身体活動、運動機能、認知機能、さまざまな要素が関連しているウェルビーイング。だが、高齢者が幸福度を高めるためには、どのようなことから始めればよいのだろうか?
そこで今回、65歳以上の高齢者を対象に、ウェルビーイングについて研究した富山大学の稲田祐奈助教、東田千尋教授らに取材を実施。健康な高齢者では、日常的な身体活動が多いと、運動機能、認知機能の状態が良く、結果的にウェルビーイングが高いという一続きの関係性があることがわかった。
稲田祐奈助教、東田千尋教授の研究で明らかになったウェルビーイングに関連する要素の因果関係ついて、フレイル予防を目的とした場合に目安となる運動量について詳しくお話を伺った。
稲田 祐奈さん
富山大学和漢医薬学総合研究所神経機能学領域 助教
東田 千尋さん
神経薬理学研究者。1994年北海道大学大学院薬学研究科博士後期課程薬学専攻修了、博士(薬学)を取得。その後、富山医科薬科大学和漢薬研究所特別研究員、助手、助教を経て、2010年より富山大学和漢医薬学総合研究所・准教授(研究室主宰)、2017年より教授。難治性神経疾患の新しい治療薬の開発を目指し基礎研究から臨床研究までを手掛ける。神経薬理学と和漢医薬学を融合させた新しいコンセプトでの創薬研究に従事。
身体機能、精神的健康、「ウェルビーイングな暮らし」に必要な要素とは?
── まず、今回の研究をおこなったきっかけを教えてください。
稲田助教:今回の研究では、健康な高齢者を対象として、ウェルビーイングと身体活動、運動機能、認知機能の因果関係を調べています。
身体機能や認知機能の低下が見られる前、簡単にいうと“本当に悪くなってしまう前”の虚弱状態をフレイルといいます。このフレイルを予防するには、身体を動かすことが良いとされていますが、身体を動かすと運動機能だけでなく、認知機能や精神的健康にも良い影響を与えることがいくつかの研究でわかっているんです。
ウェルビーイングに大きく関わる、身体活動、運動機能、認知機能、精神的健康は、お互いに関連があることは知られていましたが、全体の因果関係というものはわかっていませんでした。
因果関係が不明瞭なままだと、「ウェルビーイングを高めたい」と思っても、何からはじめていいかわからないですし、「関連があるらしいから運動をやったほうがいい」というくらいでは、本当にほかにもいい影響があるのかわかりませんよね。
──確かに。ウェルビーイングな暮らしを実現するために何から始めればいいのか、謎です。
稲田助教:そこで、私たちはまず全体像を把握することで、ウェルビーイング向上のヒントが見つかると感じて、各要素との因果関係に着目した研究をおこないました。
──高齢者を研究対象とされたのには、理由があったのでしょうか?
東田教授:高齢者に「ウェルビーイング」に興味を持ってもらいたいという思いもあったのですが、今回の研究では「運動機能」や「認知機能」など年齢によって感じ方が変化する要素を取り入れたため、結果にばらつきがでないよう対象年齢を狭めました。また、“身体機能と日常生活の関係”は若い人よりも高齢者のほうが結びつきが強いことも理由のひとつでした。
日常的な身体活動が運動機能や認知機能の向上、そして幸福度にもつながる
── 今回の研究は、どのようにおこなわれたのですか?
東田教授:研究には、富山県在住の65歳以上の健康な高齢者45名に参加していただきました。
認知機能検査、歩行機能検査、ウェルビーイングの状態を測る生活の質(QOL)アンケート、幸福度アンケートの受検。それから自宅で7日間、加速度計を装着して過ごしてもらい、日常生活での活動量を計測しました。
これらのデータを、因果関係を統計的に分析できる「構造方程式モデリング」という手法を用いて分析したのが今回の研究です。
── 分析の結果、どのようなことがわかったのでしょうか?
東田教授:事前にさまざまな仮説を立てて分析を進めていった結果、日々の身体活動の多さが運動機能・認知機能・ウェルビーイング(QOL、幸福度)の高さを説明するという一連の因果関係があることがわかりました。
──日々の身体活動の多さが、最終的にウェルビーイングにもつながっているということなんですね!
稲田助教:はい。私は“ウェルビーイングな暮らしを実現できているからこそ、身体活動が活発になるし、認知機能なども高くなる”という仮説を立てていたのですが、実はその逆で、ウェルビーイングが最終地点にあるということがわかっただけでも、とても興味深い結果となりました。
また、因果関係の最初にある“日常的な身体活動”は、自身で意識して取り組めるものですよね。自分たちができることが最初にある、つまり身近なところからウェルビーイングの向上へ取り組めることを示せた点にも意義を感じています。
── なるほど。日常的な身体活動が多いと、運動機能、認知機能の状態が良く、結果的にウェルビーイングが高いということですね。運動を取り入れることで、どうして認知機能が向上するのでしょうか?
