
今回Welluluが取材したのは、2024年11月28日に行われた「博報堂DYグループ Diversity Day 2024」。2022年から、DE&Iの経営テーマ化や、推進者間での課題・推進ノウハウの共有を進める博報堂DYグループが、社員へのDE&Iカルチャーやつながりの醸成を目的としたグループ初となるイベントだ。
今回は、2024年前期NHK連続テレビ小説『虎に翼』のプロデューサーを務めた石澤かおるさんをゲストに迎え、「『多様性のある社会と博報堂DYグループのDE&I』を知ろう、話そう。」をテーマに行われた第一部の様子をレポートする。

石澤 かおるさん
NHK コンテンツ制作局 第3制作センター ドラマチーフ・プロデューサー 2024年度前期 連続テレビ小説『虎に翼』担当

大島 ももあさん
株式会社読売広告社 マーケットデザインユニット 総合クリエイティブセンター 関西統合クリエイティブルーム

太田 麻衣子さん
株式会社博報堂 執行役員/エグゼクティブクリエイティブディレクター

梅澤 宏徳さん
ソウルドアウト株式会社 雲南市ソーシャルチャレンジ特命官 エリアビジネス本部 エリアマネジメントグループ

須藤 晃史さん
株式会社Hakuhodo DY ONE 第五アカウント本部 シニアマネージャー/第二アカウント須藤局 局長

迎田 章男さん
株式会社博報堂 取締役常務執行役員

中島 静佳さん
株式会社博報堂DYホールディングス サステナビリティ推進室 室長

髙田 奈美さん
株式会社博報堂DYホールディングス サステナビリティ推進室
多様性こそクリエイティブの力が必要
当イベントでは、テーマを『博報堂DYグループならではのDE&Iの理解』『LGBTQ+』『インクルーシブ社会』の3つに絞りセッションが設けられた。これらには様々なゲストや、当事者であるグループ社員が登壇し、「DE&I」(Diversity=多様性、Equity=公平性、Inclusion=包摂性)にまつわるそれぞれのエピソードや想いが語られた。今回は『博報堂DYグループならではのDE&Iの理解』で繰り広げられたキーノートセッションの様子をレポートする。
キーノートセッションでは、中島さんより博報堂DYグループにおけるDE&I方針についての話からスタートした。
博報堂DYグループは、グローバルパーパスとして「生活者、企業、社会。それぞれの内なる想いを解き放ち、時代をひらく力にする。Aspirations Unleashed」を掲げている。
広告の仕事は、色々な人が混ざりあい、アイデアを出し合うことで、新しい答えを生み出していく。取引相手や仲間が増えることで、視点もさらに広がりを見せる。そこで大切になってくるのが、相手への“想像力”である。つまり「DE&I」の考え方とは、「生活者発想」そのものといえるのではないだろうか。

