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視覚障がい者にとってのウェルビーイングとは? リアルな“一歩先の未来”を想像し創っていく〈株式会社Ashirase〉

株式会社Ashirase

何をするにしても、どこへ行くにしても、歩くことや移動することは当然の行動として付いてくる。しかしながら、目の見えない人や見えにくい人にとって外出するということは、晴眼者の想像を超える不安と危険が常に伴う。たとえば普段通い慣れている道だとしても、目が見えない状態で迷わず一歩を踏み出すことができるだろうか。

今回は、視覚障がい者の歩行をサポートするナビゲーションシステム「あしらせ」を開発した千野歩さんに、日本における視覚障がいのある方の生活実態や社会課題、さらには障がいのある方にとってのウェルビーイングについて、話を伺った。

 

Hondaの新事業創出プログラムから誕生したスタートアップ

千野歩

Wellulu編集部(以下、編):まずはAshirase(あしらせ)さんの事業内容と、その特徴について教えていただけますでしょうか。

千野:私たちは視覚障がい者向けの単独歩行ナビゲーションシステムというものを作っています。スマートフォンのアプリケーションによる音声入力や案内と連動しながら、靴に装着するデバイス「あしらせ」をインターフェースに足に直接振動を送ることで、聴覚などの感覚を邪魔することなく道順や進行方向といった誘導情報を伝えているのが特徴的かと思います。これらを視覚障がい者の方に届けることがメインの事業になります。

編:この春からは先行販売モデルの提供を開始されたと伺いました。創業の経緯や現在に至るまでのお話をお聞かせいただきたいです。

千野:会社を立ち上げたのは2021年4月です。もともと私は本田技術研究所で自動運転や電気自動車の制御エンジニアをしておりまして、この事業はホンダの新事業創出プログラムから生まれた経緯があります。通常業務は変わらず行いながら、勤務時間後や休日の時間を利用して「あしらせ」の開発に取り組んできました。

編:すごい熱量を持って取り組まれていたのですね。プロジェクトを始めるきっかけは何だったのでしょうか。

千野:数年前に親族が川に落ちて亡くなってしまったことが、きっかけとしては大きかったと思います。川のそばを歩いているときに足を滑らせて落ちてしまったんですけど、単独で外的要因もなく死亡事故が発生するということ、歩行でそんなことが起きるんだということが、自分にとっては衝撃的でした。

編:そのような大変な出来事がお有りだったのですね。歩行ナビゲーションの開発にあたり、前職での考え方に通じるところはありましたか?

千野:そういった事故を招いてしまう要因があるのだとしたら、“歩くこと”も概念的にモビリティなのではないかと考えるようになりました。そういった視点で考えていくと、テクノロジーが入る余地はもっとあるはずだし、歩行っていうところで当事者やそのまわりにいる人たちを豊かにできる可能性があるのではと思いました。私は晴眼でもありますし、視覚障がい者の方々の話を聞くまでは、歩行というものが自分にとって当たり前の移動手段だったんですけど、その部分で苦労している人たちがいることを改めて実感しました。

ナビゲーションシステム「あしらせ」

編:「あしらせ」を開発するにあたり、苦労された点はどんな部分でしょうか。

千野:技術的なところでは、靴の中に装着するのがエラストマーという柔らかい素材になるんですが、この中に電子部品が埋め込まれているという構造になっていて、一部振動するような形になるんですね。実は足の甲って顔と手の次に振動を感じ取りやすい部位なんです。靴に付けっぱなしにして玄関で履くだけにしておけば、アプリを起動するだけで自動接続されるので、ハードウエアを使う意識をせずとも生活に溶け込むようなプロダクトというのを重視しました。薄くて軽量かつ小型なので、装着時も違和感のない履き心地を目指しただけでなく、電子部品が入っているので防水性も担保したうえで作り込んでいくっていうのは非常に難しかったです。それ以外では、視覚障がいのある方が新しいものを使うときって何かとハードルが多いので、アクセシビリティの観点からもできるだけわかりやすく不安にならずに使っていただけるように意識しました。

