日々の仕事や家事、育児に追われ、気づけば自分自身の時間が消えていた金知佳さん。彼女がヨガインストラクターとしての道を歩み始めたきっかけは、まさにその多忙な日々の最中に訪れた。
昼寝中の赤ちゃんを見守りながら、リビングでマットを広げ、静かに深呼吸をする。そのわずかな時間が、いつしか心を落ち着かせ、自分自身を取り戻すための小さな習慣になっていったという。
今回の対談では、株式会社Walklog マーケティングスペシャリストである小宇根さんが、ヨガインストラクターの金さんとともに「ヨガが教えてくれる生き方」について語り合った。
出産を経て見つけた自分との向き合い方から、インストラクターとしての信念、そしてヨガを通して見えてきたこれからの挑戦まで。一つひとつの言葉に、心と体を整えながら生きるための大切なヒントが息づいている。
本シリーズでは、「よりみちYoga」をともにつくる講師が登場。
それぞれの生き方とヨガの哲学を通して、心と体をやわらかくするヒントをお届けします。

金 知佳さん
ヨガインストラクター

小宇根 佳奈さん
株式会社Walklog MS(マーケティング・スペシャリスト)
アサヒグループ食品株式会社やスリーエムジャパン株式会社などでマーケティングやブランディングを担当。クックパッド株式会社では食育分野の新規事業を立ち上げ、複数の子育て関連アワードを受賞。現在は株式会社Walklogに参画し、マーケティング・スペシャリストとして、O2Oソリューションプラットフォーム『walklog』の企画運営や、地域・企業をつなぐ共創プロジェクトを推進。ウェルネスをテーマとしたイベント「よりみちヨガ」を共同主宰し、心と体を整える習慣をライフスタイルの一部として提案している。
赤ちゃんが眠る間に、ひと呼吸。ヨガがくれた“自分”に戻る時間

小宇根:今回は、「よりみちYoga」シリーズの第3弾ということで、ヨガインストラクターの金知佳さんにお越しいただきました! 知佳さんは、出産を機にヨガと出会い、呼吸法を通して自分の内側と丁寧に向き合う時間を大切にし、心と体を穏やかに整えるレッスンを続けてこられました。
まずは、そんな知佳さんがヨガと出会ったきっかけから教えてください。
金:ヨガを始めたのは、出産して2カ月ほど経った頃でした。当時、自宅に閉じこもりがちだったため、体を動かしたい気持ちが募っていたんです。産後でもできる運動がないかとインターネットで調べてみたら、ヨガなら無理なくできると知り、早速DVDを買って自宅で始めました。
赤ちゃんが昼寝をしている間に、リビングでマットを広げて行うたった10分間のヨガタイム。このほんのわずかな時間が、心を落ち着かせ、本来の自分を取り戻す大切な時間となりました。
小宇根:一日の大半が赤ちゃんのお世話で過ぎてしまう時期に、たった10分でも自分の呼吸に意識を向けられる時間を作れたことは、とても大きな意味がありますね。
金:そうですね。当時の私は、赤ちゃん中心の生活で、自分のことを考える余裕がまったくありませんでした。食事もお風呂も慌ただしくて。そんななかでヨガの時間だけは、呼吸に意識を向け、心と体が一体となる感覚を取り戻せる貴重な時間でした。
小宇根:誰かのために頑張ることが続くと、自分の感情や体調の変化を見落としがちになりますよね。けれど、一度立ち止まって呼吸を整えるだけで、張りつめていた気持ちがふっとほぐれる。そんな感覚に気づいたとき、「ちゃんと今、ここにいる自分」を再認識させてくれます。そうした小さな実感が、ウェルビーイングの始まりなのかもしれません。

金:最初は、産後の軽い運動のつもりで始めたヨガだったのですが、続けていくうちに心がふっと軽くなる感覚を覚えるようになりました。家事も育児も「完璧にこなさなきゃ」と、自分を必要以上に追い詰めていたことに気づいたんです。
小宇根:完璧を目指しすぎると、心が凝り固まってしまうことがありますね。ヨガは、そんな頑張りすぎている自分に対して、「もう少し力を抜いていいんだよ」と教えてくれる気がします。
金:ヨガの時間は、母親である前に“自分という存在”を思い出させてくれました。完璧じゃなくていい。心と体が少しでも楽でいられること。それが、私と家族にとって本当に大切なことなんだと気づけたんです。
小宇根:素敵な発想ですね。自分を大切にできる人は、自然とまわりの人にもやさしくなれる。ヨガが与えてくれたのは、美しいポーズではなく、人生を豊かにするための「生きる姿勢」だったのかもしれませんね。
呼吸が導く自分との対話。ヨガ哲学から学んだ“整う”感覚

