健康な生活を送るためには、規則正しい運動や睡眠、食事が欠かせない。生活リズムの乱れは、糖尿病などの生活習慣病や肥満の原因にもなる。
ヒトが生きていく上でもっとも重要な行為の1つである「食事」。北海道大学の山仲勇二郎氏と本間研一北海道大学名誉准教授の研究グループにより、ヒトの生活リズムに対する食事スケジュールの影響が明らかに。
外部からの光や時刻に関する情報を完全に取り除いた「時間隔離実験室」という実験室内で、1日1回決められた時刻に食事を摂ると、自由に食事を摂った場合と比較して、光により調節される睡眠ホルモンや体温のリズムには影響しないが睡眠と覚醒のタイミング(睡眠覚醒リズム)が整うことがわかった。
今回は、北海道大学の山仲勇二郎准教授に、実験内容の詳細や規則正しい生活を送るために有効な食事法、生活習慣について話を伺った。
山仲 勇二郎さん
北海道大学大学院教育学研究院准教授 / 北海道大学脳科学研究教育センター基幹教員
規則正しい食事が睡眠覚醒リズムを整える可能性
── まずは、今回の実験内容を教えてください。
山仲准教授:薄暗い環境下の中で生活すると私たちの行動、ホルモン分泌、血圧等の生理機能は、24時間よりも長い25時間の周期を示します。
日常生活においては、そのズレをおもに朝方(起床後)に太陽の光を浴びることで24時間周期に調節しています。
現時点で、ヒトの体内時計にもっとも影響を与えるものは“太陽の光”だと考えられているのですが、「規則正しく食事をとることで体内時計を調節することができるのか」ということを調べたのが今回の実験内容です。
中枢時計と末梢時計。生物時計を大きく分けると2つ
山仲准教授:ヒトの生物時計には大きく分けて2つの時計が存在すると言われています。
深部体温・メラトニンなどの生理機能に影響する「中枢時計」
山仲准教授:1つは、脳の中の「視交叉上核」と呼ばれる場所にある生物時計(中枢時計:図1内振動体1)で、深部体温(外環境の影響を受けにくい脳や臓器などの体温)とメラトニン(いわゆる睡眠ホルモン)は視交叉上核からの直接支配を受ける代表的な生理機能です。
睡眠覚醒リズムをコントロールする「末梢時計」
山仲准教授:もう1つは、毎日の行動(睡眠覚醒)リズムをコントロールする末梢時計(図1内振動体2)です。日常生活下ではこれら2つの体内時計が互いに協調して、24時間のリズムを刻んでいます。私たちの健康の維持・増進のために必要な3要素として、休養(睡眠)・運動・食事があげられます。
しかし、規則正しく食事をとることがヒトの生物時計を構成する2つの時計の調節に関わっているのかについては明らかにされておりませんでした。
今回の実験は、「時間隔離実験室」と呼ばれる1日の時刻情報(太陽光、時計など)を取り除いた薄暗い明るさに設定した実験室内で行われました。
被験者は、1日3回の食事をとる生活を送った後、1日1回の食事を規則正しく実験者側で指定した時刻に食べるグループと、自分たちの好きなタイミングで食べる2つのグループに分け、8日間1日1回の食事スケジュールで生活しました。
食事の摂取時間が末梢時計の同調因子に
山仲准教授:結果、中枢時計が制御する深部体温とメラトニンのリズムは、両グループとも実験開始時に比べて後ろにずれていました。
つまり、規則正しく食事をとることは、中枢時計の同調因子*にはならないことがわかりました。
*同調因子 生物時計が発振する生体リズムを調節する環境因子のこと
一方で、睡眠覚醒リズムを制御する末梢時計(振動体2)は、自由に食事をとったグループでは後ろにずれていきましたが、規則正しく食事を摂ったグループでは食事スケジュールと同じ24時間に近いリズムが維持されていました。
つまり、食事を規則正しく食べることは、睡眠覚醒リズムの同調因子として機能するという結論になりました。
先ほども申しましたが、この2つの体内時計は互いに作用しあっています。光によって調節される中枢時計は、食事によってコントロールできないということが判明しました。
一方、不規則な食事によって睡眠覚醒リズムをコントロールする振動体2に乱れが生じると、結果として寝るタイミング、朝起きるタイミングが変化し、光を浴びるタイミングにズレが生じ、中枢時計の乱れにもつながる可能性があるのです。
── お互いに作用しているということは、どちらか片方だけでなく両方をうまく機能させることが大切なのですね。
山仲准教授:食事や運動などの生活リズムで調節できる部分、光で調節できる部分、両者をそれぞれ上手くコントロールすることが、結果として規則正しい生活につながると考えています。
光を浴びるタイミングと身体のリズムが安定して、体内環境をよい状態を保てていれば、免疫力も高まり、自然な健康状態を維持することができるでしょう。
ポイントはメリハリのある食事習慣
── 食事などの生活リズムを整えることが睡眠の質と関係しているのであれば、運動や入浴、睡眠時間などもある程度ルーティン化したほうが、より睡眠の質も高まるのでしょうか?
