきました。一方で、海外からの労働者や観光客の増加は、地域に新しい活気をもたらす可能性を秘めています。言葉の壁を取り払い、海外の方々が安心して訪れ、暮らせる環境をつくること。それが地域を元気にし、人と人とが支え合う社会の基盤になると感じています。

宮田:生成AIの進化によって、機械翻訳の精度は大きく向上しましたが、実際の日常会話のスピード感や表情の機微に対応するのはまだ難しい部分もあります。特に、端末を見ながら話すと相手の目を見られず、自然なコミュニケーションが取りにくい場面もありますよね。
その点、この透明ディスプレイなら、字幕のように相手と顔を合わせながら会話できる点で大きな可能性を感じます。
小笠原:ありがとうございます。じつはサービスの立ち上げ当初、この透明ディスプレイはまだ存在していませんでした。しかし宮田さんがおっしゃる通り、「顔を見ながら、気負わずに話せる」ことを大切にしたいと考え、最適なデバイスを新たに採用しました。
直接顔を見て話せることで、言葉を超えた安心感が生まれ、会話の質も自然と高まると感じています。現在、ホテルや宿泊施設の受付での導入が進んでおり、私たちは「インバウンド対応必須ツール」と位置づけていますが、これも外国人の方と直接顔を見て話せるから気持ちが伝わる、というコミュニケーションの本質的な価値を「リアルタイムAI通訳」というAI機能で支援し、実現したものです。

宮田:アプリやイヤホン型の翻訳ツールでは、画面を見ている本人やイヤホンを装着している人にしか内容が伝わりません。しかし、このディスプレイなら複数人が同時に会話内容を共有できるというメリットもありますね。
音声筆談や手話通訳にまで対応しているのは、どのような思いからなのでしょうか。

小笠原:音声筆談機能は、話した内容をリアルタイムで文字化し、聴覚に障がいのある方や耳が聞こえにくい高齢者との会話を支援するために開発しました。手話通訳機能の追加は、福祉の現場からの声を受けたものです。「聞こえない」「話せない」という理由で不安を抱える人を減らしたい。その思いに応えるかたちで、機能をひとつずつ積み重ねてきました。
私たちは、「誰ひとり取り残さない円滑なコミュニケーション」を実現し、多様な人々が安心して関われる社会をテクノロジーの力で支えることを目指しています。「KOTOBAL」を通じて、人と人とがより自然に、心を通わせられる社会を目指していきたいです。
一人ひとりに寄り添うAIが拓く、より良い社会の未来像

宮田:これまで「tomoLinks®」と「KOTOBAL(コトバル)」という2つの事業を通して、教育と多様性という観点からコニカミノルタのAI SaaS事業についてお話を伺ってきました。
最後に、コニカミノルタが考える「AIで人を支える新たな社会」の未来像についてお聞かせください。
一色:「tomoLinks®」はもともと、教育データをもとに学力をどのように伸ばすかという視点から始まった事業です。しかし生成AIの進化によって、今後は一人ひとりの特性や考え方を理解した上で、最適な能力を引き出すサポートが可能になると考えています。
AIが先生と児童生徒の間に立ち、個々の学習状況に寄り添いながら伴走する。この未来像の実現に向けて、事業の発展を加速させていきたいですね。

宮田:とても共感します。私自身も「学びのあり方」が根本的に変わっていくと感じています。知識を習得したり、課題を整理したりする部分はAIがサポートしてくれるようになりますが、だからといって「学力」が不要になるわけではありません。
たとえばスポーツに置き換えると、筋力トレーニングだけを続けてもサッカーは上達しません。ボールを扱う技術やチームプレー、持久力など、実践を通じて磨かれる力が必要ですよね。
教育も同じで、知識という基礎(学力)と、思考力や創造性などの応用(非認知能力)のバランスが、これからの学びの質を決めていくのではないでしょうか。
一色:本当にそう思います。そして今、教育の現場にも多様性が広がっています。海外から移住してきた子どもたちと共に学ぶ機会が増え、異なる文化や言語を受け入れる力が求められるようになりました。
AIを活用することで、そうした多様な子どもたちが互いに学び合い、支え合う未来も実現できるのではないでしょうか。
また、このことは子どもに限らず大人も含めて実現したいと思っています。一人の人間として、いつまでも新たな気づきや学びは楽しいことですが、日々の忙しさの中で、ついそれをできなくなってしまうこともあるかと思います。AIがその人生における学びを共に支援し、歩んで行ってくれる。そのために、これからも新サービスや新機能をリリースしていきたいと思っています。
宮田:まさに、AIの本質的な価値は「多様なものを多様なままに扱えること」にあります。
それは教育の現場でも同じです。学校で「KOTOBAL(コトバル)」「tomoLinks®」のようなサービスを活用すれば、海外から来た子どもたちも自分のペースで学びを深められる。個性を伸ばす機会が増え、子どもたちが安心して自分らしく成長できる環境づくりにつながると思います。
AIを通じて、一人ひとりに寄り添いながら学びの場を創っていくこと。それこそが、社会全体のウェルビーイングにつながる大きな一歩です。人とAIが共に学び合い、支え合う未来を想像すると、とても心強く感じます。本日は貴重なお話をありがとうございました。


欧州(独)HQ赴任、英国販社ターンアラウンド、社長政策秘書、シリコンバレーでのグローバル事業開発を経て現職。