
働き方や生き方が多様化している中、「自分の幸せとは何か」について考える機会が増えた人も多いのではないだろうか。「ウェルビーイング」という言葉も世の中に浸透しつつある。
アイディール・リーダーズ株式会社の丹羽真理さんは、社員のハピネス向上をミッションとするリーダー「CHO(Chief Happiness Officer)」を日本で広めることを目指し、ウェルビーイング向上プロジェクト、経営者向けのコーチングなど数々のプロジェクトに参画している、いわば「組織のウェルビーイング」のプロフェッショナルだ。
そんな丹羽さんに、組織のウェルビーイングには何が大切なのか、そもそも丹羽さん自身はどんな原体験があって今の仕事に従事しているのか、ウェルビーイングを追求するメディア『Wellulu』を立ち上げた堂上研が話を伺った。

丹羽 真理さん
アイディール・リーダーズ株式会社 共同創業者/CHO

堂上 研
Wellulu編集部プロデューサー
1999年に博報堂へ入社後、新規事業開発におけるビジネスデザインディレクターや経団連タスクフォース委員、Better Co-Beingプロジェクトファウンダーなどを歴任。2023年、Wellulu立ち上げに伴い編集部プロデューサーに就任。
自由を求めてICUへ。「自分で考えて自分で選択する」大切さ
堂上:真理さんは、僕と同じICU(国際基督教大学)出身なんですよね。そういう意味ではお会いする前から親近感を抱いていました! ICUには帰国子女の方も多いですが、真理さんは?
丹羽:私はいわゆる「隠れ帰国」です。私はICUハイ(国際基督教大学高等学校)出身なのですが、そこでは海外在住経験があるものの、帰国から長い時間経っている人は「隠れ帰国」と呼ばれていたんです。私の場合は、小学校1年生から3年生までの3年間、アメリカのオレゴン州ポートランドに住んでいました。
堂上:「隠れ帰国」、初めて知りました。当時、言葉の壁などはありませんでした?
丹羽:母いわく、小学校に入学してから3カ月間はほとんど喋らなかったそうです。でも、ある日突然英語で話し始めたらしくて。きっと、赤ちゃんが母国語を覚えるのと同じような感じで英語を取得したのでしょうね。
堂上:へぇ、面白い! そういう意味では良いタイミングでアメリカに行けたんですね。
丹羽:そうですね。ちょうど色々な言葉を覚え始める時期に英語に触れていたので、3年しかいなかったのですが、帰国する頃には英語のほうが得意だったくらい。でも、逆に日本語の読み書きや漢字はほとんどできなくて、帰ってきてからすごく苦労しました。それと、行った時より帰って来た時のほうがカルチャーショックが強かったです。
堂上:4年生くらいになるとちょうど自我も生まれますから、きっと大変でしたでしょうね。真理さん的には、日本の学校は過ごしにくかったですか?
丹羽:いじめとかはありませんでしたが、アメリカに住んでいたと話すと「英語喋って!」と絡まれることが多かったですね(笑)。あとは、同じ制服を着なければいけなかったり、必要以上に校則があったりすることなどに、同調圧力を感じていたように思います。
だから、高校を受験する時には絶対に私服の学校にしよう、ピアスを開けてもOKな学校にしよう、と思っていましたね。結果的にICUハイに入学したわけですが、そこでやっと自分を取り戻した感覚がありました。
堂上:なるほど。最近、育児や仕事を通じて子どものウェルビーイングについて調べる機会が多いのですが、日本の学校、特に東京の学校には息苦しさを感じている人が多いようです。たとえば、「周りのみんなが中学受験をするから、自分もしなくちゃいけない」とか。しかも、中学校に合格するために、暗記ばかりの苦しい勉強をする……。
丹羽:私も中学受験をしたのでわかります。結果的に全部落ちてしまって、公立の中学校に入学したのですが……。
堂上:僕も、子どもの中学受験をそばで見ていて苦しい思いをしたこともあったし、実際に子どもだけでなく、親も苦しんでいる方が多いんです。日本の教育自体、見直されなければいけないなと思うのですが、海外の学校に住んでいた子は余計に敏感に感じるでしょうね。
丹羽:そうかもしれません。特に小学校受験、中学受験となると本人の志望ではなく、親の志向で学校を決めるケースも多いと思います。小学校6年生って、まだ自分のことをよくわかっていないですから、どんな学校が自分に合うかなんて判断できないじゃないですか。
堂上:わかります。『Wellulu』を通じて色々な方とお話しする中で、中学受験の話題もよく挙がるのですが、向いている子と向いていない子がいるんですよね。それなのに受け取った情報を鵜呑みにして、「とりあえず受験しなきゃ」「偏差値の高い学校に行かなきゃ」というのは、子どものためにも親のためにもならない。
丹羽:確かに!
