
日本経済を支える伝統的大企業(JTC)では、経営陣と従業員の距離は決して近くない、というのが一般的なイメージであろう。しかし、とある企業のCFOは誰とでも笑顔で接し、従業員と話す時間も惜しまない。その人物が、100年の歴史で最大の赤字をたったの1年で回復させた、株式会社ニコンの取締役 兼 専務執行役員CFOの徳成旨亮さんだ。
徳成さんは「CFO」という“カタい”役職のイメージとは異なり、Wellulu編集部に出会った瞬間から私たちを笑顔で温かく迎え入れてくださった。
2023年6月、初めて本名で出版された『CFO思考』の内容にも触れながら、徳成さん自身がウェルビーイングな生活や働き方で心がけていること、会社組織にウェルビーイングな空気をもたらすために重視していることをWellulu編集部の堂上が話を伺った。

徳成 旨亮さん
株式会社ニコン 取締役専務執行役員CFO

堂上 研さん
Wellulu編集部プロデューサー
1999年に博報堂へ入社後、新規事業開発におけるビジネスデザインディレクターや経団連タスクフォース委員、Better Co-Beingプロジェクトファウンダーなどを歴任。2023年、Wellulu立ち上げに伴い編集部プロデューサーに就任。
かつては「北村慶」のペンネームで活動。本名での出版でつながりが増した関係性
堂上:前職の三菱UFJフィナンシャル・グループ(以下:三菱UFJ)時代の徳成さんは、ペンネームで本を書かれていたんですね。
徳成:そうなんです。特に若手のビジネスパーソン向けに金融・経済リテラシーを高めていただきたいと考え、「北村慶」というペンネームで書籍を書いていました。今回の『CFO思考』が初めての本名での出版となります。
堂上:僕もウェルビーイングを研究するようになって気づいたのですが、自分をオープンにさらけ出すと新しい人との出会いが増え、インプットとアウトプットの良い循環(サイクル)が生まれていく気がしませんか?
徳成:それは本当にそう思います! 『CFO思考』を出していなければ、こうして堂上さんとも出会えなかったわけですしね。
堂上:私も以前から徳成さんのことは存じておりましたが、『CFO思考』を手に取って、「Welluluを通してお話してみたい!」と思いご連絡させていただきました。こうして、自分の意思を行動に移すのって大事ですね。
徳成:X(旧 Twitter)にも「CFO思考を読んだのですが、ぜひ一度お話をさせてください」とスタートアップ企業の若手CFOからご連絡がきたりします。だから、前に出る勇気はウェルビーイングを引き寄せる。
私のようなおじさんでも未知なことにチャレンジしているのだから、足踏みしている若い方には「いくらでもやり直しはきくよ!」と伝えたいですね。
全島人口約200人の小さな島で育った幼少期からグローバルな活躍へ。正しい行いは誰かが見ている
堂上:『CFO思考』に登場する「アニマルスピリッツ」(※1)について深くお聞きしたいのですが、「何歳になっても挑戦していこう」という「アニマルスピリッツ」が徳成さんに芽生えたきっかけはなんだったのですか?
※1 アニマルスピリッツ:経済学者ケインズが『雇用・利子および貨幣の一般理論(1936年著)』内で用いた言葉。「実現したいことに対する非合理的なまでの期待と熱意」を意味する。
徳成:私は、時々なぜこんな大都会で仕事しているのだろう、と不思議に思うことがあります。というのも、私の出身は福岡県の玄界灘(げんかいなだ)に浮かぶ全島人口200人ほどの小さな島。そんな島出身の人間が、ニューヨーク証券取引所の鐘を鳴らしたわけですから人生は不可思議です。
今振り返っても「アニマルスピリッツ」を常に強く意識していたわけではなく、都度与えられた仕事を「自分なりにより良くやってみよう」と向き合い続けた結果、今に至る……そんな感じです。
堂上:意識的に挑戦してきたというよりも、風が吹くままに自然体で歩んできたら今の徳成さんになっていたという感じですか?
徳成:一生懸命やっていれば誰かはそれを見てくれている、と信じていました。実際に「徳ちゃん、おもしろいね! 頑張ってるね」と目にかけてくれた上司が何人かいて、活躍の機会を与えていただいた。
運が良かったと思いますし、性格が元来楽天的だった部分も大きいかもしれませんね。人から見ると少し苦しい状況でも、ポジティブな性格で乗り越えることができたのかも知れません。
堂上:その自然体で楽天的な生き方には、何か原体験があるのですか?
