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早稲田大学発の技術が、口腔ケアの常識を変える。ロボット歯ブラシ「g.eN(ジェン)」の挑戦とは

日常的に行われている「歯磨き」という行為。古くから変わらないアナログな習慣でありながら、じつは私たちの生活の質(QOL)を大きく向上させるポテンシャルを秘めている。

その領域にロボット技術を持ち込み、誰もが無理なく続けられる新しい口腔ケアのかたちをつくろうとしているのが、早稲田大学発スタートアップ・株式会社Genics(ジェニックス)だ。

同社が開発するのは、口にくわえてボタンを押すだけで歯のブラッシングをサポートするロボット歯ブラシ「g.eN(ジェン)」。手先が使いづらい人や忙しいビジネスパーソンまで、幅広い生活者を支える新しいテクノロジーとして期待が高まっている。2025年12月にはクラウドファンディング「Kibidango(きびだんご)」での先行販売も開始。いよいよ本格的な社会実装のフェーズへと踏み出す。

日々の「歯磨き」というルーティンをどのように進化させ、「自立」と「健康」が両立する社会へつなげていくのか。今回は、ロボット開発に情熱を注ぐ創業者・栄田源さんに、Wellulu 副編集長・左達也がその挑戦の背景と未来への展望を伺った。

 

栄田 源さん

株式会社Genics 代表取締役

2015年、早稲田大学 創造理工学部 総合機械工学科を卒業。大学院修士課程在籍中に、科学技術振興機構(JST)START技術シーズ選抜育成プロジェクト(ロボティクス分野)に採択され、研究の社会実装に向けた基盤を築く。2016年には「トビタテ!留学JAPAN」の支援を受け、オーストリアの半導体企業「ams AG」でのインターンを経験。帰国後、JST START社会還元加速プログラム「SCORE EL」に採択され、研究成果を事業化へと進める。2018年に早稲田大学 先進理工学部・研究科 生命理工学専攻博士後期課程へ進学。「高西・石井研究室」での研究成果をもとに株式会社Genicsを設立し、世界初となるロボット歯ブラシ「g.eN(ジェン)」の開発に着手。2025年より文部科学省「アントレプレナーシップ推進大使」として次世代育成にも取り組んでいる。

https://genics.jp/

左 達也

株式会社ECOTONE/Wellulu 副編集長

福岡市生まれ。九州大学経済学部卒業後、博報堂に入社。デジタル・データ専門ユニットで、全社のデジタル・データシフトを推進後、博報堂生活総合研究所では生活者発想を広く社会に役立てる教育プログラム開発に従事。ミライの事業室では、スタートアップと協業・連携を推進するHakuhodo Alliance OneやWell-beingテーマでのビジネスを推進。「Wellulu」立ち上げに伴い編集部プロデューサーに就任。毎朝の筋トレとランニングで体脂肪率8〜10%の維持が自身のウェルビーイングの素。

https://ecotone.co.jp/

目次

早稲田大学の研究室で産声を上げた、ロボット歯ブラシ「g.eN(ジェン)」の開発秘話

左:本日は新宿区大久保にある株式会社Genicsの事務所に伺っています。よろしくお願いいたします。

新大久保の雑多でエネルギッシュな雰囲気は、まさにスタートアップの拠点らしさを感じますね。早稲田大学の西早稲田キャンパスから近いことも、この場所を選んだ大きな理由なのでしょうか。

栄田:はい。私はもともと早稲田大学 先進理工学部・研究科の出身で、研究室を拠点にプロジェクトを進めていました。大学にはスタートアップ向けの登記サービスもあり、その仕組みを活用して会社を設立。所属していた研究室では、福祉・医療領域のロボット開発をテーマに、「人間の能力拡張」を軸にして研究を重ねてきました。その探究の延長線上で、最終的に口腔ケアという領域にたどり着いたんです。

