
「病理診断支援AI」の開発を通じて、医療の未来を切り拓くメドメイン株式会社創業者・飯塚統さんと、ウェルビーイング領域に特化したベンチャーキャピタル「NIREMIA Collective」の創業者・奥本直子さん。
異なるフィールドで活躍する二人が語るのは、AI時代における人間らしさ、そして次世代リーダーに求められる“共振力”だ。
飯塚さんが描く医療の未来、奥本さんが注目する起業家の視点とは。そして、「人間とテクノロジーの共存」のあり方とは? メドメインへの投資をきっかけに実現した対談の様子をお届けする。

飯塚 統さん
メドメイン株式会社 代表取締役CEO

奥本 直子さん
NIREMIA Collective マネージングパートナー兼創業者/Amber Bridge Partners CEO兼創業者
ボストン⼤学⼤学院修⼠課程修了後、シリコンバレーに拠点を移し、米国Yahoo!本社にてジョイント・ベンチャー担当バイスプレジデントを務める。その後、2017年に独立し「Amber Bridge Partners」を創業。2021年にはウェルビーイング・テクノロジーに特化したVCファンド「NIREMIA Collective」を共同創業。ウェルビーイング推進のために幅広く活動している。
医療×エンジニアリング。二刀流で医療現場の課題に挑む
奥本:今回は、私が日本で初めて投資したメドメイン創業者であり代表の飯塚さんにお話を伺います。飯塚さん、まずは自己紹介をお願いします。
飯塚:メドメイン株式会社という、医療×エンジニアリングのスタートアップの代表をしています。九州大学医学部で医療を学びながら、エンジニアとしてAIやWeb開発にも取り組み、学生起業しました。
奥本:飯塚さんが医学部を目指したきっかけは何だったのでしょうか?
飯塚:もともと宇宙や物理に興味があって、物理学者を目指していたんです。でも、腎臓病で入院したり靭帯の手術をしたりと、医療に助けられた経験を通して、「人の役に立つことをしたい」と思うようになり、医学の道へ進みました。
奥本:なるほど。医学を学びながらプログラミングもされていたんですよね。
飯塚:はい。研究医志望だったので、データ解析やプログラミングが必要不可欠でした。そこから開発に夢中になり、アプリを作るようになり、今の事業に繋がっています。
奥本:メドメインは、従来医師が手作業で行ってきた細胞の観察や分析といった病理診断のプロセスを、デジタル化・AI化されていますよね。なぜこの領域に注目されたんですか?
飯塚:医療現場の課題を解決したくて10個以上のプロトタイプを作ったんです。そのひとつが「病理診断支援AI」でした。とある大学の先生に見せたところ「ニーズがあるし、面白い」と言っていただいて、そこから事業化を進めていきました。
奥本:AIと画像診断は相性が良いですが、医療業界は新技術に慎重ですよね。最初の導入は大変だったのではないですか?
飯塚:本当に苦労しました。最初は病理教育の現場へ足を運び、病理診断支援AIを作りたいと紹介しました。最初は「何者?」という反応もありましたが、少しずつ協力してくださる先生が増えていったんです。AIを開発して論文も出したことで、「本気でやってる会社だ」と信頼を得ていきました。現在では、国内の大学病院を有する大学の4分の1がデータ提供に協力してくださっています。
奥本:素晴らしいですね。若い起業家が病院という保守的な世界に入っていくのは、想像以上に大変だったと思います。どのように突破されたんですか?
飯塚:私は医師でもなく、若かったので、とにかく実績とパッションで勝負するしかありませんでした。熱意と積み上げてきたものを丁寧に伝えることを意識していましたね。
奥本:悔しい経験もあったのでは?
飯塚:そうですね……今でも、学びや反省の日々です。AIは便利ですが、最終的に使うのは現場の医師です。そこだけは、常に忘れないようにしています。
奥本:私たちが出資するアメリカの脳波(EEG)データを解析するスタートアップでも、AIが現場に受け入れられるまでに、やはりすごく苦労していました。
そこでその企業は、「コーパイロット(副操縦士)」としてAIを位置づけて、医師を支援する立場にしたんです。医師はAIの提案を参考にして自分の判断を下す。ただその後のレポート作成など、膨大な事務作業をAIが代行する。すると結果的に、医師はより多くの患者さんを診ることができるんですよね。
飯塚:「コーパイロット」、いい表現ですね。AIが細胞を代わりに見てくれるなら、医師は他の業務に集中できる。それで救える命が増えるなら、それがベストではないかと私は思うんです。
奥本:いま日本では2人に1人ががんになる時代ですよね。そして、がんになったら必ず病理診断を受けなければならない。でも、全国に病理医はわずか2,800人しかおらず、平均年齢は約54歳(2024年10月時点、日本病理学会調べ)。AIが支える仕組みが求められていると感じています。メドメインの事業は、本当に社会的な問題の解決に繋がりますね。
飯塚:がんが死因1位の日本で、わずか2,800人で全国の診断を担っている。現場の負荷も大きく、患者さんも診断まで時間がかかる。課題は山積みです。
AIの力で世界中の医療の底上げをしたい
奥本:メドメインの「テクノロジーでいつどこでも必要な医療が受けられる世界をつくる」というミッションがとても好きなんです。どんな人たちに届けたいと思いますか?