小宇根:知佳さんはその後、本格的にヨガを学ばれていますが、その過程でヨガに対するイメージや捉え方に変化はありましたか。
金:ヨガを始めた頃は、正しいポーズを取ることばかりに気を取られていました。でも続けることで、呼吸が安定すれば心も落ち着いていく、そんな体感が得られるように変化しました。ヨガの呼吸法では、息を吸うことよりも「吐く(呼気)」ことを大切にします。深く息を吐き出すことで、体の緊張だけでなく、心に溜まった感情まで解放されるように感じられます。
小宇根:私たちはどうしても、「得ること」や「積み重ねること」に意識が集中しがちですが、本当に大切なのは、むしろ「手放す力」に目を向けることなのかもしれません。ヨガが大切にしている「息を吐き出す」という行為には、そうした深い哲学が込められているように思います。
ヨガが「メンタルケア」として注目されるなか、知佳さんのお話を聞いていると、その本質は単にストレス解消ではなく、自分自身と静かに向き合う時間なのではないかと感じました。
金:ヨガは、自分自身の心身の状態に静かに耳を傾ける時間です。たとえば、「今日は呼吸が浅いな」「なんだか体が重いな」など、普段は見逃してしまいがちな小さな変化に気づける。外の世界ではなく、自分自身に意識を向けることで、今の状態を優しく受け止められるようになるんです。
私にとって「整う」とは、何かを付け足すことではなく、余分なものをそぎ落としてニュートラルな状態に戻すこと。それは、波の立たない透明な水面のように、穏やかで澄み切った様子を指します。

金:私がヨガ哲学で大事にしているのは、「知足(ちそく)」という考えです。すでに与えられているものに気づき、感謝すること。私たちはつい「もっと頑張らなきゃ」「もっと手に入れなきゃ」と前へ進もうとしますが、疲れているときほど「自分は十分満たされている」と認識できると、心のバランスを取り戻せます。
小宇根:忙しい日々の中で、つい外の出来事に心を揺らされてしまいますが、何も起こらない静かな時間の中にこそ、本質的な豊かさを見い出せる。ヨガは、まさにその心の静寂を取り戻すための練習でもあるのですね。
金:そうなんです。たとえば朝の深呼吸、子どもとのささやかな会話、温かい食事、そして屋根のある家……。こうした何気ない日常こそ、ありがたいものです。目標を持つことも大事ですが、小さな幸せを感じ取る力を育てることが、結果としてより大きなモチベーションにつながると感じています。
幸せは誰かに与えられるものではなく、自分で気づくもの。ヨガも人生も同じで、「今この瞬間にあるもの」を感じ取る力が、心の余白を育ててくれるのだと思います。
講師としての歩みと、揺るがない自分軸を保つ姿勢

小宇根:講師になるまでの道のりは、想像以上に大変だったと思います。インストラクターとして活躍するまでに、いくつもの壁があったのではないでしょうか。
金:活動を始めた当初は、レッスンを開講してもなかなか参加者が集まらず、中止になることも多くて。そのたびに落ち込み、「やっぱり私に講師は向いていないのかもしれない」と悩むこともありました。
小宇根:そこから、どのようにして立ち直られたのでしょう。
金:気持ちが沈みそうなときは、自分に問いかけていました。「なぜヨガの先生になろうと思ったのか」と。答えはいつも同じです。「たった一人でも心地よさを感じてほしい」という当初の思い。その初心に立ち返ることで、再び前向きな気持ちで進むことができました。
小宇根:まさに“自分の軸”を再確認するプロセスですね。参加者の数や外部の評価にとらわれず、目の前の一人を大切にされる姿勢が素晴らしいです。
金:クラスに一人でも来てくれる方がいれば、その時間を全力で大切にして笑顔にしたい。どんな状況でもその軸はぶれさせないようにしています。
小宇根:ビジネスとして続けていくなかで、不安を感じることもあったのでは?
金:私が大切にしているのは、「どんな状態にあっても、幸せを感じられる心でいられるか」ということです。お金や数字といった結果を重視しすぎると、期待通りにいかないときに、どうしても自分を責めてしまいがちですよね。でも、「ヨガを通じて心を温かくする場をつくりたい」という自分の軸がしっかりあれば、たとえ参加者が一人だけの日でも、その方の笑顔が見られたら十分に満たされる。その信念を持つようになってから、不思議とレッスンに参加してくださる方が少しずつ増えていったんです。