左:口腔領域に行き着いた研究が、現在のプロダクトにつながっていくわけですね。「g.eN」誕生の背景についても伺えますか。

栄田:はい。大学の研究室で試作を重ねる中で、”誰が使っても、しっかり磨ける歯ブラシロボットをつくろう”という方向性が明確になっていきました。歯並びや口の状態は一人ひとり違います。その違いをクリアして、確実に「自動で歯を磨き上げる」システムをどう構築するか。ブラシの構造や動作制御、フィット感など、十年以上かけてさまざまな実験と改良を積み重ねてきました。

左:口にくわえるだけで磨ける仕組みは、その研究の集大成というわけですね。ところで、「g.eN」という名前はどのように決められたのでしょうか。

栄田:製品名は、社名の「Genics(ジェニックス)」に由来しています。Genics という名称は、「GN=Generalization(一般化・汎化)」 と 「ICS=~学、~術などの意の名詞語尾」、二つを掛け合わせた造語なんです。研究室で培った技術を、社会に汎化させたいという思いが根底にあります。

左:学術から社会への橋渡しを志向する理念が、そのまま名前に反映されているのですね。

栄田:「g.eN」の思想は初代モデルから最新モデルまで、一貫して変わっていません。技術的には大きく刷新し続けていますが、製品名だけはずっと同じ名称を使い続けています。研究の現場で生まれたロボット技術を、生活のなかで自然に使える形へと“一般化”させる。その原点を忘れないようにしたいと思っています。

一人の高校生を動かしたパワードスーツの衝撃

左:大学時代からロボット一筋だったと伺っています。そもそもロボットに興味を持ったのはいつ頃ですか?

栄田:きっかけは高校時代に観た映画『アイアンマン』です。主人公がパワードスーツをまとい、能力を120%、150%と次々に拡張していく姿に衝撃を受けました。「技術って、こんなふうに人を助けられるのか」と胸を撃ち抜かれました。

私自身、当時はスポーツに打ち込んでいたので、身体能力を引き上げる仕組みに強く惹かれたんだと思います。それをきっかけに機械工学の道に進み、ロボット開発にのめり込んでいきました。

左:そこからずっとロボット開発に没頭されていたのですね。一時期は福祉・医療分野の義手や手術支援ロボットなども研究されていたと資料で拝見しました。

栄田:研究室では「人とロボットが共存する」をテーマにしていて、そこで学んだのは“技術を社会に還元する視点”でした。機能回復や支援だけでなく、もっと広く、多くの人の生活に関われるテーマは何だろう……そう考えたときに浮かんだのが「歯磨き」だったんです。

左:なぜ歯磨きに着目されたのでしょう?

栄田:研究テーマを絞り込む際、私が重視していたのは“誰もやっていない領域”でした。研究成果を社会に出すなら、オリジナリティのあるテーマに挑みたいと思っていたんです。

調べてみると、口腔ケアはロボット技術が未参入の「空白地帯」でした。全世代にとって不可欠な日常習慣であり、福祉現場でのニーズも非常に高い領域だと気づきました。

「人間の能力拡張」を軸にしてきた自分にとって、口腔ケアは社会的意義と技術的挑戦の両方が揃う、非常にフィットしたテーマだったのです。

左:最初から起業を目指していたわけではなかったのですね。大手メーカーで研究する選択肢もあったと思いますが、その道は考えなかったのでしょうか。

栄田:正直に言うと、私は「起業するぞ!」というタイプではありませんでした。追いかけたいテーマを突き詰めていった結果、起業が唯一の選択肢として残った、という流れに近いです。

というのも、この領域を本気で研究している大手メーカーがほとんどなかったんです。「なら、自分でやるしかない」と腹が決まりました。研究室で積み上げた技術をそのまま具現化して世に出す、という自然な延長で会社を立ち上げました。

左:大学の技術発ベンチャーの理想的な立ち上げですね。そこには大学の先輩や研究室の存在も影響しているのでしょうか。

栄田:大きく影響しています。私の最初の研究室は、テーマを自分自身でゼロから構築することが必須で、毎月行われる定例会議では、30人近い教授や先輩の前でそのアイデアをプレゼンするという試練がありました。