徳成:出身の島は本当に小さく、幼少期は17時から21時までしか家に電燈がつかないという環境でした。そんな環境から人生がスタートしていますので、町に出てきたら驚きの連続で、何もかも楽しいと思いました。
堂上:ビジネスの世界、金融の道に進まれたのはどうしてなのでしょう?
徳成:私の家庭は両親が教員で親戚にも民間企業で働いている人は少なく、自分も大学院に残ってアカデミックの世界に進もうと考えていました。
しかし、父親が病で倒れたこともあり、経済的な事情で働かなければならなくなりました。就職活動に完全に出遅れていて、その時点から間に合う業界ということで銀行に就職しました。公には初めて話すのですが、これがビジネスの道に進んだ本当の理由です。こうした経験があるから、人生はどうなるか分からないけど、“前に進み続ければ拓かれていく”という感覚が私の中にはあるのかもしれませんね。
「仕事は楽しい!」という意識づけを続けると、ホントに仕事は楽しくなる
堂上:ウェルビーイングに生きている人は、行動力のある人が多い気がしています。徳成さんの本を読んで感じたのは、徳成さんご自身がとても仕事を楽しんでいらっしゃるということです。仕事に取り組む際には、何を心がけていますか?
徳成:ありがとうございます。日本の大企業の役員の多くが忙しくて疲れていて、仕事を楽しそうにしていないなと思うことが多いです。でも、いきいきと楽しそうに仕事していないと若い方も役員を目指さないですよね。だから本当は疲れている日もあるんですが、「仕事楽しいよー!」って元気に振る舞うようにしています。
でも不思議なもので「仕事が楽しいぞ!」と意識し続けると、自己催眠の力で本当に楽しくなってくるんですよ。
堂上:日本の大企業の役員さんとお会いさせていただく機会はあるのですが、徳成さんのようにどなたにも笑顔で接してくれる方にお会いできるとこちらも仕事が楽しくなってきます。
徳成:日本におけるダイバーシティの課題は男女の問題もありますが、ジェネレーション(世代間)の問題が一番あると思っているんですよ。おじさんはおじさんとだけで飲み、若い人は若い人とだけで飲んで「あのおじさん達ダメだよね」とグチってますよね。だから私は意図的に若い人と相対し、彼らと飲むようにしています。
堂上:人と人とのめぐり合わせもウェルビーイングにすごく影響を与えますよね。徳成さんのオープンな心構えが周りに伝わるから人とのつながりが生まれるのだと思います。
徳成:若い人によく言うのですが、どうせ仕事で9時から17時くらいまで拘束されるんだから「嫌だなー、つまんないなー」と思って仕事するんじゃなくて、1個でも2個でも仕事で面白いことを見つけるとか、話してみたことない人と話してみるとか意識すると仕事も楽しくならない?って。
堂上:三菱UFJの時からそう言われていたんですか?
徳成:そうですね。「昔、徳成さんにこんな言葉をかけていただきました」と時折メッセージをいただくことがあるんですが、「僕、そんなかっこいいこと言ったかな」と本人はもう忘れていたりして(笑)。でも、覚えていてくれて嬉しいですね。
堂上:自然体な姿勢で声をかけられたからこそ、相手の方には忘れられない言葉として残ったのかもしれませんね。そのような「ウェルビーイングな職場づくり」という観点では、「役員との風通しの良い環境」は「働きやすい環境」のために重要だと思うのですが、ニコンではいかがですか?
