名古屋TechGALAで語った、これからの人材戦略とリーダーシップ
2026年1月28日、名古屋・ナディアパークで開催されたTechGALAに登壇させていただいた。「ウェルビーイングは守りから攻めへ。成長戦略としての人材のあり方」と題したパネルセッションでは、株式会社コーチェット代表取締役の櫻本真理さんとともに、AI時代における人間の価値、そして企業成長の中核としてのウェルビーイングについて議論を交わした。モデレーターは、Business Insider Japanブランド編集長の高阪のぞみさんが務めてくださった。素敵な機会を頂き感謝である。
まずは、TechGALAが名古屋から世界を巻き込むイノベーションの祭典になっていて、新たな出逢いもあり、たくさんの懐かしい方々ともご挨拶でき、新鮮な場所だった。残念だったのは日帰り出張だったことか?(息子の中学受験前で、朝の散歩の習慣を維持させるために日帰りにした) 企業のマネジャー層を中心に多くの方々が集まって頂き感謝。熱気に包まれた会場で、僕たちは改めて確信した。ウェルビーイングは、もはや福利厚生や守りの施策ではない。企業の成長戦略そのものなのだと。
このセッションの様子は、本荘修二さんがITmediaオルタナティブ・ブログ「Dr.本荘の Thought & Share」でも取り上げてくださった。本荘さんは、新事業を中心に日米の企業アドバイザーを務める経営コンサルタントで、多摩大学大学院の客員教授も務められている。テクノロジー×ビジネス×イノベーションについて鋭い考察を発信されている方だ。それこそ、僕が新規事業やイノベーションを探求し出した10年くらい前にご挨拶させて頂いた憧れの改革者だ。今回のブログでも、「ウェルビーイングは経営テーマとなるか?」という問いを投げかけ、心理的リソースのマネジメントが企業の優位性の源泉になると指摘頂いた。
ウェルビーイングは「儲からない」のか!?
僕がウェルビーイングを事業テーマとして掲げたのは7年以上前だが、当初は社内外から「儲からない」「ビジネスにならない」と否定的な声ばかりだった。ウェルビーイングという言葉は、「休むこと」「甘え」と短絡的に結びつけられ、生産性や競争力と対立する概念として捉えられてきた。
しかし今、潮目は確実に変わっている。人的資本経営の重要性が叫ばれ、海外の研究でもウェルビーイングの高い状態が生産性・創造性・離職率に大きな影響を与えることが次々と実証されている。問題は「重要性がわからない」ことではなく、経営言語として翻訳されていなかったことにあるのだろう。今回のセッションで、櫻本さんが提示した「心理的リソース」という概念は、まさにその翻訳の鍵となるものだった。この「心理的リソース」という言葉を「組織のウェルビーイング」と入れ替えたら、全てが成立する。
見落とされてきた経営資源「心理的リソース」
櫻本さんは、2025年10月に出版された著書『なぜ、あなたのチームは疲れているのか? 職場の「心理的リソース」を回復させるリーダーの思考法』(ダイヤモンド社)の中で、マネジメントの本質を「心理的リソース(心のエネルギー)」という独自の概念で読み解いている。
心理的リソースとは、櫻本さんの言葉を借りれば「面倒くさいけど、やるか!」というエネルギーのこと。人が考え、判断し、行動するために必要な心のエネルギーを指す。これは有限であり、使えば減り、回復には時間や環境が必要となる。しかし、多くの組織では人・モノ・金といった資源管理は行われても、この心理的リソースはほとんど可視化されてこなかった。例えば「資料を修正する」という一見単純な業務でも、課題発見、解決策の検討、判断、実行というプロセスの中で、心理的リソースは少しずつ消費される。
