
地域企業の潜在力を引き出し、人とのつながりから新たな価値を生み出すには何が必要だろうか。
Welluluの調査(※)によれば、ウェルビーイングな働き方を実感できている人は、3割程度にとどまっている。多くの組織が試行錯誤するなか、「働く人の幸せ」と「組織の成長」を両立させる取り組みに注目が集まっている。
※Well-Working調査の内容はこちら
本記事では、株式会社ふくいのデジタルと株式会社ECOTONE、そして株式会社福井銀行の協賛により福井県で開催された「ウェル・ワーキングな働き方セミナー」での公開対談の様子をお届けする。
現場で実際に組織づくりを推進しながら、社員の成長や働きがいを高める施策に挑戦する企業の姿から、私たちは何を学べるのだろうか。地域と人が共に成長する仕組みの姿に迫っていく。

吉村 直樹さん
株式会社福井銀行 経営企画グループ 人財開発チームリーダー兼健康サポート室長

堂上 研
株式会社ECOTONE 代表取締役社長/Wellulu 編集長
1999年に博報堂へ入社後、新規事業開発におけるビジネスデザインディレクターや経団連タスクフォース委員、Better Co-Beingプロジェクトファウンダーなどを歴任。2023年、Wellulu立ち上げに伴い編集長に就任。2024年10月、株式会社ECOTONEを立ち上げる。
積み重ねてきた「人の価値」への投資
堂上:今日は福井銀行におけるウェルビーイングの取り組みや、そこで実感されている変化についてじっくり伺いたいと思います。よろしくお願いいたします。
吉村:こちらこそ、よろしくお願いいたします。じつは、このようなオープンな場でお話しするのは少し緊張しているのですが、銀行としてどのようにウェルビーイング経営を導入し、人財育成に活かしているのかをお伝えできればと思っています。
堂上:ありがとうございます。私もWelluluで200人近くの方と対談し記事化してきましたが、今回は公開のイベント形式ということで、新鮮な気持ちです。ぜひざっくばらんにお話しください。
早速ですがウェルビーイングは、どうしても個々人の主観や価値観に左右されがちです。福井銀行さんでは、どのように整備されてきたのでしょうか。
吉村:もともとは、「人の価値を高めることが会社の価値を高める」という考え方そのものが出発点でした。ビジネスの根幹は人ですから、「人づくり革命」と称して、10年程前から一貫して社員の成長機会を重視する方針がありました。
ウェルビーイングという言葉自体は当初使っていませんでしたが、「人の価値こそが企業の価値を左右する」との考えのもと、少しずつ施策を積み重ねてきたという感覚です。
踏み出す勇気が成長を生む
堂上:10年という期間は、けっこう長いですね。当初は「ウェルビーイング」という言葉こそ使っていなかったものの、従業員の幸せや成長を重視する姿勢が出発点だったと。
吉村:はい。ここ2~3年で「ウェルビーイング」という表現が浸透してきましたが、企業としては「まず組織として安心して働ける環境を整え、次に挑戦を促す」という段階を丁寧に進めてきました。同時に、社員が“安心領域”にとどまることなく、一歩踏み出して、未知の領域に挑んでほしいという点に力を入れています。
堂上:“コンフォートゾーンを抜け出し、学びの領域へ”という言葉がしっくりきますね。銀行業界というと、どうしても保守的・堅実なイメージが強いと思います。そうした文化を変えようという取り組みは、困難もあるのではないでしょうか。
吉村:もちろん大変なことはあります。いわゆる旧来的な「順番にハンコを押していく」ような慣習や、階層的な管理手法がまだ残っている場面もありますが、頭取が「失敗を恐れずにチャレンジすることを歓迎する」というメッセージを掲げていて、少しずつ前向きに捉えてくれる社員が増えてきました。
人事異動を活用して、コンフォートゾーンにとどまりがちな社員をあえて新しい領域へと移すこともあります。不安を感じる人もいるかと思いますが、そこを上司がサポートしながら、勇気を後押しする。そんな仕組みづくりを大切にしてきました。
