人間の体に不可欠な微量元素である亜鉛。その重要性に光を当てる研究を推進する徳島文理大学薬学部病態分子薬理学研究室の深田俊幸教授にインタビューを実施しました。深田教授の研究室は、亜鉛とその輸送機構の理解を深めることで、多様な病態の解明や新しい治療法の開発に貢献しています。このインタビューでは、亜鉛の効果や亜鉛不足による症状、1日の推奨摂取量、妊娠中の摂取についてなど、亜鉛に関するさまざまなことを聞きました。
深田 俊幸さん
徳島文理大学 薬学部病態分子薬理学研究室 教授
本記事のリリース情報
薬学部 深田教授のインタビュー記事がWelluluに掲載されました
薬剤開発でも注目!生命維持に必要な「亜鉛」の研究
下痢、皮膚炎、うつ、骨密度の低下など亜鉛欠乏症による症状
──本日は貴重なお時間をいただきありがとうございます。早速ですが、「亜鉛」は具体的に人体にどのような役割を持っているのでしょうか?
深田教授:亜鉛は生命維持に重要な元素のひとつです。亜鉛が不足すると、亜鉛欠乏症に至り、下痢・皮膚炎・成長遅延・免疫不全・骨密度の低下・脱毛症・味覚の異常・うつなど、多くの健康問題を引き起こします。
そして、亜鉛の役割を把握する上で重要なのが、「亜鉛トランスポーター」と「亜鉛シグナル」です。
亜鉛トランスポーター、亜鉛シグナル。亜鉛不足のメカニズム
──亜鉛トランスポーターと亜鉛シグナル…、それぞれについて教えてください。
深田教授:はい。細かく話すと少し難しくなりますので、簡単にご説明しますね。
「亜鉛トランスポーター」は、亜鉛が体の各部分に適切に分配されるように、亜鉛イオンを細胞内外に運ぶ役割を果たしています。亜鉛トランスポーターが適切に機能しないと、亜鉛不足などの問題が発生します。
一方、亜鉛トランスポーターが運ぶ亜鉛イオンは「情報の運び屋」として機能しており、遺伝子の発現、酵素の活性化、代謝などを調節します。この「情報の運び屋」としての亜鉛の働きを「亜鉛シグナル」と呼び、細胞が環境変化へ反応する際に重要な役割を演じます。
この「亜鉛トランスポーター」と「亜鉛シグナル」の理解は、基礎科学の分野だけでなく、疾患の予防や治療においても重要です。亜鉛シグナルの異常は、病気の発症にも関係しており、最近では治療薬の開発の観点から注目されています。
──亜鉛不足によるさまざまな健康リスクを避けるためにも、「亜鉛トランスポーター」や「亜鉛シグナル」の機能についての研究が進んでいるのですね。
亜鉛欠乏による健康リスクとは
がん、コロナウイルスの重症化、小腸の機能低下など
──亜鉛欠乏は、他の疾患とも関連があるのでしょうか?
深田教授:亜鉛欠乏で良いことは、何もありません。特に小児は、下痢の症状が出やすくなります。これは、亜鉛欠乏によって小腸の機能が弱まることによって引き起こされます。他にも、皮膚炎、免疫不全、そして最近の研究では、がんの再発リスクを高めることも示されています。
実は、亜鉛欠乏は免疫力を低下させます。先ほど例に出した亜鉛欠乏による下痢にも、免疫機能の低下による病原体の感染が関わっているとされています。また、がん細胞に対しては、健康な身体では免疫機能が正常に働くことでがんの発病を防いでくれるのですが、亜鉛欠乏状態になると免疫機能が低下し、免疫機能が十分に働かなくなるために、がん細胞を十分に駆逐できなくなることが報告されています。
コロナウイルスの重症化にも影響?
──まさに、亜鉛の欠乏による免疫力の低下が、様々な疾患を引き起こす要因になるのですね。コロナウイルスによる疾患についても、何か関連性はあったのでしょうか。
深田教授:はい。新型コロナウイルス感染症の症状として、倦怠感・発熱・味覚障害などが知られておりますが、これが亜鉛欠乏症の症状とも似ており、全世界の研究者が注目しました。このような中で、京都薬科大学薬学部の安井裕之先生が率いる研究グループが、コロナウイルスの中等症患者と重症患者の血清亜鉛値を測定しました。その結果、中等症患者の血清亜鉛値は軒並み正常である一方で、重症患者の血清亜鉛値は低亜鉛血症状態であることがわかりました。この結果は、低亜鉛血症が、コロナウイルスの重症化への誘導または維持のリスクを高める可能性があることを示唆します。つまり、日頃から亜鉛基準値の維持をしておくことが、コロナウイルスの重症化を予防する可能性があると言えるでしょう(Int.J.Infect.Dis.,100:230-236,2020)。
Int J Infect Dis.,100:230-236, 2020から引用
──コロナウイルスの中等患者と重症患者の比較は明確な結果が出ていますね。
日本人は不足しがち!亜鉛摂取の目安量とおすすめの食品
牡蠣、牛肉、海老、チーズなど、亜鉛が摂取できる食品
──亜鉛は何から摂取できるのでしょうか?