その場で「本当にオリジナリティがあるのか」「既存研究と何が違うのか」を徹底的に問われます。そこで鍛えられた経験が、起業に向けた論理的な思考と精神的なタフさが身についたと強く感じています。

口腔ケアで、生きる誇りを支える。ロボット技術が守る人間の尊厳とは

左:口腔ケア、とりわけ歯磨きは子どもから高齢者、障がいのある方まで、年代や環境に関わらず必要とされる行為ですよね。実際にどの層から強いニーズを感じていますか。

栄田:最初の試作機を使っていただいた際、最も大きな手応えがあったのは、障がいのある方や高齢者施設で暮らしているみなさんでした。手が思うように動かない方、震えがあって細かなブラッシングが難しい方など、自立したい気持ちは強いのに、歯磨きだけは人にお願いしないとできない。その現実に、負担感や葛藤が生まれやすいんです。

左:歯磨きは日々の営みの基本であり、「自分のことは自分でする」という自立の証ともいえる行為です。

栄田:まさにその通りです。「人にお願いするしかない」という状況から解放されるだけで、気持ちがぐっと軽くなる。さらに、状態が悪化して認知症が進んだり、要介護度が高くなってしまうと、新しい機器や習慣に適応すること自体が難しくなります。だからこそ、「自分でできなくなる前に、少しずつ慣れておくこと」が本当に重要なんです。

これは30〜50代の、今は元気な世代にも当てはまります。予防の段階から口腔ケアに目を向ける意味を、もっと広く伝えたいです。

左:歯の健康って、失って初めて重大さに気づくケースが多いですよね。そこをどう予防につなげるかが課題だと。

栄田:はい。じつは10〜20代でも歯茎の炎症が珍しくなく、「痛くないから」「虫歯がないから」とケアを後回しにしてしまうんです。しかし、気づいたときにはすでに歯茎が下がり始めていることもあり、そこから全身の健康へ影響が及ぶ可能性もあります。

口の健康はつい見過ごされがちですが、生活全体を支える大切な要素のひとつです。歯磨きという日常の小さな行為の積み重ねが、心身のウェルビーイングにも関わってくる。そのつながりを、もっと多くの方に知ってほしいと強く思っています。

10年の試行錯誤が形にした、すべての人のためのロボット歯ブラシ

左:ではいよいよ、「g.eN」について詳しく伺いたいです。

栄田:「g.eN」は、一般的な電動歯ブラシとは根本から発想が違います。電動歯ブラシはブラシが振動しても、最終的には自分の手のスキルに依存しているんですね。歯に正しく当てられなければしっかり磨けません。

一方で「g.eN」は、口にくわえてボタンを押すだけで、複数のブラシが歯列に合わせて上下左右に動き、全自動でブラッシングをサポートしてくれます。細かい手の動作が難しい方や、震えのある方でも、ほとんど介助無しで使えるよう設計しているのが大きな特徴です。

左:個人の手の動かし方のスキルに依存しない点が画期的ですね。開発には相当な試行錯誤があったのでは?

栄田:大学の研究段階から数えると、約10年の積み重ねになります。歯並びは人によってまったく違いますし、虫歯や歯周病など口腔の状態も千差万別。そのなかで「誰でも使える汎用性」をどう担保するかが最大の壁でした。

栄田:実際、何十台もの試作機をつくっては壊し、3Dプリンターでパーツを造形しては調整し……というサイクルを延々と繰り返しました。研究室の先輩や大学歯学部の先生方にも試していただき、毎回のフィードバックをもとに改良を重ねていきました。

その結果、ようやく「これなら自信を持って世に出せる」と言える形に辿りついた感覚があります。

左:実際の使い方は、本当に“口にくわえるだけ”なんですか?