堂上:上司が「ただ寄り添う」だけでなく、背中を押すという姿勢は重要ですね。やみくもに新天地に送り出すのではなく、適切にフォローし、成功体験を積ませる。社員が“安心”をベースに“成長”していくための土壌を、しっかりと整えている印象を受けます。
安心から挑戦へ、銀行が描く成長の方程式
堂上:施策の全体像として、具体的にはどのような点に注力されていますか。たとえば「1on1ミーティング」を取り入れている企業も増えていますが、福井銀行さんはいかがでしょうか。
吉村:1on1ミーティングは、月に1回程度、上司と部下が30分〜1時間ほど対話する機会を設けています。導入からしばらく経ちますが、実施率は7割まで高まりました。ただ100%には至っておらず、運用上の課題は残っていますね。
堂上:それでも7割は相当に高い数字だと思います。1on1ミーティングを効果的に運用するには、上司側のマインドも重要ですよね。単なる管理ではなく「共に成長を目指す対話姿勢」が求められるわけです。
吉村:そうですね。マネジメント層には「部下に寄り添うだけでなく、一歩踏み込んで背中を押す」という役割があると強調しています。そこで、例えば「褒めらレター」という取り組みを始めました。部下が上司や同僚を褒める、上司が部下を褒める、部署が違っても褒め合う、そうした活動をシステム上で共有する仕組みを導入したのです。
堂上:「褒める」という行為は、感謝の言葉が自然に生まれる好循環をもたらしますね。実際、褒め合う文化や「ありがとう」と言い合える組織は、生産性も人間関係も良好だというデータがあります。自然にそうなるには時間がかかりますが、銀行という組織でそれを推進しているのは素晴らしいことです。
吉村:ありがとうございます。私自身も「お疲れさまです」より「ありがとうございます」と言ったほうが、お互いより前向きに仕事ができると実感しています。なので、メールの最初のあいさつは”ありがとう”で始めることを心掛けています。
実際に言葉を変えてみると、相手への感謝の気持ちが自然と湧いてくるのを感じるんですよね。これが積み重なると、コミュニケーション全体が前向きになり、不思議と仕事での協力関係も深まるのです。
堂上:銀行内ではプロジェクト単位で他部署との連携が欠かせないと思いますが、そうした協働の場で「ありがとう」が自然に交わされると、より働きやすい環境になりますね。
吉村:そうですね。「お疲れさまです」という言葉を使うよりも、「仕事の成果がこれだけ上がったのはあなたのおかげです」という感謝を伝えると、相手も「こちらこそありがとうございます」と返してくれます。
この繰り返しによってチーム内の雰囲気が柔らかくなり、仕事への意欲も高まっていると感じています。
頭取が掲げる「挑戦」の旗
堂上:そうした空気感が、社員一人ひとりに安心感や挑戦意欲を与えているのでしょうね。僕自身、新規事業やイノベーションの組織での経験から、変化を起こすには「権限委譲」や「失敗を咎めない」風土が重要だと感じています。まさに福井銀行さんでは、長谷川頭取が「高い目標に向かってチャレンジしていく」ことの大切さを伝え続けることで、雰囲気を変えているのですね。
吉村:はい。「失敗しても構わないし、それ自体がむしろ新しい一歩を示す証拠だ」というメッセージを受け取ると、部下たちも踏み出しやすくなります。
ただし、ここが難しいのですが、実際に失敗が起きると「大丈夫なの?」というリアクションももちろんありますね。しかし、少しずつ「次はこうするといいね」とプラス方向で捉えるマネジメントも広がってきていると感じており、大きな進歩だと思っています。
堂上:もちろん、急に全員が変われるわけではありませんし、完璧を求めすぎると疲弊も招きますよね。興味深いのは、人事異動を“コンフォートゾーンから抜け出す仕組み”として活用されているという点です。例えば、長年同じ部署にいる人に、あえて異なる役割を経験させるのですか?
