歯周病は、歯肉や歯根などの口腔内で発生する感染症だが、口腔内だけでなく全身のさまざまな病気への影響が指摘されている。
さらに、新しい研究では「腸内環境」が、歯周病の発症と進行における重要な要因である可能性がわかってきた。一見口と腸という離れた身体の機能がどのように関わってくるのか…?
今回は研究の第一人者である福岡歯科大学口腔歯学部田中芳彦教授に、新たに認められた口腔内細菌と腸内環境の関係について伺った。
田中 芳彦さん
福岡歯科大学 口腔歯学部 感染生物学分野 教授
歯周病が全身の健康に影響するメカニズム。糖尿病や動脈硬化にも関係?
── はじめに、田中先生が今回の研究をしようと思ったきっかけを教えてください。
田中教授:私はもともと歯科医ではなく、消化器外科の医師として働いていたのですが、術後の感染症予防について課題を感じていました。体力が落ちるとどうしても感染しやすくなりますので、それを防ぐためにも抗菌剤を大量に投与する必要がありました。しかし、そうすると今度は腸内の環境が大きく変わってしまうのです。
私たち人間の腸にはいい菌や悪い菌を含めて、さまざまな菌が存在して、中には人が自分では作り出せない成分を作り出すものもいます。いわば「共生」している状態です。薬の影響が大きすぎるのはよくないと考えていました。
このようなきっかけから、身体の免疫力や感染症の研究に興味を持ち、歯科大学に異動して仕組みを解明するための研究を行ってきました。今回のテーマである「歯周病」についてもその一環です。
歯周病は日本だけでなく世界中で問題となっていて、口腔内の感染症であるにもかかわらず、全身の健康にも影響を及ぼすことがすでに知られています。さらに日本では、400万人の人が歯周病に罹患しているといわれ、国民病といえる疾患です。高齢化が進む中で、歯周病は歯を失う最大の原因でもあることから、予防することの重要性が増しています。
歯周病の知識と共に、それがどう身体に影響するか知っておくことは、健康を維持するためにも意味があると思います。
── 歯周病はそもそもどんな病気で、なぜ全身の病気に影響するのでしょう?
田中教授:歯周病の原因となるのは、「歯垢」と呼ばれる細菌の塊りです。歯垢は、歯磨きが不十分な部分に残ってしまう黄白色の粘着物です。時間とともにどんどん溜まり、歯垢の中で酸素を嫌う嫌気性菌が増えていきます。
この嫌気性菌が身体の中に侵入しようとすると、免疫細胞が反応して菌をやっつけて侵入を抑えようと攻撃します。これが、歯周病のはじまりで、歯肉からの出血・発赤・腫脹などの炎症の症状です。歯垢が酸素の通りにくい歯周ポケットの中で増え始めると、どんどん歯周組織を破壊していき炎症を繰り返します。歯周病が起こるということは、口の中で常に炎症が続いているということです。
口腔内には歯周病菌に限らず、約750種類もの細菌がいて、これらの細菌は口腔内が出血した時などに、血流に乗って全身に広がります。その中には病気の進行をはやめたり、免疫細胞に刺激を与えたりするものも存在するわけです。
こういったことから、歯周病が糖尿病や動脈硬化、誤嚥性肺炎、心内膜炎、アルツハイマー型認知症、リウマチのような関節疾患、妊婦さんの場合には早産・低体重児出産などに影響を及ぼすと言われています。
歯周病は予防や早期治療が重要
── それぞれの病気が悪化してしまうメカニズムを教えてください。
田中教授:この場ですべての病気との関係を説明するととても長くなってしまうので、いくつか代表的な病気を例にあげて説明します。
たとえば、糖尿病の人の場合は、歯周病になると歯肉の中で作り出される炎症物質が血液を介してインスリンの効きを悪くしてしまいます。また、歯を失うと柔らかい食べ物ばかりを口にするようになるため、栄養バランスが悪化して血糖値に悪影響を及ぼす可能性があります。さらに、糖尿病の人は唾液中の糖分の濃度が高くなるため、こうした条件が重なることで「プラーク(歯垢)の付着」・「細菌の増殖」が加速し、歯周病も進行すると考えられています。
リウマチについては、歯周病原細菌である「ポルフィロモナスジンジバリス」という細菌がもつ酵素が、関節リウマチの発症、促進の因子になると指摘されています。