飯塚:主には医師の皆さんですが、目指しているのはその先にいる患者さんに良い医療を届けることです。診断時間の短縮や、がんの見落としの防止などを通して、がんの早期発見や適切な治療に繋がればいいなと思っています。
奥本:私はこれまでアメリカのテック企業24社に投資をしてきましたが、メドメインは日本で初の投資案件なんです。世界で活躍したい若者を応援したくて。飯塚さんには「諦めない力」があると感じました。
飯塚:ありがとうございます。私は目的を達成するまで粘り強く続けるタイプです! じつは、奥本さんから資金調達できるまで、何度もアプローチしていたんですよね(笑)。
奥本:気がつくと、シリコンバレーにあるオフィスで私の机の隣に飯塚さんが立っている──そんなことが何度かありました(笑)。あまりに自然にいらっしゃるので、最初はシリコンバレーを拠点にされているのかと勘違いしたほどです。
起業初期は探りの連続だったと思いますが、一番大変だったことは何ですか?
飯塚:何もわからない状態で始めたので、常に学びながら進めていく毎日でした。他の起業家の話を積極的に聞いたり、事例を分析したり……。
奥本:たくさんの起業家の事例を勉強されたと思うのですが、印象に残っている方はいますか?
飯塚:イーロン・マスクのように、周囲から学ぶスタイルに共感しています。僕の強みでもあるのですが、身近な人から積極的に学んで吸収していますね。
奥本:それはとても大切な資質ですよ。巻き込み力も含めて、起業家にとって一番大事なのは「諦めないこと」。やり続ければ、必ず道は開けると思います。
情熱を注ぐものを見つけたら、突き進む
奥本:メドメインを応援したくなった理由のひとつは、最初からグローバルを視野に入れていた点です。日本でのIPOを目指しながら、アメリカにも何度も足を運ばれていました。その背景には、どんな想いがあったのでしょうか?
飯塚:創業のきっかけは、福岡市主催のスタートアップ育成プログラムで訪れたシリコンバレーです。現地の人たちはとても優秀なのに、大胆に一見無謀にも思える挑戦をしていて。それが実際にニーズを捉えて、大きな社会変革を起こしているのが衝撃的でした。
たとえば創業当初は「ビジネスとして成り立たない」と言われていた事業も、巨大なビジネスに成長しているケースが多々あります。僕も、「ニッチな課題を突き詰めて、グローバルに広げたい、世界にインパクトを残したい」と思ったんです。
奥本:なるほど。まずは日本市場でシェアを高めて、AIがさらに精緻になったら、次は海外展開へというステップですね。
飯塚:はい。今はまず日本市場に注力しつつ、並行してアジアマーケットにも力を入れています。具体的にはインドと東南アジアで営業活動を展開しています。
奥本:その手応えはいかがですか?
飯塚:とても大きいです。日本以上に医療課題が深刻な地域も多く、「病理医が足りない」どころか「そもそも診断自体が十分に行われていない」という現実もあるんです。
奥本:そうした地域も含めて、「すべての人に公正な医療を届けたい」という想いがあるということですね。
飯塚:はい。そのために、AIで医療の土台を底上げし、医師が専門性を最大限に発揮できる環境をつくっていきたいと考えています。
奥本:先ほど少し触れましたが、資金調達の場面でも飯塚さんのパッションは印象的でした。幼少期から、自分の意志を持ってやり続けるタイプだったのでしょうか?
飯塚:好奇心旺盛で色々なことに挑戦してきました。なかでも乗馬は、6歳から高校まで続け、全日本ジュニア選手権で準優勝したこともあります。
それから、強く思い出に残っているのは中高時代。家のベランダにある物置を自分の部屋に改装して遊んでいたんです。セメントを塗ったり、配線をいじったり……朝から晩まで夢中でした。勉強よりも、リフォームに没頭していたんです。満たされない思いが常にあって、それが次の行動の原動力になっているのかもしれません。
奥本:何かを「満たしたい」という思いがずっとあったのでしょうか?