吉村:そうなんです。異動は人事部門の権限でもあります。本人が「それは嫌だ」と思っても、あえて新しい活躍分野に移ってもらい、「ここを乗り越えたら成長がある」という後押しをします。
例えば女性社員の場合、預金担当から法人営業担当への異動などは不安を抱えるケースが多いのですが、マネジメントがしっかり学びをサポートし、成功体験を積んでもらうことで、自信が芽生える瞬間も生まれています。
カフェ併設の銀行。開かれた空間が生む対話
堂上:オフィスの構造自体も刷新されていると伺いました。実際、本店のフロアがフリーアドレスになり、部署間の壁がないそうですね。
吉村:5年ほど前に本店を建て替えた際、役員を含めた若手プロジェクトチームを組んで「よりコミュニケーションが取りやすい環境」を目指すオフィスデザインにしました。カフェスペースなどを設け、一般の方も本店を利用できるようにしたのも大きな特徴です。このような開かれた空間を作ることで風通しが良くなり、部署の垣根を超えた対話がしやすくなりました。

堂上:カフェやライブラリーが一般開放されているのには驚きました。銀行といえば、セキュリティや堅牢さを強調しそうですが、審査や金融業務の核心部分はきちんと守りながらも、コミュニケーションの場として開ける部分は開く。そうした柔軟さが伝わってきますね。
吉村:本店に限らず、支店でもコミュニケーションを促進するためにレイアウトや仕組みの工夫を行っています。変化にはコストもかかりますが、周囲と議論を重ね、必要な部分に投資しながら課題を解決しています。
“winーwinの関係”を大切に。尊重が生む成長の循環
堂上:個人的な面では、吉村さんはどのようにリフレッシュしながら働いていますか? ウェルビーイングを維持するには「自分のライフスタイルや価値観を大切にする」「習慣化する」という要素も大切ですよね。
吉村:私は「勝ち負け」よりも「winーwinの関係」を重視するタイプで、プライベートでもそれを大切にしています。家族、友人、ときには同僚とも意見が対立することはありますが、どちらかが完全に譲歩するのではなく、お互いが納得できる形を目指して対話します。
このような対話を重ねているとストレスが軽減されて、結果的に仕事とプライベートの両立がしやすくなります。
堂上:お互いを尊重できるかどうか。それは社員同士や上司と部下の関係でも同じですよね。若い社員と上司の価値観がぶつかることは多いですが、「自分のやり方を押し付けない」姿勢が大切だと感じます。
吉村:そう思います。長年勤務していると「昔はこれが当たり前だった」というバイアスがかかりがちですが、「価値観の押し付けこそが問題を生む」という認識から、私は相手に「どう思う?」と最初に尋ねるようにしています。そうすると部下や同僚も遠慮なく意見を述べてくれますね。もちろん、リーダーとしての決断は必要ですが、このプロセス自体がメンバーの成長につながると確信しています。
堂上:ただ、組織が大きくなるほど対話が難しくなる側面がありますよね。30人程度であればお互いの顔と名前が完全に一致して、「今日は元気がないようだ」と気づきやすいですが、100人を超えてくると、状況が見えにくくなることが多いです。
吉村:そうですね。福井銀行も全体としては規模が大きいですが、部署単位で上席がマネジメントするのは、多くても20~30人程度です。人財開発チームも30人弱で、「全員の顔と様子がわかる」規模感になっています。大規模組織でありながら、小さなチームの集合体として組織が機能しています。
堂上:それは理にかなっていますね。大きな組織でも「1チームの適正規模をどこに設定するか」はウェルビーイングを考える上で重要です。マネージャーやリーダーが部下の状況をきちんと把握できる規模であれば、適切な承認やサポートも提供しやすくなりますよね。
吉村:管理職自身も部下を守りやすく、背中を押しやすくなります。人事異動があっても、各部署で組織としての安心感と各人の挑戦が両立する環境を育てやすいと感じています。
地域と企業の共生──福井銀行が目指す未来像
堂上:福井銀行さんは地域金融機関として、地域社会との関わりも深いと思います。ウェルビーイング経営と地域貢献はどのように結びついているのでしょうか。
吉村:私たちは「地域の人々の幸せなくして、銀行の発展はない」という考え方を大切にしています。社員一人ひとりが地域とつながり、地域の課題解決に貢献することで、結果的に銀行としての価値も高まると考えています。実際、地域の企業や団体とのコラボレーションも積極的に行っており、社員がそうした活動に参加することで視野が広がり、成長する機会にもなっています。
堂上:つまり、社員のウェルビーイングと地域のウェルビーイングは切り離せないということですね!