小宇根:数字では測れないような心の充足を大切にしているからこそ、知佳さんのレッスンには温かさが宿っているのだと感じました。「一人でも、笑顔が見られたら十分」というその言葉からは、単にヨガを教えるだけでなく、参加者と共に心地よい時間を過ごすというスタンスが伝わってきます。
そんな知佳さんが大切にしている「場づくり」についても、ぜひ詳しく伺いたいです。レッスンの空間や雰囲気づくりにも、こだわりがあるそうですね。
金:ありがとうございます。ヨガでは、空間の在り方もとても大切だと思っています。照明の明るさ、流れる音楽、香り、そして言葉。これらすべてが参加者の心のコンディションに影響を与えます。たとえば、少し暗めの照明にしてパロサント(香木)を焚くと、木の香りが呼吸とともに体に入り、それだけで心が落ち着くんです。
小宇根:視覚、嗅覚、聴覚……これらの感覚がやさしく刺激されることで、心身が自然とリラックスしていく。空間そのものが、ただの場所ではなく、呼吸と意識を深めるためのヨガの一部として機能しているように感じます。
金:ヨガ哲学の中には「サウチャ(清浄)」という言葉があります。これは清潔であることにとどまらず、空間や心を浄化するという意味です。部屋を整えることは、心を整えることにもつながります。ですから、家でヨガをするときにも、香りや光を意識してほしいと思います。照明を少し落として静かな音楽を流すだけでも、呼吸が自然と深まります。光や香り、音のすべてが、心の穏やかさを導く要素なんです。
心の余白をつくる朝ヨガ。私らしく始める一日の整え方

小宇根:知佳さんの1日は、やはりヨガから始まるのでしょうか。
金:はい。朝起きたらまず深呼吸をして、窓を開けて、光を浴びます。この一連の動きも、私にとってはヨガの一環で、呼吸とともに自然のエネルギーを取り込みながら、体を軽く動かし、その日の自分のコンディションを確かめています。寝不足の日は短めに、余裕のある日はしっかり時間をかける。朝ヨガは、私にとって「今日という日をどう生きるか」を決める大切な時間です。
小宇根:自分のリズムをチューニングする時間ですね。朝の静けさの中で、自分の呼吸や感情に意識を向けることが、その日の選択の質を高めてくれるように感じます。
金:朝ヨガをすると、呼吸も思考も整理されて、その日一日の判断や行動がより柔軟になります。たとえば、焦っていたことを手放せたり、言葉やしぐさがやさしくなったり。心がニュートラルな状態に戻ることで、すべての行動に余白が生まれるんです。
小宇根:その余白は、ウェルビーイングな状態を維持するためにも大切ですね。頑張るだけでなく、適度にリラックスする時間を持つことが、結果的に日々のパフォーマンスを高めてくれる。
金:ヨガを通して感じるのは、「自分らしくいられることが幸せ」だということです。無理をしない、誰かと比べない、頑張りすぎない。そんな当たり前のことが、日常では意外と難しい。でも、呼吸を整えることで、少しずつですが自分らしさを回復させることができるんです。
小宇根:日々の暮らしにヨガが根づいている知佳さんですが、その先にどんな未来を描いているのでしょう。今後は、どんな活動に挑戦していきたいと考えていますか。
金:これからは、もっと多様な人たちにヨガを届ける活動に注力したいです。たとえば、仕事前の「朝ヨガプログラム」や、ランニングと組み合わせた「動×静」のイベントなどを企画中です。
ヨガは、年齢、体力、経験を問わず、誰でも始められます。そして何より、「今の自分の心身の状態」に意識を向け、自己と深く対話する時間を与えてくれます。だからこそ、ヨガはすべての人にとって、心の拠りどころとなり得るはずです。
小宇根:ほんの数分でも呼吸を整える時間があるだけで、心に少しの余白が生まれる。そうした「心身を整える習慣」が広がることで、家庭や職場、ひいては社会全体の雰囲気まで、きっと穏やかに変化していくのかもしれません。
金:ヨガを特別なものではなく、「日常のよりみち」として楽しんでもらいたいですね。たとえば、休日にヨガで体と心を整えたあと、カフェに寄ったり、友人と会ったり。そんな「よりみち」の時間まで含めて、心が満たされる体験になると思うんです。忙しい人でも、数分間の呼吸を整えるだけで心は軽くなる。そのささやかな習慣の積み重ねが、自分を大切にする意識を育てていくと信じています。

アパレル販売員を経験し、21才の時に第一子を出産。産後のリフレッシュを目的に始めたヨガでマインドフルネスや哲学の深さに目覚め、フリーランスのヨガインストラクターに転身。呼吸と動きを合わせたダイナミックなヴィンヤサヨガを得意とし、現在は、都内スタジオにてグループレッスン、オンラインライブレッスン、パーソナルレッスンをメインに活動中。全米ヨガアライアンスRYT200、IHTA認定ヨガインストラクター1級、IHTA認定マタニティヨガインストラクターの資格を持つ。
https://www.instagram.com/chika_kim__/