栄田:はい。口を「ガポッ」と開いてくわえると、内部のブラシユニットが歯の形に合わせて広がり、自動制御でブラッシングをサポートしてくれます。最新のブラシユニットは上下の歯を同時に磨く構造なので、短時間で一気に仕上がるのが特徴です。ボタンを押せば最短1分ほどで全体の歯磨きが完了する想定ですね。

左:取材までは電動歯ブラシに近いかと思っていましたが、全く異なる歯磨き体験になりそうですね。クラウドファンディングも控えていると伺いました。

栄田:2025年12月から「Kibidango(きびだんご)」でクラウドファンディングを開始しました。目標金額は500万円、期間は2026年1月25日までです。12月31日までの早期支援価格は31,042円(税込、以下同)で、クラウドファンディング期間中の通常価格は36,520円です。

クラウドファンディング「Kibidango(きびだんご)」はこちらから

「予防×自立×生活改善」の新しいプラットフォームを目指して

左:「g.eN」は歯磨きロボットとしてだけでなく、データ管理や唾液分析など、さまざまな領域に広がりを見せていきそうですね。

栄田:まさにそこが「g.eN」の最大のポテンシャルなんです。たとえば、毎日の歯磨きのプロセスで自然に唾液を採取できるようになれば、健康状態や栄養バランスを簡易的にチェックできます。そのデータをスマホと連携し、「今日は刺激の強い食事だったから洗浄時間を少し延ばそう」というように、生活者に寄り添うパーソナライズドな提案も可能になるかもしれません。

さらに歯科医院とのデータ連携、介護・福祉領域との接続、疫学的なデータ解析など、口腔から得られる情報を軸にした多様な応用展開が考えられます。

左:データが可視化されると、生活者自身の意識や行動も大きく変わりそうですね。

栄田:歯磨きは、運動や食事制限のように挫折しやすいものではなく“やめにくい習慣”なんですね。子どもの頃から習慣として根付いている行為だからこそ、この強固なルーティンにデータ活用を組み合わせることで、無理なく自然な行動変容を促せるのです。

そこに自動化テクノロジーとデータを組み合わせることで、歯磨きが単なる日課ではなく、「自分のコンディションを整える行為」へとアップデートされるはずです。

左:予防歯科の流れが加速すると、その中心に「g.eN」が位置づく未来もあり得ますね。

栄田:そうなれば本望です。現状、電動歯ブラシでさえ世界的に標準化しているとは言い難いのが実情です。だからこそ「全自動」「データ活用」という新カテゴリは市場を一気に広げる可能性を持っています。

左:予防歯科の大きな社会の流れの中で、ロボット歯ブラシという一見シンプルなプロダクトが、じつは大きな社会インパクトを持ち得ると強く感じました。改めて、今後の展望を教えてください。

栄田:まずはクラウドファンディングを通じて、多くの方に製品の価値を知っていただき、本格的な量産と販売につなげていく予定です。

加えて、医療機器認証の取得や、口腔データを活用したヘルスケア連携も強化し、将来的には介護保険の対象となるような仕組みづくりにも挑戦したいと考えています。さらに、海外展開も視野に入れながら、「ロボット歯ブラシと言えば『g.eN』」というブランド価値を世界基準まで育てていきたいですね。

栄田:そしてもうひとつ、大学発ベンチャーとして目指したいのは「ロールモデルになること」です。早稲田大学の研究室から世界に挑む姿を示すことができれば、後輩たちも「研究を社会実装する」という選択肢を、もっと自然に描けるようになります。

日本ではハードウェア系スタートアップの勝ち筋がまだ多いとは言えません。だからこそ、誰も踏み込んでいない領域で本気で勝てるロボットを生み出すことには大きな意味がある。若い世代に「自分にもできるかもしれない」と思ってもらえる未来をつくりたい。その思いが挑戦の原動力になっています。

左:素晴らしい展望ですね。歯磨きという身近な行為が、介護や医療、さらには社会全体のウェルビーイングへつながっていく。その広がりに、大きな可能性と希望を感じました。本日はありがとうございました。

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