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体内時計の乱れがホルモン分泌や不妊症に影響!「光」を意識した生活習慣を【長崎大学・中村 渉 教授】

体内時計が私たちの日常生活にど影響しているのか、長崎大学歯学部・中村 渉教授に具体的な例を挙げて語っていただきました。食事や睡眠のリズム、ホルモン分泌に至るまで、私たちの健康と生活習慣は体内時計と深く結びついています。また、週末の生活習慣が体内時計に与える影響や、シフトワークが健康に及ぼす影響についても詳しく解説しています。さらに、時計遺伝子の欠損が生殖機能に与える影響や、光環境による体内時計の調整についての興味深い研究成果も紹介されています。本記事では、中村教授の研究を基に、私たちの日常生活における体内時計の重要性を明らかにします。

中村 渉さん

長崎大学歯学部 教授

1997年北海道大学歯学部卒業。北海道大学小児歯科入局後、同大学医学研究科統合生理学講座にて体内時計研究を開始、2002年博士課程修了。2002年バージニア大学生物リズムセンター 博士研究員、2003年北海道大学病院小児障がい者歯科 助手、2006年大阪バイオサイエンス研究所 日本学術振興会特別研究員PD、2008年大阪大学若手独立研究アプレンティスプログラム テニュアトラック准教授、同大学歯学部 准教授を経て、2017年4月より現職。専門は時間生物学。

本記事のリリース情報

ウェルビーイングに特化した「Welulu」にて中村 渉教授の研究について取材をうけました

体内時計が体温の変動やホルモンの分泌に影響する

──まず始めに、体内時計は具体的に日常生活にどう影響しているのでしょうか。

中村渉教授:体内時計は、生活習慣や健康と深く関わっています。

かりやすい例としては、一日の中での「体温の変動」です。体温は、朝起きた時に最も低く、昼間に最も高くなりますよね。これは活動によって体温が高まっているせいでもありますが、日中の活動に備えて予め体内時計が体温を上げて、体を温めてくれているからなのです。一方、休息時間である夜間では体内時計は体温を低下させ、エネルギーの消費を抑えています。体から熱が奪われる際に眠気が生じることから眠りにも導いてくれているのですよ。

また「ホルモンの分泌」も体内時計の影響を受けています。例えば、メラトニンには放熱によって体温を下げ、眠気を催す作用がありますが、通常、起床から1416時間が経過した頃の夜間に分泌されてきます。これによって私たちは眠りにつくわけですが、注意して欲しいことがあって、メラトニンは光によって分泌が抑制されてしまうため、眠りを妨げないよう光環境を整えることが大切です。また、骨や筋肉の成長や細胞修復作用のある成長ホルモンは、主に入眠直後の深い眠りの状態であるノンレム睡眠時にたくさん分泌されます。成長ホルモンの分泌には深い眠りが必要で、寝つきをよくするためにも、毎日、決まった時刻に就寝して体内時計を整えることが大切です。

忙しすぎる現代人は夜更かし、朝寝坊など不規則な生活を送りがちですが、生体への悪影響を考えるとその代償は大きいと思われます。体内時計を正常に保ち、生理機能を最適に維持するためにも、是非、規則正しい生活を定着させてほしいです。

乱すのは簡単、取り戻すのは大変!体内時計のずれが与える影響とは?

──不規則な生活習慣が体内時計に与える影響についても教えていただけますか?

中村渉教授:週末に夜更かしや朝寝坊をすると、体内時計が乱れ、週初めの調子が悪くなることがあります。体内時計は新しいリズムに適応するのに時間かかり、特に、早寝早起きのリズムに戻そうとするとき、調整するのに時間がかかります。例えば、金曜の夜に夜更かしして、土曜日はお昼頃にゆっくり起きる。そのまま週末は遅寝遅起きになることがありますよね。ただこの「ずれ」は、取り戻すのに2〜3日かかると言われています。体内時計の性質上、後ろにずれるのはすごく簡単で、一方哺乳類全般の傾向として前に戻すのには時間がかかるのです。

時差ボケがまさに体内時計のズレの一例です。例えば、旅行先がハワイかヨーロッパで悩んでいる時、旅をより楽しめるのは西回りのフライトのヨーロッパと言えるでしょう。と言うのも、ヨーロッパの方が日本より時差が遅れているため、体内時計も遅れることになります。一方東回りのハワイは進んでいるため、これに適応するのは大変なのです。

──時差で考えると面白いですね。ただヨーロッパから日本に帰ってきた際、時差ボケに苦労するのが目に見えます(笑)。他にも体内時計のずれによる身体への影響はありますか?