山仲准教授:「入眠儀式」という言葉があるように、入浴や睡眠などの時刻もある程度決めておいたほうがよい面はあるかと思います。
お風呂に入ると、体温が1~1.5℃ほど上昇します。ヒトは体温が下がるときに眠気を催すので、適切なタイミングで入浴することで、そのあとの寝つきがよくなると言われています。
しかし、寝る何時間前に入浴したらよいかの「タイミング」については、かなりの個人差があるんです。
それは入浴に限ったことでなく、運動や睡眠にもいえるでしょう。どのタイミングで何をおこなうことが心地よいと感じるのかはヒトによって異なるため、試行錯誤して、自分に合う方法を見つけてください。
ここで注意いただきたいのが、決して無理のない範囲でおこなうということです。食事や睡眠、運動のルーティンをきっちりと固定してしまうと、かえってそれがストレスになってしまうことがあります。
たとえば、「絶対に7時間は寝ないといけない」と決めつけてしまうと、それがプレッシャーとなり、寝つきが悪くなってしまうのです。毎日のことですので、あまり気負わずに取り組んでいただけたらと思います。
食事摂取の理想は起床後1時間以内・12~13時頃・朝食から12~13時間以内の夕食
── 自分のペースで続けることが大切なのですね。生活リズムを整えたり、健康を維持したりといった観点から、おすすめの食事法はありますか?
山仲准教授:この領域で一般的に推奨されている方法としましては、まず朝起きてから1時間以内に食事を摂り、昼食は12時~13時ごろ、夕食は朝ご飯の時間から換算して12時間~13時間以内に食べ終わっていただくのが理想です。
翌朝の朝食までの絶食時間もポイント
山仲准教授:食事から就寝時間まで3~4時間空けることで、翌朝の朝食までの絶食時間を長く設けることができます。この「絶食の時間を長く設ける」という点が、生活リズムを整えるうえで重要なポイントになってきます。
海外の研究報告でメタボリックシンドロームの方は、1日の中での食事時間が14時間以上と長く、絶食の時間が短いというデータがあります。
この研究では食事時間を10時に制限する介入をすることで体重、腹囲、血中脂質、血圧等が改善することが報告されています。
ダラダラとメリハリのない食事をするのではなく、絶食時間をしっかりと設けたあとに食事を摂ったほうが、同調因子がよく機能することはマウスを用いた研究でも明らかになっています。
以上のことから、夜ご飯と、翌朝の朝ごはんの間の時間が、一番長くなるような食事リズムを取り入れることが重要だと考えています。
間食や“ながら食べ”は大丈夫?