そして妊婦さんの早産・低体重児出産については、菌そのものが赤ちゃんにうつるわけではありません。妊娠すると女性ホルモンの影響で歯周病が悪化することがあります。歯肉で作り出される炎症物質が血流により胎盤や子宮に到達して、子宮収縮などを引き起こすと考えられています。
このように、歯周病は思いもよらぬ形で身体に影響を与えるので、予防や早期治療が重要になってきます。
腸内環境が歯周病の発症や重症化に影響する理由
活性化した免疫細胞・ヘルパーT細胞が歯周病を進行させる
── 今回新しくわかった腸内細菌と歯周病の関係を教えてください。
田中教授:今回の研究で新しくわかったのは、「歯周病菌が口からどのように移動して、腸内にうつり、免疫細胞とどう反応するか」という点です。
研究では、歯周病菌に色をつけマウスの体内でどのように移動しているかを調べました。その結果、口から流れ込んだ歯周病菌は腸で取り込まれ、腸内細菌の影響を受けて活性化した「Th17」という免疫細胞(ヘルパーT細胞)が、また口腔内へ移動して歯周病を重症化することを発見したのです。
本来、病原菌を排除するために活躍するのが「Th17」という免疫細胞ですが、歯周病の場合には進行を早めてしまうということも分かりました。この「Th17」が骨を溶かす細胞(破骨細胞)を活性化して、歯を支える骨(歯槽骨)を溶かしてしまいます。一説には、病気になった歯を排除して、周りの健康を保とうとしているともいわれますが、免疫細胞がこのような動きをする理由は今後も調査していく必要があると思います。
また、無菌状態の腸内細菌がいないマウスでは歯周病がまったく悪化しないことも判明しました。それと同時に、腸内環境に影響する抗菌剤を使った場合、薬の種類によって歯周病が改善したり悪化したりすることも確認しています。これらの結果から、腸内細菌の健全な状態が歯周病の発症と重症化に影響を与える可能性が示されています。
免疫力を高めるセルフケア!口腔ケアと腸内ケアのポイント
歯磨き・舌磨きはやさしく
── なるほど、健康的な生活のためにも口腔ケアと腸内ケアは欠かせないわけですね。実際に歯磨きをする際に注意するポイントなどはありますか?
田中教授:歯磨きをする際には、出血しないように優しく磨いた方がいいですね。先ほどもお伝えしたとおり、出血をきっかけに菌が全身に巡りやすくなるので注意が必要です。
また、よく「舌」もブラシなどでゴシゴシ擦る方もいますが、口臭があるなど特段の理由がない限りは過度な舌の刺激は避けるべきです。無用な炎症を起こす可能性があります。
あとは、歯磨き後にうがいした水は飲まないようにしてくださいね。
規則正しい生活やバランスの取れた食事が腸内環境を整える
── 腸内環境についてはいかがでしょうか。日々の生活の中で気をつけるべきことがあれば教えてください。
田中教授:まだ研究中の部分も多いのですが、腸内環境を整えるためには規則正しい生活やバランスの取れた食事がやはり重要です。将来的には、いわゆる善玉菌を育てるにはどのような食事の摂取の仕方がのぞましいか、特定の抗菌剤を使用して腸内細菌を調整する方法なども研究を通して明らかにできればと思っています。
── 本日はありがとうございました。最後に研究で新たにわかったことや、田中先生が研究を進めていることがありましたら教えてください。
田中教授:今回はマウスによる実験が主だったのですが、人の歯周病の病態解明についても着手しています。生活習慣はもちろん、乳酸菌の影響や、普段の食事(良く食べる食品)に関係あるのかなどの調査を開始しました。
腸内の細菌というのは本当に興味深い存在で、私たちの体で作ることができない代謝産物なども作ってくれています。その腸内細菌の研究を通して、歯周病の新しい予防法や治療法がみつけられたらと思っています。
Wellulu編集後記:
口内と腸内の環境が影響して、歯周病になるというのは驚きでしたね。
また、歯磨きのしかたや頻度によっても全身の健康に影響があることがわかり、日々気をつけたいと感じました。
今後の研究で、腸内をどのように整えるべきか、抗菌剤はどのように取るべきかなど明らかになってくることも多いと伺いました。新情報も気になりますね。
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