中村渉教授: 2023年末は、メジャーリーガーの大谷翔平選手がどこのチームに移籍するかが大きな話題となりました。実は日本人選手が目覚ましい活躍を見せる30年前から、体内時計の研究をしている時間生物学者は、独自の視点でメジャーリーグのどの球団に所属することが好成績につながるかを分析しています。学術雑誌“Nature”誌に報告された論文によると、東海岸から西海岸で4時間の時差をもつ広大な北米大陸を横断して連戦を重ねるメジャーリーグでは、カリフォルニアなど西海岸を本拠地とするチームが東から西への西回り飛行で移動してきた敵チームを迎え撃つ場合と、ニューヨークなど東海岸をホームとして敵チームが東回り飛行で移動してくる場合とでは、有意に勝率が異なるということを報告しています1。あくまで、北米大陸横断によって生じる時差ぼけの方向性という観点からは、選手たち自身の体内時計の時刻が後ろにずれる西回り飛行後の方が時差ぼけの影響が少なく、東回り飛行後はチームの勝率が1割近く落ち込んでしまうという結果です。

1 Baseball teams beaten by jet lag. Recht LD, Lew RA, Schwartz WJ. Nature

377:583. (1995) doi: 10.1038/377583a0.

「加齢に伴う体内時計の乱れ」と「不妊症」の関係性

体内時計のズレが排卵周期に影響を与える可能性

──先生の研究「加齢に伴う体内時計のズレが不妊症につながることが明らかに」について、教えていただけますか?

中村渉教授:海外旅行やメジャーリーグの例に挙げたような時差ぼけは、実際に地理的なタイムゾーンを横断しなくても生じることがあります。一週間のなかで、平日と週末とで生活スケジュールに大きな違いがある不規則な生活は、体内時計と実際の社会的な時刻にひずみを生じて、健康に悪影響を及ぼすことがあります。不規則な生活をしていると、生殖機能にも影響を及ぼす可能性があり、特に妊活中において顕著に自覚することがあります。私たちの研究では、実験動物としてマウスを用いて、不規則な生活習慣が生殖機能、特に排卵周期にどのような影響を与えるかを調べました。性成熟期にあるマウスを、平日は規則正しい生活、週末は夜更かしと朝寝坊をするような実験環境にマウスを置くと、排卵周期が不規則になることがわかりました。また、とある時計遺伝子が欠損しているマウスを観察対象にした場合、特に、12ヶ月齢以降の雌マウス(人間で言うところの中年期に相当)では、この影響が顕著に表れました。

──研究結果からわかったことを教えてください。

中村渉教授:この研究から、不規則な生活習慣が特に中年期の女性の生殖機能に悪影響を与える可能性があることが示唆されます。排卵には体内時計が密接に関与しており、生活習慣の乱れが体内時計を狂わせることで、排卵サイクルに影響を与える可能性があります。

この研究で興味深かったのは若いマウスは不規則な環境サイクルでも規則的に排卵した点です。若い時期は体内時計が環境の変化に強い傾向にありますが、年齢とともにその耐性は低下するため、生活習慣の乱れが生殖機能に及ぼす影響は特に中年期に顕著になると考えられます。つまり、加齢によって体内時計がうまく機能しなくなっている可能性があります。時計遺伝子が欠損しているマウスは、本来24時間の体内時計が約24.5時間になっており、この微妙な時間のズレが加齢に伴って問題を引き起こしている可能性があります。

──そのズレを調整することで、生理機能が改善されるということですか?

中村渉教授:実験ではこのマウスの体内時計周期(24.5時間)に合わせて実験的に1日の長さを24.5時間に調整したところ、年を取ったマウスでも繁殖効率が改善されました。これは、時計遺伝子の欠損そのものが問題ではなく、生活環境の最適化によって生理機能が回復することを示しています。ただし、これを人間に直接応用するのは難しいため、実際の応用にはさらなる研究が必要です。

また、昼間を長くすることで生物の生理周期が安定することがわかりました。これは季節性のある動物でも見られる現象で、夏のような昼間が長い環境が生理機能に良い影響を与えると考えられます。

メリハリのある光環境が、体内時計や生理機能を適切に維持する!

