弘前市と弘前大学が共同しておこなった、笑いが心身の健康に及ぼす影響を探るお笑いライブを活用した実証実験について、弘前大学保健学研研究科・冨澤教授にインタビューを実施。弘前市は、身体的な健康だけでなく、精神的、社会的な健康の向上に注力しており、笑いを介した健康増進の試みは、その一環として企画された。冨澤教授に「笑いと健康」に関するお話を伺い、笑いがどのようにして私たちの心身に良い影響を与えるのかを紐解いていく。
冨澤 登志子さん
弘前大学大学院保健学研究科看護学領域 教授
本記事のリリース情報
ウェルビーイングに特化した「Welulu」に冨澤教授のインタビュー記事が掲載されました
「笑うこと」は人の身体にどう作用する?
──今回の研究に取り組まれたきっかけや背景について、詳しく教えていただけますか?
冨澤教授:私の研究の背景には、糖尿病患者の自己管理や運動のモチベーションを維持するための研究がありました。元々「笑い」については特に研究しておらず、人々が心身共に健康で幸せになる方法を医療の面から探求していく中で、「笑いヨガ」に興味を持つ学生が現れ、私もその存在を知りました。
──「笑いヨガ」、面白そうですね。具体的にお聞かせいただけますか?
冨澤教授:「笑いヨガ」は、インドで考案された、笑いの体操とヨガの呼吸法を組み合わせた健康法です。独自のメソッドで、ストレスホルモンの改善や心拍、血圧の低下、ストレスや不安感の軽減に効果があります。私たちはこの笑いヨガを実際に試し、唾液中のストレスホルモン「コルチゾール」を測定する実験をしました。その結果、笑いヨガはストレスホルモンを減少させ、自律神経のバランスにも好影響を与えることが分かりました。
コロナ禍で学生たちのストレスが高まる中、この研究を始め、笑いヨガの実施により免疫機能の向上も確認されました。その後、YouTubeにアップロードしたこの研究内容が弘前市の目に留まり、市の「健康都市」構想と連携する形で、より多くの市民の健康増進に役立てるための取り組みが始まりました。
──リリース資料にて、「笑い」については先生の糖尿病患者の研究にも活かされていると記載されていたのすが、詳しくお聞かせいただけますか?
冨澤教授:これまでの糖尿病患者への研究からも、「笑いが血糖値コントロールに効果がある」という仮説がありました。笑いによる健康への影響は多岐にわたり、免疫機能の向上やナチュラルキラー細胞の活性化など、がん患者にもプラスの効果があると期待されています。まだエビデンスは限られていますが、病院などでの笑い療法の導入が患者の幸福感に貢献する可能性は高いと考えています。
── 「笑いヨガ」を、実際に患者さんへの指導や体験で活用されたことはありますか?
冨澤教授:まだ患者さんへの直接的な指導は行っていませんが、笑いヨガのインストラクターである左右田悦子先生のYouTube動画を参考にしました。その後、実際に先生を招いて笑いヨガのセッションを行ったことがあります。先生の笑いヨガの教室では、がん患者や適応障害、発達障害の子どもを持つ親など、様々な問題を抱える人々が参加されているとのことでした。このような人々にとって、笑いやポジティブ心理学が有益であることが示唆されました。
日本一の短命県、お笑いライブ後に参加者のストレスが軽減!
──「笑い」をテーマに今回の取り組みが実施された背景をお伺いできますか?