飯塚:そうですね。根本には、その世界で「ナンバーワン」になること。その情熱が、自分を突き動かしてきたのかもしれません。
奥本:では、今の飯塚さんにとって「ナンバーワン」とは何ですか? スタートアップの世界は時価総額で測られるなど、競争の側面も強いですよね。
飯塚:自分たちのサービスを、地球規模で広げること。それが今の目標です。
これからのリーダーシップに重要な「共振力」
飯塚:奥本さんにもお聞きしたいのですが、投資を通じて実現したいことは何でしょうか?
奥本:私の価値観の原点には、祖母の存在があります。戦後の混乱期、祖母は6人の子どもを育てながら、畑仕事にも励み、地域の人たちを支え続けていました。私が13歳のときに亡くなったのですが、そのお葬式には200〜300人もの方が集まってくださったんです。その光景を見たとき、「人の価値って、お金や肩書きではなく、どれだけ周囲を幸せにできたかで決まる」と、強く実感しました。
それ以来、私のなかには「みんながハッピーになれるWin-Winをつくりたい」という想いがずっとあります。アメリカのIT企業という、いわば“資本主義の最前線”のような環境で働いていた頃も、今も、「自分らしく生きること」を大切にしたいという想いは変わりません。誰もが“最高の自分”でいられる社会をつくりたいと願っています。
そのためには、ウェルビーイングが“あたりまえ”になることが必要です。ただの理想論で終わらせず、経済としても成り立たせる必要がある。だから私は、ウェルビーイングを「産業」として育てるために、ファンドを立ち上げました。
こうした背景があるからこそ、投資をするうえで重視しているのは、「何をつくるか(What)」や「どう売るか(How)」よりも、「なぜやるのか(Why)」。そこに情熱や強い意志があるかが、大切な基準になっています。
飯塚:そのなかで、弊社に投資していただいたのはなぜでしょうか?
奥本:私が投資の判断をする際には、いくつかのポイントがあります。たとえば「良いチームかどうか」「時代の大きな波に乗れているか」「MVP(実用最小限のプロダクト)がしっかりしているか」などですね。
AIによる病理画像解析には、以前から強い関心がありました。画像やデータは、AIとの親和性がとても高く、「この領域は必ず伸びる」と確信していた分野です。実際にプロダクトのデモを見たとき、完成度の高さに驚きました。技術力はもちろん、データビジネスとしての構造もきちんと理解されていた点も印象的でした。
ただ、当初は飯塚さんお一人とばかりお話していたので、チーム全体の印象までは掴みきれていなかったんです。ですが、福岡でCFOの方とお会いしたとき、「このチームは本当に良い」と感じ、それが決め手になりました。
奥本:飯塚さんのチームのように、意見をぶつけ合える仲間がいることは本当に素晴らしいです。チーム作りで一番大切にされていることは何ですか?
飯塚:スキルや知識は前提として、「人柄」はすごく大事にしています。会社のバリューにもしていますが、「チームプレイをする」「前向きに考え前進しよう」「事業が大きく進む選択をしよう」といった姿勢を重視しています。
奥本:本当に素敵なチームだと感じています。投資後も、互いにサポートし合いながら動かれている様子を見て、心からよかったと思っています。これからの時代は、意見をしっかり交わしながら進めるチームが求められていくはずです。
飯塚:そうですね。イエスマンばかりでは、チームでやっている意味がないと思うんです。私自身も間違うことがありますし、ちゃんと「それは違うと思うよ」と意見を返してくれる関係性は大事にしています。
奥本:先日、馬を使ったリーダーシップ研修に参加してきたのですが、すごく印象的な学びがありました。馬って、犬や猫みたいに特定の人に懐くわけではなくて、その人が持つ「エネルギー」に反応するのだそうです。
最初のトレーニングでは、馬のそばを歩くのですが、様子をうかがってばかりだと馬は全く動かない。でも、「一緒に行こう」「あっちの景色を見に行こう」とポジティブな波動で話しかけると、馬も自然についてきてくれるんですよ。エネルギーや感情に“共振”して動いてくれるんです。
飯塚:へぇ〜! それはおもしろいですね。
奥本:さらに、3人1組になって馬を動かすグループワークもあったのですが、これがまた難しくて。触れずに、3人の波長だけで馬を走らせるんです。1人でも波長がズレてたり、怖がってたりすると、馬は全く動かない。
飯塚:難しそうですね。
奥本:3人で何度もチャレンジしてもうまくいかなかったので、新たなメンバーをお誘いしました。その方は、すごくシャイな方だったのですが、他のメンバーが「一緒にやろう」とサポートして、一体感を持って取り組んだら、馬がちゃんと動いてくれたんです。「この人を支えたい」「一緒に頑張ろう」というチームの気持ちが波動となり、馬にも伝わったんだと思います。
これからのリーダーシップは、強さだけではなく、周囲と波長を合わせていく「共振力」や「共同体感覚」がより大切になってくると実感しました。
AI時代だからこそ大切にしたい「人間の軸」と「感性」
飯塚:奥本さんは、AIが進化するこれからの時代において、共振力はどう変わるとお考えですか?