──体内時計の「昼か夜かの判断」は光が重要なのでしょうか?光環境に関する研究についても教えてください。

中村渉教授:もう一つの研究で、光環境が体内時計に与える影響について調べました。光環境とは、生物の行動や体内リズムに影響を与える環境光の状態を指します。私たちの実験では、昼夜の光の変化を完全に排除し、常に一定の光環境を作り出しました。この「恒常暗」と呼ばれる状況下では光が全くない環境を再現しました。通常、生物は昼夜の光の変化に応じて行動や生理的リズムを調節しますが、この実験ではそれを完全に取り除いています。

通常、マウスは昼夜の光の変化がなくても、自身の体内時計に従い約23.8時間周期で活動します。光環境がなくても、彼らは体内時計で独自のリズムを維持しているのです。しかし、より詳細な観察を行うと、体内時計の中枢である視交叉上核(しこうさじょうかく)の個々の神経細胞が、加齢とともに時間を刻む同調性を失い、バラバラに動作しやすくなっていることが分かりました。これは、加齢に伴う体内時計の変化の一例です。

──具体的に脳や体内で何が起きるのでしょうか?

中村渉教授:体内時計の中枢である視交叉上核(しこうさじょうかく)は、深部体温やホルモンをコントロールして、先に述べたような必要な時間帯にそれぞれの生理機能がうまく働くように準備を整える役割があります。視交叉上核には約1万個の神経細胞があり、それぞれが異なる生理機能をコントロールしています。メリハリのある光環境下では、これらの神経細胞が適切なタイミングで活動し、さまざまな生理機能が正しい時間に発揮されるように調整されます。しかし加齢の進行によって、メリハリのない光環境、例えば常に暗い環境では、神経細胞の活動がバラバラになり、生理機能のタイミングが乱れてしまいます。これは、生理機能が適切な時間に配分されることの重要性を示しており、生体が環境適応することを理解する上で重要な知見です。

──この研究成果は、日常生活における光環境の重要性を強調していると言えるでしょうか?

中村渉教授:昼間に活動する私たちヒトと、夜行性げっ歯類であるマウスを直接対比してよいか?という問題はありますが、体内時計の環境適応という意味ではまさにその通りです。日常生活においてメリハリのある光環境を意識することは、体内時計を正しく保ち、生理機能を適切に維持するために非常に重要です。光のメリハリがある環境を作ることで、神経細胞の同調性が保たれ、体内時計の乱れが軽減されます。光が哺乳類にとって重要なのは、目を通じて環境の光を感知し、その情報が直接体内時計の中枢に伝わるためです。

現代社会では人工光による照明が一般的ですが、その使用方法によっては体内時計に悪影響を与える可能性があります。自然の光と闇のリズムを意識し、適切な光環境を保つことが、健康維持に役立つと考えられます。

── このような生活リズムの変化が健康にどのような影響を与えると考えられますか?

中村渉教授:明確な昼夜のリズムがない生活は、体の不調につながりうると考えられます。さらに、私たちの社会では、一般的に昼間に活動し、夜に休むというリズムが基本となっています。リモートワークやオンライン授業が増える中で、社会的なリズムとの整合性も重要です。例えば、常に遅寝遅起きの生活を続けることは、社会的な環境との乖離を招き、肥満などの健康問題を引き起こす可能性があります。

“体内時計がととのう”暮らし

「光」と上手に付き合って体内時計をととのえよう

── 日常生活で実践できる健康的な生活習慣のポイントがあれば教えてください。

中村渉教授:早寝早起きは、体内時計と環境のリズムを一致させることができます。特に、目覚まし時計に頼らずに自然に目覚めることが、体内時計が適切に機能している証拠です。逆に、目覚まし時計で強制的に起きることは、体内時計が社会的な時刻とずれていることを示しているとも言えるでしょう。寝る時間・起きる時間のリズムを自分で見つけていき、「目覚まし時計がなる前に目が覚める状態」を目指してみるのがいいかもしれません。