── 食事と食事の間に時間をしっかりと設け、メリハリをも持たせることが大切なのですね。間食しても大丈夫なのでしょうか。
山仲准教授:間食することに問題はありませんが、間食の仕方には注意していただきたいです。同調因子にはメリハリが大切です。
一般的に「15〜16時ごろにおやつ」という風習がありますが、そのタイミングや小腹が空いたときに1日1回~2回、間食していただくことには問題ないでしょう。
しかし、1日に何度も食事をしたり、きちんとした食事がいつなのか曖昧な状態でダラダラと何かを食べ続けたりといった状態は好ましくありません。
食べていない状態があるからこそ、食べたときにスイッチが入ります。「これがメインの食事だ!」と、身体が認識できるような食事の摂り方をしていただきたいですね。
── メリハリをつけて食事を摂ることが大切ということは、「ながら食べ」も推奨されない行為なのでしょうか。
山仲准教授:その通りだと思います。「食事を楽しむ」「食事に集中する」ことが大切です。今回の研究では、食事の「何」が同調因子になっているのかについてはまだ明らかになっていません。
私たちは、快感や多幸感を覚えたときに出るドーパミンなど、脳が「楽しい」「うれしい」と反応する、情動刺激のようなものが関連しているのではと予測しています。
食事そのものが楽しいと思う状態や、食事に対する意識を高めた状態での食事を、規則正しく一定のタイミングで実施できれば、ある程度生活リズムを整える効果があるのではと期待しています。
── そのほかにも、一般の方でも取り入れられそうな食事に関するアドバイスがありましたらお教えいただけますか?
山仲准教授:夜遅くにご飯を食べたからといって、その日の睡眠の質が下がるといったデータはありません。しかし、夜は「インスリン」(糖の代謝を調節し、血糖値を一定に保つ役割をもつ物質)の働きが低下します。
つまり夜遅い時間帯の食事は、睡眠そのものの質には影響しないものの、エネルギー代謝を調節するシステムにとっては大問題なんです。食事の時間帯が夜遅くなることで、エネルギー代謝に関わるホルモンの働きが低下し、糖尿病や肥満のリスクが高まるというエビデンスもたくさんあります。
そのため、古くからいわれているように食事量は朝が多めで夜は少なめ、かつ深夜の食事は避けるのが理想的といえるでしょう。
── 貴重なお話を聞かせていただきありがとうございました。今後、取り組まれたい研究や実験など、展望をお聞かせください。
山仲准教授: 今回の実験は、隔離実験室という特殊な環境下での実験だったため、日常生活下において「何が生活リズムを整える同調因子として一番有効であるか」ということは明確にはわかっていません。
日光の光を浴びることが体内リズムを整えるのに有効という話もさせていただきましたが、それも隔離実験室での実験によって得られたエビデンスであり、日常生活下において生物時計を調整することにどれほど役立っているのかについてはまだ解明できていない部分があります。
また、私たちは日頃から太陽だけでなく人工照明も浴びており、外の環境リズムとは異なる光環境で生活をしています。
光と生物時計の関係性も実生活下では解明されていないため、今後は実生活下で、光とそれ以外の要素のどちらが、身体リズムの調整に役立っているのかについて明らかにしていきたいと考えています。
Wellulu編集後記
今回は、北海道大学教育研究院の山仲准教授に、食事時間が睡眠覚醒リズムを調節することが明らかになった研究内容や、健康的な食事の摂取方法について、詳しいお話を伺いました。
これまで、ただなんとなく「夜遅い時間の食事は避けたほうがいい」、「ながら食べはしないほうがいい」といった認識はありましたが、その科学的な理由を知ることができ非常に参考になりました。
楽しみながら食事を摂る、深夜の遅すぎる食事はできるだけ避けるなど、無理のない範囲で取り組めそうな食事法から実践していきたいと思います。
本記事のリリース情報
専門は時間生物学。運動と生体リズムとの関係に注目し、2004年に北海道大学大学院医学研究科博士課程に進学。当時、生理学講座時間生理学分野(旧第一生理)教室を主宰していた本間研一教授に師事し、時間生物学研究を開始。国内唯一の時間隔離実験に従事し、ヒト生物時計の非光同調機構における運動、食事、生活スケジュールの影響を世界に先駆けて明らかにした(Yamanaka et al. Am J Physiol. 2010, 2014, 2022)。2016年より現所属に異動後は、日常生活下において生物時計が心身の健康に与える影響を明らかにするためのフィールド研究を進め、ストレス応答、糖代謝能に対する概日リズムの影響を明らかにしている(Yamanaka et al. NPPR 2019, Sato et al. TJEM 2019)。2016年-2019年にはサッカー日本代表選手の時差対策を担当し、FIFAロシアワールドカップ出場に貢献。2022年より北海道日本ハムファイターズ選手の睡眠改善を目的とした研究にも従事している。