深田教授:身近に摂取できるものとして、亜鉛の含有量の多いものには、牡蠣・牛肉・ワタリガニ・豚肉・鶏や七面鳥の肉・チーズ・海老などがあります。これらの中で、最も亜鉛の含有量が高いのが牡蠣であり、一食あたり生牡蠣で32mg、加熱したもので28.2mgの亜鉛を摂取することができます。ここで例を出したように、亜鉛は動物性の食品に多く含まれています。
また、魚にも亜鉛は含まれていますが、上にあげたような食材や食品に比べると、亜鉛の含有量は少ないのが特徴です(参考資料:Fact Sheet for Health Professionals, NIH)。
──和食には野菜や魚をよく使いますが、亜鉛の含有量があまり多くないことになりますね。
深田教授:日本の食生活では、伝統的に魚や野菜を多く摂る傾向があります。一般的に、これらは健康に良い食品とされていますが、亜鉛の含有量の点では、動物性の食品に比べて低いのが特徴です。牡蠣や牛肉、豚肉、クラム等の二枚貝などの動物性食材は亜鉛を豊富に含んでいますが、日本では、これらの消費量が他国と比較して少ない傾向にあります。その結果、日本人は亜鉛の摂取量が不足しやすく、亜鉛欠乏のリスクが高まる可能性があります。
1日の摂取量の目安は、成人男性は11mg、成人女性は8mg
──亜鉛の1日の推奨摂取量は、どのくらいなのでしょうか。
深田教授:亜鉛は、日常的な食事から必要かつ十分量を摂取することが可能です。一方、亜鉛の摂取量は年齢や性別によって異なります。一般的には、成人男性で1日あたり11mg、女性で8mgが推奨されています。通常の食生活によって、亜鉛を摂りすぎることはありませんので、ご安心ください。
──亜鉛が欠乏しているかどうかを判断する目安はありますか?
深田教授:「亜鉛欠乏症の診療指針」における亜鉛欠乏症の診断基準では、血清亜鉛値が60μg/dL未満を亜鉛欠乏症、60~80μg/dL未満を潜在性亜鉛欠乏としています。日本では、基準値が80~130μg/dLと定められています。
以前、「私の血清亜鉛値はどれくらいなのだろう?」と思って血清亜鉛値を測定した事があり、その時の値は81μg/dLでした。基準値内ではあったのですが、多忙な時期で疲れや体調不良を感じていました。その時期から、サプリメントで亜鉛を日常的に補充摂取したところ、数ヶ月後には101μg/dLに到達し、現在もその値を維持しています。あくまでも私の主観ですが、率直に申しまして「元気と活力を取り戻した!」という実感があります。
──まずは、自分の血清亜鉛値を知りたいなと思いました。
深田教授:はい、サプリメントを摂取し始める前に、まずは「自分の血清亜鉛値の数値を知る」ことがとても大事です。かかりつけのクリニックで主治医に検査を依頼すれば、測定してもらえます。また、企業の健診などでは、申し出れば(有料の可能性もありますが)対応してくれる場合もあるかと思います。人間ドックでは、オプションとして追加して検査を依頼することも可能であり、私は人間ドックで毎年検査をしています。
ご近所のクリニックで、血清亜鉛値の測定をお願いすることができますので、ぜひご自身の血清亜鉛値を主治医に頼んで測って頂き、自分の値を知った後で、サプリメントを摂取するのか、またどのくらい摂取するか等について、主治医と相談しながら判断すれば良いと思います。基準値は80μg/dL以上ではありますが、ぜひ血清亜鉛値100μg/dLを目指して頂き、その値を維持していただければと思います。
亜鉛欠乏状態の妊娠中は亜鉛を積極的に摂取した方がいい?
妊娠中は亜鉛欠乏状態にあるが、過剰摂取には注意しよう
──他にも亜鉛欠乏に陥りやすいケースはあるのでしょうか?