堂上:そういう意味では、真理さんは中学受験こそ上手くいかなかったかもしれませんが、自分の意思でICUハイを志望して、実際に通われたわけですもんね。自由な校風を求めたのは、やっぱりそれまで通っていた学校に、息苦しさを感じていたからなのでしょうか。
丹羽:そうですね。ICUハイは3分の2くらいの生徒が帰国子女で、住んでいた国も期間も、本当にバラバラなんです。良い意味で誰もがマイノリティではないし、マジョリティでもないから、多数派と少数派という構造になりにくい。「全員違って当たり前」という考えが染み付いているのが心地よかったです。
それに、クラスは科目ごとにレベル分けされているので、「英語は一番上のクラスだけど数学は一番下」みたいなことが普通なんです。日本の多くの学校である「総合ランキング」がない。
堂上:しっかりと、一人ひとりの個性を見てくれている感じがしますね。
丹羽:おっしゃる通りです。もちろん一般的な日本の学校のすべてが悪いわけではないですが、私にはICUハイの雰囲気がすごく合っていましたね。みんな日本語と英語をごちゃまぜに使っていたり、アメリカっぽいイベントがあったり……。歌うことが大好きで高校でロック部に所属していたのですが、それもすごく楽しかったです! だからそのまま大学もICUに進みましたし、今でも歌うことは続けています。
堂上さんは、大阪の高校からICUに入学されたんですよね。なかなか珍しいと思うのですが、何かきっかけがあったんですか?
堂上:正直な話、大阪で高校生になった時に逃げ出したい気持ちが強くて高校を辞めたいと思っていたら、担任の先生に留学を勧められて。「とにかく学校から逃げ出したい!」という気持ちでニュージーランドに1年間留学したんです。
高校1年での交換留学でたくさんのことを学べました。「今しかできないことをやる大切さ」「当たり前なんて存在しないこと」「相手の気持ちに立って行動すること」。
大学受験で、色々な学校を調べているうちにICUを知って、ここなら多様な考えを学び、多様な人と出会える環境だと思って進学しました。
丹羽:へぇ! そうだったんですね。
堂上:結果的にICUに入学して良かったなと思います。リベラルアーツで文系と理系とが分かれていないので、いろんな授業を受けられるんですよね。
丹羽:わかります。ICUハイからICUに進む人って、じつは2割しかいなくて、ほとんどの生徒が他大学を受験したり海外の大学に進んだりするんです。「ICUハイにいるからエスカレーターでICU」という前提がそもそもない。大学のリベラルアーツも含め、「自分で考えて、自分で選択する」という環境にいられたことは、すごく良い経験だったと私も思いますね。
堂上:あと、僕はICUに入学するまで自分は英語が得意だと思っていたのですが、周りが英語をペラペラ話す人ばかりで、得意だと言うのをやめました(笑)。自分が得意だと思っていたものを失うのはすごく辛かったけど、そういうのも含めて、面白い環境でした。
丹羽:ICUハイにも、これまで学校でトップの成績だったのに、入学したら1番下のクラスになって、「私、全然英語得意じゃなかったわ」なんて落ち込んでいる子がいましたよ(笑)。
環境が変わっても新しい自分に出会うことはできる
堂上:大学を卒業されてからは、イギリスの大学院に進学されたんですよね。
丹羽:はい。イギリスの大学院で1年間、科学技術政策を研究していました。科学技術が社会にどう影響を与えるか、たとえば新しい技術とかが出てきた時に、どうやってそれを世の中に広めていくか……なんて研究をした後、日本でNRI(野村総合研究所)に就職しました。
堂上:NRIに入社した経緯やきっかけは、どんなものだったのですか?
