枕や敷布団との相性は、日々のコンディションを左右する睡眠の質に直結する。だが、自分に本当に合う寝具を見つけるのは、依然として難しい課題だ。「なんとなく不調だから」と枕を買い替えても、根本的な解決に至らないケースは少なくない。
今回は、丁寧なカウンセリングを通じて一人ひとりに最適な寝具を提案する眠りのプロショップSawada代表取締役・沢田昌宏さんに、なんとなくの寝具選びを卒業し、心身の疲れをリセットするための具体的なヒントを伺った。

沢田 昌宏さん
眠りのプロショップSawada(株式会社沢田商店) 代表取締役
睡眠の悩みは痛みから質へ

── ここ数年で生活者の寝具の選び方に変化は感じますか?。
沢田さん:そうですね。以前は「腰が痛い」「肩が凝る」といったお悩みから、部分的に寝具を買い替える人が多かった印象です。最近は「夜中に目が覚めてしまう」「ぐっすり眠れた感じがしない」といった、睡眠の質そのものに関する相談がとても増えましたね。
── なるほど。睡眠の質に関するお悩みは、特定の年齢層に多いんですか?
沢田さん:以前は60代以降の人に多い悩みでしたが、今は30代、とくに男性から睡眠の質に関する相談が増えています。背景に、テレビやネットで睡眠に関する情報が増え、「生産性を上げるために睡眠を改善したい」という若い世代の意識の高まりがあるんだと思います。
── たしかに、ここ数年睡眠に関する情報をよく見かけるようになりました。
沢田さん:睡眠関連の情報に触れる機会が増えたものの、情報がありすぎて「結局、自分は何を選んだらいいの?」とわからなくなっている人も多いんです。「テレビでよく見かけるから」といった理由の問い合わせは多いものの、判断基準がわからず、ご自身に合う選択はどれなのかと迷われている人が増えているように感じます。
なんとなく不調の正体は、睡眠時間と生活リズム
── 睡眠の質に悩む人は、どんなきっかけで来店されることが多いですか?
沢田さん:「熟眠感がない」「疲れが取れていない」といった悩みが多いですね。お話を伺うと、睡眠時間そのものが足りていなかったり、生活リズムが乱れていたりすることが本当に多い。みなさん、日常生活の中で疲れが取りきれず、蓄積している状態なんでしょうね。
── 理想的な睡眠時間は7時間半などと言われているのを、よく聞きます。実際のところどうなのでしょうか?
沢田さん:ええ、客観的に見れば7時間判をキープできるのが理想です。しかし、実際は仕事や家事育児の都合で、6時間ほどしか取れていない人がほとんど。だからこそ、時間の長さだけではなく眠りのリズムとその深さが重要になるんです。
── 眠りのリズムですか。
沢田さん:はい。毎日できるだけ同じ時間に寝て、同じ時間に起きるという自分の生活習慣にあったリズムを整えることが、睡眠の質を高めるうえでとても大切なんです。寝る時間帯が早いか遅いかよりも、眠り始めの90分をいかにぐっすり眠れるかが重要になります。
枕が合わないの本当の理由

── 御社のWebサイトで、枕を買いに来た人が最終的に敷布団を見直したエピソードを拝見しました。
沢田さん:ええ、いわゆる枕難民と呼ばれるいろいろな枕を試しても自分に合うものが見つからないという人からの相談は本当に多いんです。私どもは枕は敷布団の一部という考え方を基本にして、敷布団も含めた全体的な視点で、寝具の改善を提案しています。
── 枕は敷布団の一部とはどういうことでしょうか?
沢田さん:枕は頭を支える寝具ですが、人を支える面積、体重がかかる重量で言えば敷布団のほうが圧倒的に大きいわけです。実際に、お客さまに今お使いの敷布団やマットレスについて伺うと、枕にはお金をかけていても、敷布団はあまり意識してこなかったという人が多いことがわかりました。
── たしかに……。言われてみればそうですね。
沢田さん:ですから、まず身体を支える土台である敷布団を見直すことで、枕の悩みが解決できることも多いんです。徐々に敷布団の重要性に着目している方も増えていますが、まだまだ正しい情報を伝えていく必要があると感じています。
プロが明かす、寝具選びの意外な落とし穴