当事者にとっての安全性と快適性、社会インフラの現状

Ashirase(あしらせ)
提供:Ashirase

編:視覚障がい者の方が外出先で利用できる手段について、既存のものだと点字ブロックや白杖、盲導犬などがあります。実際にそのような環境で補助具を使って歩行するときに、安全性や快適性というのはどのくらい保たれていて、機能しているのでしょうか。

千野:今挙げていただいた中でも機能している部分とそうではない部分があります。いろいろな要素や考え方があると思うのですが、たとえば決められた範囲や時間に制限した場合、日本においては環境が整っているほうだと感じます。自治体の中では同行援護のようなサービスを展開しているところもありますし、点字ブロックも駅の近くであればきちんと整備されています。とはいえもちろん課題もありますね。

編:どのように感じるかは人によって異なるのと、物理的な面でも違いはあるでしょうし、一概にはいえないですよね。

千野:おっしゃるとおりで、本当に満足されている方もいらっしゃれば、社会インフラが全然足りていないと感じる方もいらっしゃると思います。現在、視覚障がい者の人口は約31万人といわれていますが、手帳を持っていない方などを含めると200万人以上になるともいわれています。それに対して盲導犬は1,000頭しかいないというのが現状です。また、都市部ではホームドアの設置が増えてきていて、それによって視覚障がい者の落下事故は減少傾向にありますが、地方ではまだまだ設置されていないところも多いので、地域による格差というのもあるのかなと感じます。

編:財源が限られていることもあり、スピード感を持って社会インフラの改善に取り組んでいくというのが難しい現状もあるのでしょうか。近年、視覚障がい者向けのサポート機器やアプリケーションなどは増えてきていると思うのですが、そういった動きについてはどのように捉えられていますか?

千野:社会インフラの改善という部分では、どんな障がいや福祉領域でも同じ課題があると思います。だからこそIoTやICTを活用した個別に寄り添っていくようなソフトウエアやハードウエアの力というのは、今後さらに重要になってくるのではないかと考えています。サポート機器や技術を開発してきた企業は以前から存在していたと思うのですが、それらを紐解いていくと、ビジネスとしての継続性が極めて低かったのだろうと感じます。事業への補助金があるがゆえに、製品自体が何十万といったように高額化していて、一般的に広がりにくいという面もあったのではないかと推察しています。

普段とは違う行動範囲に。知ることで自分の世界が広がる

株式会社Ashirase

編:一言で視覚障がいのある方といっても、見えにくさの程度は人によって違いがあるかと思います。たとえばユーザーの方はどのように想定されていますか?

千野:病気の種類自体がたくさんあるので、人によって見える視野も視力も違い、それによって症状もまちまちなんです。全盲でも光が見える人と見えない人がいたり、手の動きだけが見える「手動弁」という視力があったり、本当に数多くあるので、どんなユーザーの方かというよりも構造的なところで判断しながら使っていただいていることが多いです。「あしらせ」は道順や進行方向を直感的に無意識化していくことにフォーカスを当てているので、ある程度の歩行能力を持っている人を想定しています。たとえば盲導犬のユーザーさんは一番多く使っていただいていているのと、先天性の全盲の方でも積極的に活用されたいという方も親和性があると思います。

編:使う人の症状がそれぞれ異なるからこそ、このデバイスを使うことで得られるメリットもさまざまあるということですね。これまでにユーザーの方や体験した人の声で印象に残っているものはありますか?