櫻本さんの著書では、この有限のリソースを浪費していると、あっという間にチームは疲れ果てていくと警鐘を鳴らしている。こうした消耗が積み重なり、回復や活用の設計がなされないまま放置されると、メンタル不調や離職、生産性低下といった問題につながる。組織の中で起きている多くの課題は、心理的リソースの「量」と「使い方」で説明できるのだ。上司の顔色をうかがう、指示が一貫しない、役割が曖昧――こうした”無駄な消耗”が多い組織では、価値創出にリソースが使われず、成果が出にくい。一方で、リソースを顧客価値や創造的業務に集中できる組織は、自然と成果も上がる。
特に印象的だったのは、櫻本さんが「疲れていない状態」をゴールに置くことに警鐘を鳴らした点だ。人は疲れていても高いパフォーマンスを発揮することがある。重要なのは、リソースが無駄に「消耗」されているか、価値創出に「活用」されているかという違いなのだ。多少消耗が大きくても、活用が大きければ成果が生まれ、その成果が次のエネルギーを生む好循環が回る。逆に、頑張っているのに成果が出ない状態は、消耗ばかりが増え、自己効力感を下げる悪循環に陥る。櫻本さんは「リーダーの役割は、メンバーのリソースを無駄な『消耗』から守り、高い『活用』へと導くことにあります」と強調する。これは、まさにこれからのマネジメントの本質を突いた指摘だと感じた。
リーダーが「心理的リソース泥棒」になっていないか
櫻本さんは、リーダーの影響力を「存在」「関わり」「構造づくり」の3つに整理している。
– 存在による影響力:いるだけで場の空気を変える
– 関わりによる影響力:言葉や態度がエネルギーを生む/奪う
– 構造づくりによる影響力:迷いを減らし、消耗を防ぐ仕組み
リーダー自身の心理的リソースが枯渇していると、無自覚のまま「心理的リソース泥棒」になってしまう。逆に、余白があるリーダーは、メンバーの力を引き出し、組織全体のエネルギーを増幅させることができる。この「あなたは、無自覚のうちに心理的リソース泥棒になっていませんか?」というメッセージは、ハラスメント防止にも生産性向上にも役立つ視点だと思う。僕は、もしかして「心理的リソース泥棒」だったかも。。そう思うことがたくさんある。これじゃあ、ECOTONEを世界一ウェルビーイングな会社にはできないな、と反省したのである。
トップのコミットメントが企業の差を生む
僕自身、様々な企業のウェルビーイング施策に関わってきて痛感するのは、企業の決定的な違いは経営トップの哲学とコミットメントにあるということだ。トップ自身がウェルビーイングを体感しているかどうかが、企業全体の文化を大きく変える。イノベーションも同じである。トップが動かないと、みんなイノベーション難民になるのである。
セッションでも語ったが、トヨタ車の豊田章男さんが、「モビリティの会社から、幸せを量産する会社になる」と言った。ここで、いろいろな企業が動き出した。明確に言語化した企業では、社員の行動や視点が劇的に変わった事例もある。リーダー自身の心理的リソースが豊かであれば、その影響は組織全体に波及していく。
櫻本さんが指摘した、リーダーの影響力の3つの形は、まさに現代のリーダーシップの本質を突いている。いるだけで場の空気を変え、言葉や態度がエネルギーを生み、迷いを減らし消耗を防ぐ仕組みをつくる。こうしたリーダーの存在が、組織のウェルビーイングを決定づけるのだ。
ウェルビーイングは新しい産業のチャンス
僕たちECOTONEは、博報堂から生まれた会社として、「挑戦している人ってウェルビーイングだよね」という視点を大切にしている。従来の企業目線から脱却し、「生活者がどうすれば幸せになるか」を追求する生活創造業として、ウェルビーイングを事業の核に据えて挑戦している。多くの企業はウェルビーイングを「儲からないコスト」と見なし、その戦略的重要性を理解していない。しかし、それは逆にチャンスでもある。ウェルビーイングの定義は固定せず、主語によって変わる多様性を認めるべきだ。真のウェルビーイングは、従業員一人ひとりを主語とすることから始まる。
僕たちは今、メディア、事業開発、コミュニティを連携させ、新しいウェルビーイング産業の創出を目指している。Wellulu編集長としての活動も、その一環だ。ウェルビーイングはコスト(費用)ではなく、投資である――このパラダイムシフトを実現していきたい。