徳成:私がやっているのは「タウンホールミーティング」や、従業員からの質問メールにひとつずつ回答するという取り組みです。時間はかかるのですが、丁寧に返していくと「この人には本当に話しかけていいんだ!」という空気が少しずつ生まれてくるので効果的です。
自分の仕事が会社に与える好影響。ウェルビーイングに働くには“知る権利”と“知る義務”がある
徳成:私が三菱UFJ時代から心がけているのが、「飲み会時には、全員と1回は話す」というルールです。参加者が30人の場合なら4ブロックくらいに分けて、全体が2時間なら1ブロック30分ずつこっそりタイマーを切って時間が来たらコップと箸をもって移動するんです。
飲み会が終わるとヘロヘロになるわけですが、そこで得られるのは経営会議で上がってくる情報とは全く違う「ゴツゴツした岩の状態の情報」です。その岩の状態の情報は、巨大な組織のフィルターで磨かれていき、本社での会議では丸い球の形で報告される。それで判断するのは、本当に怖い。
人間は、役職が上がっていくと「自分は会社のことをなんでも知っている」とつい錯覚してしまう節があります。しかし、自分がいかに現場を知らないか……。
堂上:現場の従業員はそうして経営陣が直接話を聞いてくださるのは嬉しいと思いますよ。経営陣が何を目指そうとしているのかが分かるというのは、組織のトランスペアレンシー(透明性)につながっていきますしね。
その中で従業員がウェルビーイングに働くためには、徳成さんはどのような点を意識してほしいですか?
徳成:どういう規模感の会社かによりますが、大企業になればなるほどひとりが関われるのはプロジェクトの一部分に限定されてしまいますよね。すると、自分の手元にきた業務にはプロジェクト全体における「前工程」と「後工程」が存在するようになります。これを、各従業員は“知る権利”と“知る義務”がある、私はそう訴えています。
堂上:自分の仕事が会社にとってどんな役割を担っているのかを知ろうということですね。ロンドンのオリンピック・パラリンピックの時に、ボランティアチームのことを運営サイドはボランティアと呼ばずに「ゲームメーカー」と呼んでいたという事例があります。
「あなたたちがいるから選手たちはゲーム(試合)に全力で臨めるんだ」というメッセージを名前に込めることで、ボランティアという枠を超えてプロジェクトのために頑張ってくれたそうです。これと同じ視点を持とうということですね。
個人の能力にそこまでの差はない。「やる気」の違いが組織の成果に差を生む
堂上:ウェルビーイングな職場環境をつくるために、個々人の能力にあわせてアプローチを変えていることはありますか?
徳成:経営論に立ち返っていうと、確かに一部の天才はいますが、人の能力は個々人でそこまで違いはないと思っています。数字に置き換えるなら、0.8~1.2の間くらい。しかし、成果を出すために重要なもう一方の要素が「やる気」の部分です。だから能力が0.8の人でも高いやる気で仕事にあたってくれれば良い成果は出ると考えています。
堂上:確かにやる気が成果に与える影響は大きいですよね。
徳成:優れた人を採用するのはもちろん重要なのですが、入社した優れた人が高いやる気を維持し続けてもらえるような会社にすることのほうがもっと大事。仕事への意欲をチームメンバー同士で高め合えると最高ですね。
特に、オフィスではあまり目立たないんだけど、地道にコツコツ仕事してくれているような従業員を大切にし、彼らが意欲を燃やし続けられる環境づくりに注力しています。
堂上:そういうことを経営陣が大切にしてくださっているというのは、従業員の目線でも絶対に嬉しいことです。より一層、その会社でも働き続けたくなるはずです。
徳成:ありがとうございます! ニコンは良い会社ですから、ぜひ気軽にお越しください(笑)!
堂上:ちなみに、徳成さんがニコンのCFOに就任されてから業績も回復されたんですよね?
徳成:それは私というか従業員の皆さんのおかげですけどね。僕がCFOに就任した年、ニコンは100年を超える歴史で最大の赤字を計上したのですが、「3つの施策」によって1年でV字回復まで持ち上げることができました。
堂上:その「3つの施策」とはなんですか?
徳成旨亮さんの著書はこちらから
[後編はこちら]
【徳成旨亮氏×堂上研:後編】『CFO思考』著者が語る、ウェルビーイングに生きる意識の持ち方。趣味から生まれた感動の出会い
撮影場所:UNIVERSITY of CREATIVITY
1982年に三菱信託銀行入社。三菱UFJフィナンシャル・グループCFO兼三菱UFJ銀行CFO、米国・ユニオンバンク取締役を経て、2020年6月より現職。「Institutional Investor誌」のグローバル投資家投票で、⽇本の銀⾏業のベストCFOに2020年まで4年連続選出。主な著書に『CFO思考』(ダイヤモンド社)など。
※肩書は取材当時