丹羽:じつは、大学を卒業する直前から大学院に入学するまでの半年間、経済産業省でアルバイトしていたんです。そこで色々な総合研究所のデータなどに触れるうちに、公共系の仕事に興味を持って。社会的に大きなインパクトを与える仕事に就きたいと思ったのがきっかけです。
実際に入社してからも、希望通り公共系の部署に配属になって、官公庁や地方自治体などと一緒に仕事をしていました。仕事の内容もすごく面白かったし、やりがいもありましたよ。グローバル人材についても興味があったので、ICUに取材に行くこともありました。
堂上:自分が興味のある分野に取り組めるのは良いですね。
丹羽:そうですね。NRIでは入社当初から「自分は何の専門性を持ってやるのか」「どんなテーマを扱いたいのか」をすごく聞かれるんです。コンサルティングという業務内容が多岐にわたる職種だからというのもあるし、それが社風でもあったと思います。
堂上:そういった環境に身を置けるのは、すごく大切ですよね。僕も今の会社に入社してから、ずっと広告を作る仕事に携わらせていただいて、それはそれですごく楽しかったですが、新規事業や起業に携わるとなると、自分の意思なくては成り立ちません。どんな起業をしたいのか、何をテーマにしたいのかが重要になります。
組織や経営の面から見ても、従業員が意思や主体性を持って動けるかというのは、すごく大事じゃないですか。とはいえ、自分の意思を持つのはなかなか簡単ではないと感じる方も多くいると思います。真理さんは、どんな意識が大切だと思いますか?
丹羽:自分のやりたいことを見つけて、自分で選択することが欠かせないと思います。それは大きな夢や目標に限らず、「これ面白そうだな」「ちょっとやってみたいな」という程度でも構いません。大切なのは、やっぱり自分の意思で決定することじゃないでしょうか。
堂上:おっしゃる通りだと思います。
丹羽:そういった意味では、ICUでの学生時代やNRIでの新卒時代、自分の意思を常に問われる環境にいられたことは、すごく良い経験だったと思います。社会に出たら、「これをやって」と指示されることのほうが多いですからね。
堂上:すごくよくわかります。『Wellulu』では組織のウェルビーイングについてもよく対談させていただいています。その記事を読んだ経営者の方から、「社員がウェルビーイングになるためにはどうすれば良いんですか」という質問をいただくことがよくあるんです。でも本来はその前に、社員がやりたい仕事を社内で見つけたり、積極的に意見が言えたりする環境を整えることが重要なんですよね。
丹羽:まさにそうだと思います。業種や職種によってはなかなか難しいかもしれませんが、やりたい仕事でなかったとしても、少なくともやり方を自分で選択できる環境はすごく大切ですね。
とはいえ、私もやりたい仕事ではないことをやらざるを得なくなった経験があります。社会人4年目の時に、人事部に異動になったんです。
堂上:あれ、今のお仕事につながっていませんか?
丹羽:結果的にはそうなんですが、当時は「え、突然?」という感じでした。NRIは、社員の9割がシステムエンジニアなんです。私は残り1割のコンサルティングの中のひとりだったので、会社全体のほんの一握りの仕事や人しか知らなくて。でも人事部はすべての社員を見なくてはなりません。
それまでは自分で選択して人生を歩んできたのに、しかも社内で「こんなテーマをやりたい」と今後についてもずっと考えていたのに。そこで初めて、自分では決めていない道に辿り着きました。
堂上:いわゆる配属ガチャみたいな。
丹羽:まさに。会社員あるあるですよね。当時はコンサルの仕事がすごく楽しかったので、人事部の仕事にどうしても興味が持てなかったのですが、時間が経つにつれて面白いと感じることも増えていきました。
まず、会社にとって「人」がどれだけ重要な要素かということ。それから、大きな会社の意思決定の仕組み。人事部での経験を通じて、人や組織というテーマに興味を持ったんです。
なので、人事部を離れた後はこれまでやってきた公共系の部署ではなく、民間企業をお客様として人事コンサルをメインで行う部署に異動しました。そこの隣の課がたまたま、今私が勤めている会社の社長である永井が立ち上げた社内ベンチャーだったんです。
堂上:永井さんとはNRIで出会ったんですね。
丹羽:はい。永井がしている仕事を近くで見ているうちに、「そっちのほうが面白そう!」という気持ちが湧いてきて(笑)。異動して、共同創業者として独立することになりました。だから、人事部への異動がなかったら、今私はここにはいないんです。
堂上:なるほど。面白いですね! 大きい組織にいるとどうしても人事異動の対象になることはあります。そんな中でも、自分なりに新しいことを発見したり、違う自分に出会ったりできるか。真理さんは時の流れに身を任せながらも、自然とそれができているんですね。
組織のウェルビーイングのためには、会社も人も動く必要がある
堂上:人事として、色々な会社の組織開発のコンサルとして、そして今では経営者として組織運営に携わっている真理さんに、組織のウェルビーイングについて伺いたいです。「Wellulu」では「どんな組織がウェルビーイングですか?」「ウェルビーイングな組織を作るためにはどんなリーダーが必要ですか?」といった質問をよくいただくのですが、真理さんだったらどう回答しますか?