奥本:むしろ、AI時代だからこそ共振力はより重要になると思います。AIは非常に賢く、多くの作業をこなせますが、クリエイティビティや好奇心、共感力、信念といった“人間らしさ”は持っていません。だから、私たちはAIを「どんな目的で使うか」「どんな倫理を持って設計するか」が問われているんです。
飯塚:たしかに、AIを使う側に悪意があった場合は怖いですね。今は大きな問題は起きていなくても、今後どうなるかわからないと考えることがあります。
奥本:リスクは現実にあります。特にメンタルヘルス系のAIで、もし不適切な言葉を返されたら……それを信じてしまう人もいるかもしれません。人とのつながりが薄れている今、AIが“寄り添ってくれる存在”だと依存しすぎる危険性もある。だからこそ、倫理に根ざした設計が本当に大切なんです。
飯塚:人間社会にルールがあるように、AIにもそうした枠組み、いわばAIの“法律”のようなものが必要ですよね。
奥本:おっしゃる通りです。弊ファンドは、AI時代における”人”の可能性に焦点を当てた最先端のグローバル・カンファレンス「HUMAN TECH WEEK 2025」を、6月17日よりシリコンバレーにて開催いたします。そこでも「AIを人の可能性のためにどう使うか」「プライバシーを護り、悪用をどう防ぐか」といった視点で議論する予定です。特に、開発者の哲学や人間性がプロダクトに大きく影響するので、投資家としても重視しています。
飯塚:人はそれぞれ育った環境も違うし、考え方や価値観も多様です。だからこそ、社会として「それはダメ」と言える仕組みが必要ですよね。AIも同じだと思います。
奥本:まさに。たとえば、ChatGPTで自分にとって心地よい答えばかり返してくれるように設定してしまうと、多様な視点に触れられなくなってしまうんですよね。設計次第で思考が偏るリスクがある。だからこそ、AIの設計はかなり大事だと感じています。
飯塚さんは、AIと人間が共存するためにはどんなことを意識すべきだと考えていますか?
飯塚:AIは新しい生命体だと思うんです。人間と同じように、AIも嘘をついたり思惑をもってこちらをコントロールしたりしようとする可能性もある。だからこそ、共存するためにはAIに任せきりにせず、人間自身が見極める力を持つことが大切ですね。
奥本:そうですね。AIは学習が速く便利ですが、私たちはAIにコントロールされてはいけない。歴史や哲学を学び、自分の感性や判断軸を磨くことを怠ってはいけないですね。
自分の心身の状態をAIの力で可視化できるのはすごくいいことだと思います。その一方で、プライバシーへの配慮も必要です。自分のデータをちゃんと自分でコントロールできる仕組みづくりが求められますね。
AIが進化するほど、人間ならではの「感性」や「思想」、そして「人間性」の価値がますます問われてくると感じます。お話を伺いながら、AIは確かに賢くて便利な存在ですが、やはりそれを「使う側」であり続けるという意識が、これからの時代には一層重要になるのだと改めて実感しました。
飯塚さん、本日は貴重なお話をありがとうございました!
飯塚:こちらこそありがとうございました。学ぶことがたくさんあって楽しかったです!
堂上編集後記:
おふたりのお話しを横で聴いていて、テクノロジーの進化は、「情熱」がなければ成立しないことを感じるものだった。
周りを巻き込む「共振力」は、共感と一緒に、人々をウェルビーイングにしていく。飯塚さんは、まさに、共振力の経営者だった。
直子さんの周りには、たくさんのウェルビーイングな人がいる。そして、その仲間をどんどん紹介してくださるので僕自身が学びの連続である。
直子さん、飯塚さん、ありがとうございます。
九州大学医学部医学科在学中に、深層学習や機械学習・Webを中心とした多くのソフトウェア開発を行う。ソフトウェアエンジニアとしてベンチャー企業勤務、シリコンバレーのピッチコンテスト優勝を経て、2018年にメドメインを創業。
Forbes 30 Under 30 Asia、総務大臣賞等受賞。
https://medmain.com/