── 寝ても疲れが取れないと感じて来店された人には、まずどんなお話をされますか?
沢田さん:まず、敷布団が睡眠の質の改善には一番重要であること、敷布団が果たすべき3つの基本機能についてお話しします。1つ目は背骨を正しい姿勢で支えること、2つ目は適度な体圧分散性能と反発力があること、そして3つ目が、快適とされる温度33度・湿度50%の睡眠環境を保つことです。これらの基準を最初に理解してもらうようにしています。
── なるほど、まずは敷布団の役割を知ることからなんですね。
沢田さん:ええ。選ぶ順番も大切で、まずご自身の身体に合う敷布団やマットレスを選んでから、それに合わせて枕の高さを決めるという流れが基本になります。先に枕だけを決めてしまうと、土台となる敷布団やマットレスが合っていないので、いつまでもしっくりこないことが多いんです。
快眠のカギは湿度だった
── 眠りに悩んでいる人が、とくに勘違いしやすいポイントはありますか?
沢田さん:快適な睡眠のためには湿度をコントロールする必要があるという視点が抜けていることですね。高反発や低反発といった素材の沈み込みに目が行きがちですが、実は湿度が合わないと快適には眠れません。
── 湿度ですか。あまり気にしたことがありませんでした。
沢田さん:ここ20〜30年で住宅の作りが大きく変わり、高気密・高断熱になったことにより、湿度の影響が大きくなりました。昔の家と違って、今の家は湿気がこもりやすい傾向にあります。
そんな中、ただ保温性が高くて暖かいだけの布団を使うと蒸れやすくなってしまい、かえって不快に感じて睡眠が浅くなります。だからこそ、湿度をうまく調節してくれる寝具選びが重要になるんです。
身体と対話する、プロの寝具フィッティング術

── プロの視点から「この人に合っている」と判断する際、どんな点を見ていますか?
沢田さん:まずは、どういう姿勢で寝ているかと、体質が暑がりか寒がりかどうか。このあたりは必ず確認します。とくに女性は寒がりの人が多いですね。
── 体質によって、提案が変わるものなんですか?
沢田さん:ええ、まったく違います。たとえば暑がりの人には、素早く汗を吸い、放出して湿度を下げてくれる素材を使った寝具を提案します。一方で寒がりの人には、身体に密着して、寝返りを打っても熱を逃がさない寝具を使うこと、熱を逃がさない工夫をすることが大切だとお話します。
── 熱を逃がさない工夫というと?
沢田さん:よく毛布は掛け布団の上と下、どちらにかけるのがよいかという話がありますよね。熱を逃がさない工夫でいえば、毛布を掛け布団の上にかけるよりも、身体と掛け布団の間に入れて、毛布と身体を密着させて使うほうがいいです。寝返りをしたときに空気の層が入れ替わりにくいので、温まった空気を逃がさないで使うことができます。
ただ、羽毛布団と身体の間にポリエステルなどの化学繊維の毛布を挟むと、羽毛が持つ湿度を吸収発散する機能が活かせなくなることもあります。素材の相性も含めて、使い方を検討することが大切なんです。
── 同じ寝具でも、体格や寝姿勢によって感じ方は変わりますよね。実際のフィッティングは、どのように進めるんですか?
沢田さん:まずは生活者のBMIや体格を確認して「これなら合いそう」というものを2種類ほどご提案し、実際に寝ていただきます。そして「どちらが気持ちよかったですか?」と伺い、選ばれたほうと新たにもう1つ別のものとを比べていただく。この繰り返しです。
── 最初からたくさん見せるわけではないんですね。
沢田さん:選択肢が多すぎると、かえって生活者はわからなくなってしまいますから。ある程度フィットしそうなものを揃えたうえで、どれが一番しっくりくるかを探していきます。生活者が選ぶストレスをできるだけ少なくすることも、大事な役割だと思っています。
買って終わりじゃない!快眠を維持する寝具との付き合い方