では、具体的にウェルビーイングな環境を作るにはどうすればいいのか。これは、楽天の小林正忠CWOをWelluluで対談させて頂いたときに教えていただいた考えで、「時間」「空間」「仲間」という三つの間に余白を設計することだ。同じように、大前研一さんのBBTのクラスで教えて頂いたのが、イノベーションを起こすために、「時間の使い方を変える」「働く場所を変える」「会う人を変える」ということだ。僕の中で、イノベーションとウェルビーイングが繋がった瞬間だった。
「目標・役割・ルール・仕組み」を明確化することで、メンバーが迷いなく役割に集中できる「良い思考停止」の状態を作り出し、心理的消耗を防ぐことができる。これは、櫻本さんの「構造づくり」の考え方と完全に一致する。変化の第一歩として、副業やパラレルワークなどを通じてウェルビーイングな人々と関わる機会を増やし、その良い影響を受けることから始めてみてほしい。そして、体・心・頭の観点で「自分は何を願っているのか」を意識し、毎日「今日何が面白かったか」を振り返る習慣を取り入れる。
実は僕自身、かつては「3時間睡眠の生活」を送っていた。しかし、ウェルビーイングに大きく影響する睡眠を優先するようになってから、自身の幸福度と事業の勢いが加速した。これは身をもって体験した事実だ。今では、家庭やチームで「今日あった良いこと」を共有する習慣(レコーディング・ウェルビーイング)を実践している。これがポジティブな視点を探す脳の回路を作る。朝散歩をするなどの良い習慣も、ウェルビーイングを確実に高めてくれる。小さな実践の積み重ねが、自分自身の心理的リソースを豊かにし、周囲にも良い影響を与えていく。
AI時代だからこそ、人間にしかできないこと
セッションの冒頭、高阪さんはダボス会議でも議論された「AI時代における人間の価値」について問いかけてくださった。AIの進化が加速する中、「人間に残される価値とは何か」が改めて問われている。その答えこそ、心理的リソースを「増やす」ことにあると僕たちは考える。共感、感情の共有、関係性の中で生まれるエネルギー――これはAIではなく人にしか担えない。櫻本さんも著書の中で、心理的リソースの回復には人との関わりや意味づけが重要だと指摘している。そして、リアルへの回帰である。人間のあたたかみが重要な社会になっていくだろう。
ウェルビーイングは守りではなく、人と組織の可能性を最大化する、攻めの成長戦略なのだ。良いゴールを掲げ、良い問いを投げ、関係性の中で人を動かす。成果を出すために、心理的リソースをどう使い、どう増やすか。そのマネジメントこそが、これからの経営者に求められる役割だ。本荘さんもブログで指摘されているように、現時点でこれを理解し実践するリーダーは少数派だ。人材不足、かつAIに依存する社員が増える今、心理的リソースのマネジメントを優位性の源泉とするのが得策だろう。また個人にとっても、自分のライフをデザインする有力なアプローチとなる。
櫻本さんの著書『なぜ、あなたのチームは疲れているのか?』は、現場のリーダーにもわかりやすく「心理的リソース・マネジメント」の考え方を伝えている。ぜひ多くの方に読んでいただきたい一冊だ。名古屋のTechGALAで感じた熱気と真剣な眼差しは、僕に確信を与えてくれた。ウェルビーイングを経営テーマとして本気で取り組む企業が、これから確実に増えていく。そして、そうした企業が新しい時代の勝者となるだろう。
僕たちECOTONEは、これからも「生活者の幸せ」を起点に、新しいウェルビーイング産業を創造し続けていく。それが、人が元気でなければどんなに優れたテクノロジーも事業を加速させることはできない、という真理を体現する道だと信じている。

堂上 研 株式会社ECOTONE代表取締役社長 Wellulu編集長
株式会社ECOTONE代表取締役社長
ウェルビーイングメディアWellulu編集長
情報経営イノベーション専門職(iU)大学教授
日本イノベーション協会 理事
私生活では、3人の子供の父。趣味は、スポーツとアート。