また、 スマートフォンの使用は、体内時計に影響を与えるといわれています。スマートフォンの画面からの光は、夜間に脳に昼間であるという誤った信号を送り、睡眠リズムを乱す可能性があります。一方で、光そのものが直接、体内時計に作用しているのかという疑問は残ります。モバイル端末の「いつでもどこでも」という利便性は諸刃の剣で、本来、床に就いて目をつぶり周囲の環境からの刺激を遮断すべき時間帯に、刺激的な情報を入手出来てしまうことが、二次的に体内時計のリズムを乱すことにつながってしまう可能性はあります。

また、朝起きてすぐに自然光を浴びることも、体内時計をリセットするのに役立ちます。これもまた、朝起きてすぐにスマートフォンの光を浴びて清々しい一日が始まるかといわれると、いささか疑問です。

食事のタイミングが身体の機能を高める

── 食生活で気を付けるべきことはありますか。

中村渉教授:食事のタイミングは、体内時計に大きく影響します。コルチゾールのようなホルモンは、起床前にピークを迎え、体を活動に備えさせます。このリズムを整えるためには、規則正しい食事のタイミングが重要です。朝食をとることで、一日の活動に必要なエネルギーを補給し、体を活動モードに切り替えることができます。また、適切な食事リズムは、体内時計を整えるのに役立ちます。

★過去記事:食事時刻が睡眠覚醒リズムを調節

── 中村先生の今後の研究方針についてお聞かせいただけますか?

中村渉教授:これまでに体内時計がコントロールする概日リズムの研究は、わたしたち自身が経験上実感している「規則正しい生活を送りましょう」に集約されてきました。これはいわゆる生活習慣病を改善するうえで、または未病の段階で予防していくうえで、欠かすことのできない要因です。その一方で、2017年のノーベル医学生理学賞で「概日リズムをコントロールする分子メカニズム」という、まさに体内時計の動作原理を解明した科学者たちの功績が顕彰されたことは記憶に新しいところです。この分野の研究は臨床社会学的実装と動作原理の追究とが並列して発展していることが最大の特徴といえます。いささか専門的になりますが、今後の研究方針としては、先に述べた体内時計中枢である視交叉上核がどのようにしてわたしたちの様々な生理機能を、それぞれ最適なタイミングで発揮できるようにコントロールしているのかを解明してまいります。

── 今後の研究活動におけるキーワードは何でしょうか?

中村渉教授:「プラネタリーヘルス」というキーワードが重要です。これは現在長崎大学で提唱されているコンセプトで、地球規模での健康増進に取り組むことをさしています。今回の体内時計の研究から示唆される日常生活の改善のように、私たちの日常生活の中で、意識的に行動を変えることによって、健康を改善し、より良い生活を送ることができるのです。最近では、体内時計の重要性が広く認識されており、コンビニエンスストアでの商品展開なども見られます。このように、体内時計の研究は直接的に健康に影響するものとして、社会全体に広がりを見せています。わたくしは歯学部に所属しておりますので、教育対象の学生たちは将来的に日々の生活習慣に密接に関連した歯科医療に携わることになります。地球という惑星(プラネット)で生活する人類の病を治すのはもちろんのこと、健康を維持して生活の質の向上に寄与する、まさに歯学と時間生物学そして「プラネタリ―ヘルス」は三位一体となって発展していく研究領域といえるのではないでしょうか。

Wellulu編集後記:

本記事では、体内時計の研究とその日常生活への応用について、中村先生のインタビューを通じて深く掘り下げています。体内時計は、食事や睡眠のリズム、ホルモン分泌、そして週末の生活習慣に大きく影響を及ぼすことが分かります。特に、シフトワークや不規則な生活が健康に及ぼす悪影響、加齢に伴う体内時計のズレと不妊症の関係が注目されています。

また、光環境が体内時計に与える影響に関する研究は、日常生活における光の重要性を示しています。昼夜の光の変化がない環境が生理機能に及ぼす影響を考えると、適切な光環境の維持が重要であることが理解できます。

このインタビューから得られた知見は、生活習慣や健康に対する新たな理解を提供し、今後の健康維持や病気予防に役立つ可能性があります。中村先生の今後の研究方針として、体内時計に関する知識の普及が期待されます。また、社会における体内時計の重要性が広く認識され、その研究が健康増進に寄与することが期待されています。

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