冨澤教授:このプロジェクトは「笑いを通じて健康になることを実感する機会を提供すること」が目的で、複数のお笑い芸人を招いてお笑いライブを開催しました。私が担当したのは、講演会とお笑いライブの実証実験でした。実は、青森県は日本で自殺率が高い地域で、特に59歳以下の自殺率が全体の7割と、うつ病や未来への希望の欠如が問題になっています。その中で私は県民性に注目し、思っていることを率直に表現しない傾向や、奥ゆかしさ、生真面目さが、逆にストレスや悲観的な考え方を増長しているのではないかと考えました。
私自身、ハワイの陽気で開放的である文化をしばらく経験したことがあるのですが、あまりくよくよしないで、あっけらかんとのんびりとした心持ちが日本人のウェルビーイングのためには必要と感じました。お笑いライブを見た後は、きっと目先のいろんな心配を考えない、開放的な気持ちになるように思います。そんなわけで青森県民の健康増進に貢献できればと思い、このプロジェクトに参加しました。
── 具体的な研究方法について、詳細を教えていただけますか?
冨澤教授:今回の研究では、実験への参加に同意した約100名の参加者を対象にし、シソンヌ、パンサーなどの多数のお笑い芸人が出演する、約2時間のプログラムを楽しんでいただきました。参加者は終始笑いっぱなしで、会場全体が盛り上がりました。
そのライブの前後で唾液サンプルを採取し、アミラーゼの変化を測定しました。アミラーゼというのは、唾液中から採取できるストレスマーカーで、この量を測定することで、ストレスの有無や変化を生体反応として直接確認することができます。
冒頭に述べたコルチゾールよりも、アミラーゼはストレスに即座に反応して分泌されるため今回の実験で採用しました。ストレス状況では、交感神経が活性化し、アミラーゼの分泌が促進されるのです。ライブ前後での唾液サンプル採取の他にも、アンケート調査も実施し、参加者の笑いに対する態度や不安感などを評価しました。
── アンケートの具体的な内容もお聞かせください。
冨澤教授:アンケートはライブの前後に実施しており、まず参加者が普段どのくらい笑うかを5段階で評価しました。さらに、楽観性・悲観性尺度を用いてその人の普段の思考態度や、笑いに関する態度(普段どんな笑いをしているか:人を笑わせる側か、笑わされる側か、愛想笑いが多いかなど)を測定しました。また、不安感の程度も評価し、ライブ後にはその楽しさや笑いの量についても確認しました。
── この研究で得られた具体的な結果について教えていただけますか?
冨澤教授:お笑いライブ後で2/3の実験参加者の「アミラーゼの値が明確に低下」したことがわかりました。これは、ライブ後ストレスレベルが低下した人が多かったことを示しています。年齢層は30代から50代が中心で、参加者の大半は会社員であり、その中でも女性が多かったのですが、この参加者においては、ストレスの変化は顕著でした。
また、ライブ後の楽観性もあがり、悲観性と不安感は反対に下がりました。楽観性と悲観性は表と裏の関係で、楽観性が高いほど悲観的ではなくなる傾向にあり、健康増進をもたらすことはこれまでの研究でも明らかです。また、今回の参加者は日常的によく笑う人々が集まっていたため、笑いに対する親和性が高い人たちが多く、より効果が顕著だった可能性があります。
── その他に何か気づきなどはありましたか?
冨澤教授:面白い発見としては、もともと他人を笑わせる人ほどポジティブな心理になり、結果的に健康にもプラスにつながる可能性があることです。つまり人を笑わせるということが自分の健康にも良い影響を与えるといえます。いつも人に笑わされるという人ももちろん楽観的になり、健康増進につながりますが、だれかを笑わせて幸せにすることも、ひいては自分のためになるということです。
また、青森県民の生真面目な性質を考慮すると、笑いやユーモアを取り入れることが、県民の皆様のウェルビーイングに繋がる可能性が高いことも示唆されました。笑いは多様な形態を持ち、各人の好みや状況に合わせて効果的に活用できる可能性があります。
「笑い」のポイントは、「呼吸」だった?呼吸を意識することで、自律神経が整う
── 例えば親しい人との会話中の笑いや、YouTubeでの一人笑いなど、笑いには種類があるような気がしますが、それぞれの笑いにおいて健康への影響に差があるのか、またそれに関する先生の見解を教えてください。
冨澤教授:そうですね、笑いの種類ごとに健康への影響に差があるかというと、ポジティブ心理学の観点から考えると、没頭できるもの、そしてそれにプラスの感情が伴うものであれば、どんな笑いであってもウェルビーイングに繋がる可能性が高いと考えます。笑いの定義には「声を出して笑う」と「笑顔になる」という要素があるとされています。声を出して笑うことは特に、自律神経に良い影響を与える効果があり、より健康へのプラス効果が期待できると思います。
── なるほど、「声を出して笑う」ことが呼吸の側面でもポイントなんですね。他にも効果的な活動はありますか?