── 人の身体や生活環境は少しずつ変わりますよね。寝具はどのくらいの期間で見直すのが理想なんでしょうか?
沢田さん:敷布団や掛け布団は10年、枕は5年が1つの目安ですね。どんなに良いものでも、毎日6〜7時間も体重を支えていると、目に見えないストレスが蓄積しますから。10年経ったら一度チェックが必要です。
── 10年ですか。意外と使ってしまっているかもしれません。
沢田さん:現実的には、買い替えサイクルが15年くらいという人が多いですね。身体が慣れてしまって、性能が落ちていても気づきにくいものです。とくに仕事や子育てで忙しい30〜50代は、寝具のことまでなかなか気が回らないのが現実だと思います。
ただ本当は、そういった疲れを抱えやすい時期にこそ、ご自身の健康のためにしっかり寝具の見直しをしていただきたいんです。
「なんだか不調…」まず見直すべきは生活習慣
── 「最近、眠りが浅いな」「起きたときに腰が重いな」と不調を感じたとき、まずどこから見直せばいいですか?
沢田さん:まずは生活習慣を見直してほしいです。そのあとに寝具の状態をチェックして、敷布団やマットレスがへたっていないかを確認してください。
── 生活習慣というと、具体的には?
沢田さん:まず、お風呂に入る時間を一定にすること。お風呂に入ることで体温があがりますよね。一般的には寝る90~120分前に40前後の湯船に浸かるとよいとされていて、入る時間を毎日一定にすることでそのリズムを作りやすくなります。
そして、寝る時間と起きる時間も一定に。とくに休日にリズムを崩さないことが大切です。月曜が憂鬱になるのは、休日にリズムが乱れて、すぐに戻せないことが原因の1つなんです。
── お風呂の時間も一定にするとは意外でした。
沢田さん:そもそも睡眠には、身体の温度を下げて脳と身体を休めるメカニズムがあるんです。そして、人間は体温を下げるために、血液の流れを使って身体の中心の熱を手足から放出します。
入浴によって血流がよくなると、手足から熱を逃すメカニズムがうまく働くようになるので、体温変化のリズムを整えるためにも時間を固定しておくのが効果的なんです。
良い睡眠は、未来の自分への投資
── 最後に、生活者が寝具と長くよい関係を続けるために、大切にしてほしいことはありますか?
沢田さん:あるコマーシャルで「睡眠は最高のサプリである」という言葉がありました。まさにその通りで、上質な睡眠は健康と密接に結びついています。ただなんとなく寝具を選ぶだけでなく、その先の健康的な生活まで見据えて寝具を大切にしていただきたいですね。
── 将来の健康に向けた投資と考えると、寝具選びも変わってきそうです。
沢田さん:長い目で睡眠を考えることは、寝具をできるだけ長く使うことにもつながると考えています。天然素材を中心に、仕立て直しながらできるだけ長く使える寝具を選ぶことは、環境問題の解決にも、生活者自身の暮らしや身体を大切にすることにもつながります。
ただ寝具を提案するだけでなく、寝具とのよりよい関係を通して、よい睡眠とよい未来を提供したいんです。
── 枕選びに悩んでいましたが、本当の課題は敷布団や生活リズムなど、もっと大きな視点にあるのだとハッとさせられました。自分の身体を理解し、納得しながら眠りの環境を整えていく。その大切さを実感しました。本日は本当にありがとうございました。
1958年滋賀県生まれ 神戸大学卒業後、実家の家業を継ぐ(創業135年)。上級睡眠健康指導士を取得し、睡眠と寝具の探求をおこなう。長浜商工会議所副会頭
公式HP:https://sleep-natura.jp/