しかし多様性は言うは易し、行うは難し。時に分断やとまどい、摩擦が生じることもあるだろう。そんな“迷い”や“見えない”ことも言葉を通じて知ることで、新たな創造へとつなげていける。
そんななか、NHK連続テレビ小説『虎に翼』では「多様性」をひとつのテーマとして取り上げ、多くの共感を呼んだ。新しい考え方を広めるとき、「ドラマ」がどのような役割を果たすのか。『虎に翼』というドラマは、どのような経緯で生まれたコンテンツだったのか。中島さんの紹介を受けて、石澤さんから自らの経験と共にその秘密が語られる。
「私は地方でドラマ制作を経験したのち、2012年からNHK『あさイチ』の制作に携わりました。『あさイチ』はNHKの中でも、女性スタッフが特に多い番組なんです。そこが、私にとって最初の発想が生まれたタイミングでした。
朝の番組なので、視聴者層のメインターゲットは家事をしている主婦の方たちです。同じ女性だからという考え方で、多くの女性スタッフが集められているわけですが、企画を考えているのは『夜遅くまで働いている女性』。『私たちに主婦の方たちの気持ちが本当にわかるのだろうか』という疑問と、女性ということで一つに括られることへの違和感を覚えるようになったことが、DE&Iのテーマに向き合う最初のきっかけとなりました。」
コロナ禍を経て、「『ドラマ』はより多くの人に届けることができる」と考えるようになった石澤さん。2021年に再びドラマの世界に挑戦することに。
「脚本家の吉田恵里香さんとの打ち合わせの中で、『強い女性』をテーマにしようと企画がスタート。たどりついたのが、女性初の弁護士、戦後は判事、そして女性初の裁判所所長となった三淵嘉子さんの人生でした」
「三淵さんの人生を史実通りに再現すると、いわゆるエリート女性の話になります。物語の感想を『すごいね(私は違うけど)』で終わらせたくないという思いもあり、真逆の登場人物である花江ちゃんやよねさんなど、多様な人物を登場させたという経緯があります。
多様な人物を登場させたことが、皆さんが『虎に翼』を熱く見てくださった一つの理由だと感じています」
タイプの異なる人物を登場させることで、分断が少ない社会が描かれていた。多様性は、ときに分断や無関心を招く。しかし『虎に翼』は、エンタメ、クリエイティブの力を通じて、どんな人にも役割や価値があることを伝えてくれた。
続けて、女性管理職としての石澤さんの気づきや、課題に感じることについて語られた。
「私が管理職になって課題に感じていることが2つあります。1つは『叱る』『指導する』ということに慣れていないということ。もう1つが時短勤務をする人への向き合い方です。ドラマの現場はまだまだ働き方改革が進んでおらず、夜遅くなることも多いです。もちろん時短勤務する人たちが、家で家事や育児に追われていることは理解していますが、時短の人は心苦しい思いをし、職場に残る人がカバーをするしかない。そうではなくて、『全員が帰れるように取り組めばいい』のだと分かってはいるのですが、なかなかドラマの現場ではすぐには実現が難しく……。今は、まず自分が『帰れる日は早く帰る』の実践に挑戦しています。当たりの前のことですが(笑)」
メディアの持つ影響力は大きい。これまでの経験を踏まえ、「メディアは時に暴力になること」を自覚すべきだと石澤さんは話す。
「傷ついている人がいないかをよく考えることだと思います。全員に配慮するのは難しいかもしれませんが、人への想像力を働かせ続けることが大切なのではないでしょうか」
「自分らしく」を当たり前に。一人ひとりの発想から新しい創造を
続いて話し始めたのは、読売広告社の大島ももあさん。
「多様性というのは、『多様性を認める』とか『多様性をつくっていきましょう』とか、そういうことではないと私は思っています。多様性というのは、今すでにここにあるものであって、世界は多様なんです。
では、なぜ多様性や人との違いが議題に上るのでしょうか。それは『これはこうあるべきだ』という抑圧や、『これが当たり前だ』というステレオタイプの先入観があるから。その抑圧を打ち破って自分が自分らしく生きられるようになったとき、その違いは自分の力になると思っています」
「みなさん、自分らしく生きましょう!」と力強いメッセージで締めた大島さん。続いて、博報堂 執行役員の太田麻衣子さんが、自身が体験した「多様性のあるやさしい社会」を話す。
「6月にフランス・カンヌで開催された、カンヌライオンズ国際クリエイティビティフェスティバルで『Glass: The Lion For Change(性差別や偏見など、それぞれ個人の障壁を乗り越えた人を称える部門)』の審査員を務めてきました。その審査員のメンバー10人が、本当に多様性に溢れていたんです。トランスジェンダーの方や、男性の配偶者がいる男性、耳が不自由な方や、4週間前に子どもを産んで赤ちゃんを連れてきた方もいました。
私も英語が得意ではない、アジアのマイノリティでしたが、それでも皆さんが尊重してくれる。こういう社会になったら素敵だと心から感じる体験だったんです。
生活者とは塊ではなく、一人ひとりの個人。その一人ひとりが、『本当に違っていい』と認められるのが多様性の本質です。違いを尊重しあって、その人に合わせた表現や発想をしていくことで、これからさらに新しい創造が生まれる未来が広がっているのではないでしょうか」
中央の輸入ではなく、地域に溶けて、発見する。内側から始める地域創生
次のテーマは「多様性と生活者発想」。島根県雲南市で「地域活性化企業人制度」を通じてDX化に取り組む、ソウルドアウトの梅澤宏徳さんが話し始める。
「私はソウルドアウトで働きながら、3年ほど前から自分が生まれ育った島根県雲南市の地域課題解決に携わっています。民間企業の社員として地域と関わる中で、当初は東京の企業のサービスやノウハウ等を『輸入』するという感覚が強くありました。民間企業は競争とスケールを前提にしているため、ある程度フォーマットの型を決めて導入をする、という感覚に陥りがちです。