吉村:そうです。銀行の業務を通じて、時にはその枠を超えて、地域全体の幸せを考えることが、結果的に私たちの存在意義にもつながります。社員が地域に誇りを持ち、地域と地域の人々と共に成長していく。そんな好循環を生み出すことが、私たちの目指す姿です。
堂上:それは素晴らしいビジョンですね。最後に、これからウェルビーイング経営に取り組もうとしている企業や組織に向けて、アドバイスがあればお聞かせください。
吉村:一番大切なのは「トップのコミットメント」だと思います。前頭取である林会長と長谷川頭取が、「ウェルビーイングを必ず実現させるんだ」と言い続けることで、少しずつ組織文化が変わってきました。そして、小さな成功体験を積み重ねることも重要です。一気にすべてを変えようとするのではなく、「ありがとう」から始めるような小さな変化から、徐々に広げていくアプローチが効果的だと実感しています。
堂上:本当にその通りですね。ウェルビーイングは一朝一夕に実現するものではなく、日々の小さな積み重ねが大切です。福井銀行さんの取り組みは、多くの組織にとって参考になる素晴らしい事例だと思います。
吉村:こちらこそ、お話しする機会をいただき、ありがとうございました。これからも「人の価値を高める」という原点を大切に、ウェルビーイング経営を進化させていきたいと思います。
堂上:今日のお話を通じて、組織のウェルビーイングと地域の発展が密接につながっていることがよくわかりました。福井銀行さんの今後の取り組みにも注目していきたいと思います。本日はありがとうございました!
堂上編集長後記:
今回、ふくいのデジタルとアライアンスを組ませて頂き、地域のウェルビーイングに我々ECOTONE社は力を入れていくことにした。
そして、今回初めて福井県を訪れて、たくさんの刺激とおいしい料理をいただいた。そして、たくさんの魅力的な会社に出会うことができた。地域には、まだまだ隠れた可能性があり、まだまだウェルビーイングな取り組みをしている企業がたくさんあることがわかった。
僕らが目指す社会は、主体性を持った人々が地域の魅力をどんどん増幅させる共創社会だ。僕は正直、地銀のみなさまってもっと保守的で固いイメージがあった。けれども、福井銀行は違った。コンフォートゾーンから抜けて、どんどん挑戦している。
地銀のみなさまの取り組みが新たなスタンダードになっていくと、たくさんのUターンやIターンが生まれて、街が活気づく。そのためにウェルビーイングな会社を増やしていきたい。是非、一緒に地域を元気にしたい方たち、お声がけください!!!
一緒に地域からウェルビーイングな取り組みを増やしていきましょう!
セミナーをセッティングしていただいた福井銀行のみなさま、福井新聞のみなさま、ふくいのデジタルのみなさま、素敵な機会をつくって頂き感謝申し上げます。
越前そばにはまり、鯖江ブランドの眼鏡を購入した。福井がもっと好きになる時間を過ごした。
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1997年に福井銀行へ入行後、営業店を歴任。地域創生チームリーダーとして、2022年の観光地域商社「ふくいヒトモノデザイン株式会社」設立に携わる。同年、人財開発チームリーダーへ就任し、福井銀行グループのウェルビーイングに関する取組みを推進している。