深田教授:はい、浜松医科大学医学部産婦人科の内田季之先生によると、実は妊婦さんは総じて亜鉛欠乏状態にあるとのことです。その理由は、自分の胎児に亜鉛を補充しているからです。従って、妊婦さんに起こるさまざまな体調や身体の変化は、もちろんホルモンの関係もあるとは思いますが、亜鉛によって引き起こされている可能性も高いとのことです。一方、妊婦さんに亜鉛を補充して良いのか否かについては、まだ明らかになっていません。というのも、亜鉛補充によってより多くの亜鉛が胎児に与えられる可能性があり、胎児への影響がまだ明らかになっていないからです。
──妊婦さんは常に亜鉛不足であるにもかかわらず、胎児のことを考えると亜鉛補充の是非の判断が難しいのですね。亜鉛不足が月経不順に影響している可能性はあるのでしょうか?
深田教授:前述の内田先生によると、月経不順は多囊胞性卵巣症候群(PCOS)と呼ばれる内分泌異常によって引き起こされることがあります。PCOSでは、下垂体から分泌される黄体形成ホルモン(LH)や男性ホルモンの過剰分泌が起こり、これが月経不順を招く要因とされています。肥満や低インスリン感受性もPCOSのリスク因子であり、これらも月経不順に関連しています。実は、亜鉛とPCOSにはまさに関連があり、亜鉛の不足がPCOSの発症と関係している可能性が示唆されています。具体的には、PCOS患者の中には亜鉛の低値が見られることがあり、亜鉛の投与がインスリン抵抗性や炎症を改善し、ホルモンバランスを調整することが示されています。
タンパク質など、バランスの取れた栄養摂取が大切
深田教授:さらに内田先生は、日本人女性に多い「痩せ」と月経不順との関連も指摘しています。「痩せ」は栄養不足の結果であるため、亜鉛不足が月経不順を引き起こす可能性はあります。ただし、PCOSと比較して亜鉛が月経不順において主要因であるとは言えません。「痩せ」の場合は、タンパク質不足など他の栄養素も大いに影響するため、亜鉛だけでなくバランスの取れた栄養摂取も重要です。
──亜鉛が重要な栄養素であることを理解しつつ、やはり偏りなく栄養素を摂取できる、バランスの取れた食生活を心がけることが大切ですね。最後に、深田教授の今後の亜鉛研究についての展望をお聞かせいただけますか。
深田教授:日本における亜鉛シグナル研究は、国際的に見ても非常に活発であり、その領域を牽引する重要な立ち位置にあります。特に、私たちの研究チームが主導しているプロジェクトは、亜鉛シグナルの基本的な理解を深めると同時に、創薬等の実用的な応用にも取り組んでいます。国内の様々な研究機関や大学からも、亜鉛シグナルに関連する優れた研究が発表されており、これらの研究は日本の科学の発展に大きく寄与しています。
国際的な視点で見ると、ヨーロッパ・アメリカ合衆国・日本が亜鉛シグナル研究の拠点であり、特に基礎研究の分野で多くの貢献をしています。日本では、臨床応用面において顕著な進展を見せており、亜鉛に関連する医療治療への応用が進んでいます。最近では、亜鉛関連の薬剤が承認されたことで、医療従事者や一般市民の間でも亜鉛の重要性に対する認識が高まっています。
国際的な学会においても、日本の研究者は研究コミュニティの構築と情報交換に貢献しています。私自身も国際亜鉛生物学会の会長を務めるなど、国際的な研究交流に積極的に関わっています。日本の研究者は、亜鉛シグナル研究の国際的な発展に重要な役割を演じており、今後もこの分野の拡充に大きく貢献していくことでしょう。
Wellulu編集後記:
「亜鉛」という生命維持に不可欠な微量元素について、深田教授にお話を伺いました。亜鉛が私たちの健康にとってとても重要であること、日本人は亜鉛不足になりがちであること、近年の研究で解明されつつあることなど、今回の取材を通じて私たちの身体的・精神的健康に亜鉛がさまざまな影響を与えているんだと改めて感じることができました。亜鉛の研究はとても多くの可能性を秘めており、深田教授のチームが行っている研究はその道を開拓しています。亜鉛の研究が、私たちの健康と医学の未来にどのように貢献するか、引き続き注目していきたいと思います。
2003年理化学研究所 免疫アレルギー科学総合研究センター 上級研究員、2014年 昭和大学歯学部口腔病態診断科学講座 助教を経て2015年より現職に。【主な学会活動と役職】国際亜鉛生物学会(第7代会長) 、日本亜鉛栄養治療研究会(第2代会長, 顧問)