しかしこの3年間で、その考え方は地域には適さないと気づきました。都市部とは違い、地域のリソースは限られているので、ある特定の問題を解決するリソースを導入して対価を得るという受発注の関係では限界があります。地域で当たり前に存在するもの、行われていることに実は価値があり、それを最大化する方が無理なく継続することができます。輸入ではなく、地域住民の皆さんと一緒に、地域の潜在能力を『再発見』し、最大化することが求められるのです」
さらに梅澤さんは「法人ではなく個人として接すること」の重要性を説く。
「私がいくら雲南市生まれだといっても、『東京の企業は怖い』と思われてしまう。『この人なら信頼できる』と思ってもらえる関係性を築くことが、地域に溶け込む上で意識していたことです。『貢献してあげる』というスタンスではなく、『地域に貢献したいんですが、むしろ私達もどうすればいいか悩んでいるんです。一緒に盛り上げてもらえませんか?』という、企業と地域の間に立つ、共創のスタンスで接します。体感して、知るだけではなく、わかりあうことが大切です。実際に現地に行き、やってみることで道は拓けていくのではないでしょうか」
生活者発想でアイデアを考える上では、一人ひとりの想いを理解し、丁寧なコミュニケーションを心がけていかなければならない。
相手への「想像力」と「対話」がDE&Iの第一歩
3つ目のテーマは「ジェンダーと働き方」。Hakuhodo DY ONE 第五アカウント本部でシニアマネージャーを務める須藤晃史さんが、3カ月の育児休暇を取得した経験から想いを語る。
「私の世代では育児休暇を取得することは、当たり前だという感覚があります。一方で、取引先や社内プロジェクトなどがあり、『自分が抜けても大丈夫な状態を、どうやってつくれるか』と悩んでいました。事前に『3カ月ほど育休を取ります』と伝えていたのもあり、最初は少し不安を口にしていた上司や同僚も、『楽しんできてください』『頑張ってください』と快く送り出してくれました。」
3カ月後、職場に復帰した須藤さんは、思いがけないチームへの好影響を感じたといいます。
「共に働いている仲間たちが自発的になり、チームとしてのまとまりが強くなったと感じています。これまで自分が前に出て話し過ぎていたと反省しているくらいです(笑)。
私は家庭においても、ジェンダーというのを意識する必要はないと考えています。妻も現在は仕事に復帰しているなかで、男女関係なく、家庭の中でバランスをとりながら、役割分担していくことが大切なのではないかと思っています。私はこれまで仕事に多くの時間を割いてきましたが、少しずつ『仕事』と『家庭』の流れがつかめてきているところです
育休を取得して良かったと強く思っています。周りに育休の取得を悩んでいる人がいれば、協力して、周囲にも理解を求めていきたいですし、こんな対話が自然に生まれる会社にしていきたいですね」
次に博報堂 取締役常務執行役員の迎田章男さんが話し始める。
「私は博報堂の役員として、営業を統括しています。今、女性のリーダーを増やそうとグループでも目標を掲げています。しかし、現場を預かっている立場から感じているのは、産休・育休を取得した女性たちが、もう一度職場に戻ってきてもらえる環境をつくらないと、この目標は達成できないということです。これまでも現場では様々なディスカッションや、管理職を集めたワークショップを行ってきました。
しかし、これは現場での対応だけで解決できる問題ではありません。会社側の制度や仕組みづくり、推進のリーダーシップも欠かせないと考え、取り組んでいます。」
迎田さんは、様々な社員の話を聞いていくなかで、大きな気づきがあったという。それは2人の子どもを育てる女性社員の言葉だった。
「彼女が一人目の子どもを産み、職場に戻ってくる際に、『このチームだと忙しくて大変だから』と新しいチームに異動させました。私たちからすれば配慮だったのですが、彼女にとっては『初めての育児、初めてのチームメンバー、初めての得意先』が重なり、大変な思いをしたと伝えられました。その後、彼女は2人目を出産してそれまでのチームに戻りましたが、チームメンバーからの報告や、得意先からの『待っているよ』というメッセージが、安心して復帰する力になったと言います。人によって違いはあると思いますが、『職場復帰』のハードルを低くするには様々な形があることにも気づきました。
ジェンダーと働き方の問題を解決するには、人に対する想像力を働かせることが必要です。あらゆる『生活者』を想像しなくちゃ、創造なんてできないぞ。というスローガンに、本当にハッと気づかされました。特にチームで仕事を進める営業セクションでは、お互いが相手のことを想い、想像しあうこと、そのためには対話が重要です。そして、それが次の創造へとつながっていくのではないでしょうか」
DE&Iは、当事者だけのものではなく、会社、チーム、みんなで考えて、実践していくものである。新たな課題に向き合っていくことが、より良い未来へとつながっていく。
イベントを企画した博報堂DYホールディングス サステナビリティ推進室の髙田奈美さんは、イベント後に次のように総括した。
「博報堂DYグループは、海外を含めて450社以上の会社からなる多数で多様な個の集合体です。DE&Iの取り組みにはそれぞれの会社の特徴や、個人差もあります。
だからこそ、一緒に働く仲間たちの想いを知ることで、明日からの自分の『ACTION』を考えるきっかけになれば、と思っています。今回のイベントには各社から多数の参加登録があり、事後アンケートでも大きな共感の声が届きました。
来年度以降も、社員があらゆる生活者を想像し、創造を広げることができる取り組みを行っていきたいと思います」
撮影場所:UNIVERSITY of CREATIVITY