冨澤教授:ヨガやアロマはストレスの軽減やリラクゼーションに非常に効果的です。特にヨガは腹式呼吸と組み合わせて行うことで、自律神経に良い影響を与えます。私たちの過去の実験では、ラベンダーやグレープフルーツなどのアロマオイルがストレスの軽減に効果的であることを確認しました。これらの活動は、自分を大事にすること、自分の環境を整えることにも繋がり、心身の健康に良い影響を与えると思います。
人は環境に大きく影響される生き物で、環境を変えることで認知の仕方や考え方も変わる可能性があります。日常生活において、笑いやリラクゼーションの活動を意識的に取り入れることは、ウェルビーイングを高めるために非常に重要です。
── 日常生活で笑いを取り入れる方法や、それがもたらす健康上のメリットについてのメッセージはありますでしょうか。
冨澤教授:今回の研究からもわかったように、日常生活で笑いを取り入れることは、ストレス軽減や健康促進に非常に効果的です。特に、笑いヨガのように、自ら笑いを作り出す活動は、一人では抵抗があるかもしれませんが、多人数で行うことで自然と笑いが生まれやすくなります。また、自分の好きなことや没頭できる活動を見つけることも大切です。趣味や文化活動を通じて、知的好奇心を満たし、満足感を得ることは心の健康につながります。
お笑いライブなどの明確な笑いの場以外にも、日々の小さな楽しみや、自分をリラックスさせる時間を持つことが重要です。自分の心と体を大切にするために、日常的に笑いやリラクゼーションを取り入れることをお勧めします。笑うことは、単なる楽しい行為ではなく、心身の健康に深く影響する重要な要素です。日々の生活の中で、自然に笑いが生まれる瞬間を大切にしていただければと思います。
── 冨澤さんありがとうございました。
Wellulu編集後記:
この度のインタビューでは、冨澤教授に「笑いと健康」というテーマで貴重なお話を伺うことができました。冨澤教授の研究は、心身の健康に対する笑いの影響を深く探求し、青森県の自殺率の高さや県民性を踏まえた実験では、文化活動としての笑いの効果を明らかにしました。
また、このプロジェクトには、笑いを通じて健康になることを実感する機会を提供するという大きな目的がありました。実際に青森県で行われたお笑いライブは、地域住民の心の健康を高めるだけでなく、地域コミュニティの絆を強化し、相互支援の精神を促進する効果も期待されました。
冨澤教授の研究は、笑いの持つ多様性と奥深さを浮き彫りにし、文化による笑いの感覚の違い、さらには子供の発達に対する笑いの影響など、今後の研究の可能性を示唆しています。読者の皆様にとっても、日々の生活に笑いを取り入れることが、ストレス軽減や健康促進につながることを理解し、実践するきっかけになればうれしいです。
看護師。専門領域は成人看護学で、研究領域は、糖尿病ケア、放射線看護、シミュレーション教育で、効果的な教育方法、教育教材の開発を行っている。他の専門分野との共同研究では、機能性食品の効果やヨガやアロマオイルなど統合医療の効果などの研究も行っている。弘前大学教育学部特別教科(看護)教員養成課程卒。弘前大学大学院保健学研究科保健学専攻修了。弘前大学医学部保健学科助手、講師、准教授を経て、保健学研究科の」教授。アメリカ・ハワイ大学医学部研究員。