千野:現在もブラッシュアップを続けているのですが、こんな機能を入れて欲しい、改善して欲しいといったものから、こういうことができて良かった、嬉しかったといったものまで、ありがたいことにたくさんのお声をいただいています。販売前ではあるんですけど「ここに花屋さんがあったのを初めて知りました」とか「次はこれを付けて海辺を歩いてみたいです」といった感想をいただいたり、普段はヘルパーさんとの会話や行動しかしない方が近くのコンビニを設定して辿り着けたときに、急にテンションが上がるみたいな場面に立ち会えたりしたときは感慨深いものがありました。最近ではSNSで「あしらせくんと一緒に行ってきた」みたいな投稿を見かけることがあって、相棒のように使っていただけているのも嬉しいことです。

株式会社Ashirase
提供:Ashirase

編:その方にとって知らなかった世界を知ることができるというのは素晴らしいことですね。ユーザーさんの声が増えれば増えるほど、今後データや機能がアップデートされていって、あらゆる人にとって快適に使えるようになっていくのでしょうか。

千野:そうですね。ただナビゲーションひとつにしても、高い性能を満足するような形で提供することができたとして、それに付随する行動ってたくさんあるじゃないですか。まずどうやって情報を入手するところを決めていくのか、行った先でどんなふうに楽しむのか、そのあいだでどういうふうに困っているのかといったように。人にもよりますが、視覚障がいのある方が歩行ができないのは、見えないという理由が大部分を占めているので、別の身体機能に問題があるわけではないんです。人間の8割以上の情報は視覚から取得しているといわれているように、視覚障がいというのはある種の「情報障害」であるともいえます。だからそこを支援したりサポートしたりする必要があると考えています。

「視覚障がい者にとってのウェルビーイング」を想像することが第一歩

株式会社Ashirase

編:先ほど視覚障がい者の人口についてのお話がありましたが、実際には身近な存在でない限り、普段の生活の中では視覚障がいのある方との接点がないという人も多いような気もします。

千野:視覚障がい者の方と出会う機会が少ないと感じるのは、それだけ行動範囲が限られているというふうにも考えられると思います。決まった場所にしか行かないとか、そもそもほとんど外出をしないとか。自分にとって安心できる場所や信頼できるお店はリピート率が高く、逆に行ったことのない場所や新しいお店を開拓してみようっていうのは傾向として少ないのかなと。現在は外出先での歩行ナビゲーションになるのですが、今後は屋内にも展開していきたいと思っています。施設内のナビゲーションを加えたり、屋内での移動時のフォローを考えたりしながら、新しい場所になかなかいけない理由や行動しにくいと感じている部分をちょっとずつ解消していけたらと思っています。

編:視覚障がい者の方は、行動を起こそうとする前段階での不安も大きく、心理的な部分でもなかなか一歩を踏み出せないことが多いのですね。最後の質問になるのですが、視覚障がい者の方にとってのウェルビーイングというものについて、千野さんはどのようにお考えでしょうか?

千野:難しい質問ですね。障がいのある方にとって、QOLやウェルビーイングという言葉をどのように扱ったら良いのか、自分の立場からは正直迷う部分があります。ただ、視覚障がいのある方であれば、生活するうえでの情報や行動範囲が限られている中で、そこが広がったときに得られるものはすごく大きいのではないかと想像します。極端な話、皆さん外出の目的の多くが病院と仕事だけだったりするんです。でも本来はもっと幅広い目的地というのがあるわけで。それなのに考えとして持っていなかったり、そういうことを楽しむ余裕がないんです。我々が目指しているのは、日常的な場所でも非日常的な場所でも、目的地の選択肢を広げていくことです。視覚障がい者が気軽に外出できる機会をもっと増やして行動範囲を広げることで、社会の中での認知や理解というのも絶対に深まっていくはず。それによって、ビジネスとしての土壌ができたり市場が広がったりすることにもつながるのではないかとも思っています。まずはこの事業を継続しながら、さまざまな課題と向き合っていきたいです。

株式会社Ashirase

 

千野歩さん

株式会社Ashirase 代表取締役CEO

東京都出身。青山学院大学理工学部電気電子工学科を卒業後、本田技術研究所でEVモータ制御や自動運転システム開発などの研究開発に従事。2018年に親族の事故をきっかけに本プロジェクトをスタート。名前の通り、人の豊かさを “歩く”で創っていく。経産省始動2018SV派遣メンバー選抜。内閣府S-Booster2019最優秀賞受賞。

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