稲田助教:今回の研究ではメカニズムを調べていないので、詳しくはお答えできないというのが正直な答えです。
ただ、筋肉から悪いタンパク質が血中を流れ脳まで運ばれて、それによって認知機能低下が起きるということを我々の研究室でも示していますし、筋肉と認知機能の繋がりを示す研究はたくさんおこなわれています。
運動機能の高さには筋肉が大きく影響していますので、そういったことが関連しているのかなと想像できますね。
── 65歳以下の方でも、今回の研究と同じような結果がでる可能性はあるのでしょうか?
東田教授:そこは詳しく調べたいなと思う点で、現時点で言い切ることは難しいですが、今回の研究とは違った結果になるのではないかと考えています。
高齢者と違って、若い方であれば、身体機能や認知機能がどのくらいかということよりも、経済状況や普段の仕事、それに対する自分の評価といった要素の方が、ウェルビーイングに大きく関わってくるのではないかと思います。
そういう点も踏まえると、今回65歳以上の高齢者を対象に導いた結果とは、異なる結果になるのではないでしょうか。
フレイル予防も幸福感も、まずは運動強度1.4メッツを目安に!
── フレイル予防、ウェルビーイングの向上を目的とした場合、どのような運動をどのくらいおこなうのがよいでしょうか?
稲田助教:具体的な運動量を提示するのは難しいのですが、今回の集めた活動量のデータでは、そこまで運動強度は気にしなくてもよいかもしれません。
厚生労働省が発表している「65歳以上の身体活動の基準」では、十分な体力がある人は3メッツ以上の運動を含めた身体活動に取り組むことが望ましいとされているのですが、3メッツ以上の運動とはハードルが高いと感じられる人も多い運動量なんです。
毎日買い物に行く、人と会う、何気ない行動を大切に
稲田助教:今回の集めたデータの平均値をみたところ、平均値は1.4メッツで、そこまで運動強度が高い運動をされているというわけではありませんでした。
今回のデータからみると、無理に強度をあげた運動や激しい運動である必要はないといえますね。
── なるほど、今回のデータでみると強度が高い運動でなくてもいいんですね。
稲田助教:そうですね。運動というと筋トレやランニングなど、身体を動かすことを目的とした運動をイメージされる方も多いかもしれませんが、お出かけをする、人に会いに行く、お孫さんと遊ぶ…といったことも“日常的な身体活動”の運動に含まれます。
逆に、強度の高い運動をしなければと思い、頑張って運動をするというところまでいってしまうと、最後の終点であるウェルビーイングという部分が低くなってしまうなどの影響もありそうなので、個人差はありますが“ちょうどいい塩梅”が重要ともいえそうですね。
── 今回の研究を踏まえ、これからさらに研究を進めようと考えられていることはありますか?
東田教授:今回示した関係性が本当にそうなのかという点を調べてみたいので、日常活動量を充実させることで、終着点であるウェルビーイングが高まるのかという介入研究をおこないたいと考えています。
対象者の方に、生活指導をするようなイメージで、日常活動量を充実させるような生活を送るように働きかける期間を設けて、その前後でウェルビーイングが上がっているかを比べられるといいですね。
どうしても長期間の介入は難しいので、機能を上げるということに関しては、どこまでできるかはわかりませんが、その人に合った介入であれば、少なからずその人にとってメンタル的に良い状態にすることはできるのかなと思っています。
今回のモデルに完全にフィットするかは不明瞭ですが、今後こういった関係性を詳しくみてみたいと考えています。
── 稲田助教、本日は貴重なお時間をありがとうございました!
Wellulu編集後記
今回は、65歳以上の高齢者におけるウェルビーイングと身体機能・認知機能の因果関係について、稲田助教よりお話を伺いました。
“日常的な身体活動”が最終的にウェルビーイングに繋がるという一連の因果関係が明らかになったことで、具体的にどのような行動をおこせばいいのかがわかり、ウェルビーイングの向上に取り組みやすくなったのではないでしょうか。
また、“日常的な身体活動”は、強度の高い運動ではなくて十分とのこと。身近に高齢者がいる方は、無理のない範囲で一緒にでかけたり、友人との交流を促したりなど、日常的な活動を意識してみるのもいいかもしれません。
今後は、実際にこの関連性を確かめる介入研究なども考えられているとのこと、その結果にも期待が高まります。
本記事のリリース情報
稲田 祐奈助教、東田千尋教授の取材が、Webメディア「Wellulu」に掲載されました
神経心理学者。2020年日本女子大学人間社会研究科心理学専攻にて博士(心理学)を取得。金沢大学国際基幹教育院臨床認知科学教室での研究員を経て2020年より富山大学和漢医薬学総合研究所神経機能学領域にて助教として従事。高齢者の神経疾患に対する治療薬開発のための臨床研究のほか、メンタルヘルス向上による健康寿命延伸を目指した研究に取り組んでいる。