丹羽:私が出版した本にも書かせていただいているのですが、仕事での幸せ、ウェルビーイングのためには4つの要素が必要だと思っています。
1.Purpose(パーパス=存在意義)
2.Authenticity(オーセンティシティ=自分らしさ)
3.Relationship(リレーションシップ=関係性)
4.Wellness(ウェルネス=心身の健康)
まずは「Purpose(パーパス=存在意義)」、自分のやりたいことを実現できること。自分のパーパスと会社のパーパスとで重なっている部分があるのが望ましいです。次に「Authenticity(オーセンティシティ=自分らしさ)」、自分の強みを活かしたり自己決定しながら仕事ができることですね。
3つ目は「Relationship(リレーションシップ=関係性)」、組織の中での関係性が良いものであること。そして、4つ目は「Wellness(ウェルネス=心身の健康)」を維持することです。
堂上:すごく共感です。とはいえ、この4つの要素の中には、個人でできることと会社が環境を用意することがありますよね。僕はどちらかというと会社が用意することのほうが多いような気がしたんですけど……。
丹羽:私はどちらかというと、個人で意識できるものが多い印象です。たとえば自分のパーパスは自分で考える必要がありますし、リレーションシップも、自分が「周りとの関係性を良くしよう」と思って動き出すことが欠かせません。
でも、会社としてそういう環境を整えることも大切ですよね。パーパスも、「会社として、社員にそういうことを考えさせる機会を提供する」と考えれば、企業側が行動する必要がありますから。
堂上:確かにそうですね。双方が行動する必要がありそうです。会社がいくら機会を提供して「やりなさい」と指示しても、個人個人がしっかり自分の意思を持たないと絶対にダメですもんね。
丹羽:おっしゃる通りです。どちらかだけじゃダメなんですよね。会社が一生懸命制度を整えても、社員が「会社が私たちのことを幸せにしてくれるんでしょ」というスタンスでは、会社も個人も変わりません。なので、やっぱり双方が意識することが大切ですね。
堂上:そうですね。個人がパーパスを持つことによって、その人のウェルビーイング度はもちろん、組織の生産性も上がる。すると意思や主体性を持って行動できるようになる社員が増え、会社がウェルビーイングになっていく。
丹羽:まさにそうだと思います。
堂上:以前、「利益追求する会社」と「ウェルビーイングを目指す会社」は違うベクトルだと言われたことがあったんですが、今日の真理さんとのお話を通じて、それはやっぱり違うのかもしれないと思いました。もちろん利益を追求するために誰かが大変な思いをしなければいけないのもわかりますが、『Wellulu』を通じて色々な方に、違う見方もあるんだぞということを伝え続けたいなとあらためて感じました。
僕は、組織のウェルビーイングのためには、組織のトップ、つまり経営者自身がウェルビーイングであることも欠かせないと思うんですよね。トップが睡眠不足だと、組織全体がウェルビーイングじゃない気がしませんか?
丹羽:睡眠! ものすごくわかります。私自身も1日9時間寝たいくらい睡眠が大好きです(笑)。
堂上:僕はショートスリーパーで、最近は歳のせいか朝4時に目覚めることがあるので羨ましいです(笑)。睡眠とウェルビーイングの関係、調べてみたら面白そうです。真理さんのウェルビーイング度はきっとすごく高いでしょうね。
丹羽:そうかもしれません(笑)。
堂上:今日は、真理さんのお人柄がよくわかって楽しかったです。真理さんは、時の流れに身を任せつつも、ご自身でウェルビーイングな状態になるのがきっとお上手な方なんですね。かなりプライベートに踏み込んでしまった気もしますが、貴重なお話をありがとうございました!
丹羽:私自身も、自分を振り返る良い機会になりました。ありがとうございました!
国際基督教大学卒業、University of Sussex大学院にてMSc取得後、株式会社野村総合研究所に入社。 民間企業及び公共セクター向けのコンサルティング、人事部ダイバーシティ推進担当等を経て、社内ベンチャーIDELEA(イデリア)に参画。 2015年4月、アイディール・リーダーズ株式会社を設立し、CHO(Chief Happiness Officer)に就任。
■著書
『パーパス・マネジメントー社員の幸せを大切にする経営』(2018年/クロスメディア・パブリッシング)