Biz4-Well-Being

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「ウェルビーイング経営」の最前線。対話を重ねて、個と組織のつながりと創造性を育む

多くの企業が「ウェルビーイング経営」を掲げ始めた今、問われているのは単なる制度づくりではなく、“人がどんな状態で働けるか”という本質的な問いである。Welluluが掲げる「ウェルワーキング(※)」の視点から見ても、個人の幸福と企業の成長を両立させる経営は、もはや必然になりつつある。
※ウェルワーキング(Well-Working):「Wellulu」では、ウェルビーイングに働いている状態と定義する

そんな転換期に、デロイト トーマツ グループは『ウェルビーイングのジレンマ 幸福と経済価値を両立させる「新たなつながり」』(日経BP/2025年)を発刊。

この書籍の共著者であり、デロイト トーマツ グループで社員のウェルビーイング向上に向けた全社的な取り組みを企画・推進し、その実行体制を統括する「Personal Well-being ワーキングPMOリード」を務める石黒綾さんは、まさに企業変革の現場でウェルビーイングの実装に挑み続けてきた人物だ。

今回はWellulu編集長・堂上研が「ウェルビーイング共創学」教授としてゼミを持つiU 情報経営イノベーション専門職大学を対談の舞台に、石黒さんをゲストに迎え、これからの「組織の幸せ」のあり方を深く掘り下げる。

 

石黒 綾さん

デロイト トーマツ コンサルティング合同会社
デロイト トーマツ グループ Personal Well-being WG Deputyリーダー/ディレクター

スタートアップ企業における組織開発の経験を経て大学院へ留学。帰国後デロイト トーマツ コンサルティング合同会社に入社。入社後は一貫して組織・人事のコンサルティングに従事。2019年に社内公募に手を挙げてPeople First経営の実現のための部門へ異動、ウェルビーイングな組織づくりに日々邁進中。

https://www.deloitte.com/jp/ja.html

堂上 研さん

株式会社ECOTONE 代表取締役社長/Wellulu 編集長

1999年に博報堂へ入社後、新規事業開発におけるビジネスデザインディレクターや経団連タスクフォース委員、Better Co-Beingプロジェクトファウンダーなどを歴任。2023年、Wellulu立ち上げに伴い編集長に就任。2024年10月、株式会社ECOTONEを立ち上げる。

https://ecotone.co.jp/

目次

ウェルビーイングは、優しさではなく経営手法

堂上:近年「ウェルビーイング経営」が注目されていますが、単なる福利厚生や人材施策の延長ではなく、経営の中核に位置づけられるようになりました。そんな中、2025年にデロイト トーマツ グループから『ウェルビーイングのジレンマ 幸福と経済価値を両立させる「新たなつながり」』(日経BP/2025年)が発刊されました。本書はどのような経緯で生まれたのでしょうか。

石黒:この本は、ウェルビーイング経営をどう展開するかという点について網羅的にカバーしています。ウェルビーイング経営は注目度が上がっている一方で、「幸せと経済価値は両立しないのでは」という疑問の声も根強い。その疑問に答えるべく、デロイト トーマツ グループのCETL(Chief Executive Thought Leader)と社内専門家が“両立は可能”ということを実証するために、約1年の歳月をかけて理論を体系化したのが本書です。

堂上:ウェルビーイングって、人によって定義も感じ方も異なるので、ひとつのフレームに落とし込むのがとても難しいテーマですよね。だからこそ、この本のように言語化するプロセスには相当な葛藤があったのではと思います。執筆で最も苦労した部分はどこでしたか? ‎

石黒:執筆には約15人が関わりましたが、まず「ウェルビーイングの定義や解釈」で意見が分かれ、議論が止まることもありました。当然「経済価値の追求をウェルビーイング経営の目的にするのは違うのでは」という指摘もありました。しかし私たちも私たちのクライアントも多くは営利企業。経済価値を生み出すことは必須です。この葛藤を乗り越えるために行き着いたキーワードが“つながり”でした。

堂上:その“つながり”とは具体的にどういうことを指しているのでしょうか? つながりをどのように捉え、どう育てていくのかは、ウェルビーイングを語る上で欠かせない視点だと思っています。

石黒:今の日本では、かつて自然に存在していたコミュニティが少しずつ弱まっていますよね。地域のつながりも、PTAのような生活に根ざした組織も参加者が減っています。学生の間は、学校やサークルという共同体がありますが、社会人になると、そのつながりが途切れてしまうケースが多い。

スマートフォンでつながっているように見えても、それは基本的に「一対多」の関係で、本来の意味でのつながりとは違います。だからこそ、社内の従業員同士のつながり、そしてもっと大きなレベルでの“社会とのつながり”をどう再構築するかが大切だと考えています。

堂上:僕自身、ウェルビーイングを探求するなかで、どんなコミュニティに属し、どんな関係性の中で生きているかが幸福度を大きく左右すると実感しています。

デロイト トーマツ グループの「アスピレーショナルゴール(思い描く未来の姿)」についても教えてください。 ‎

石黒:デロイト トーマツ グループは、「人とひとの相互の共感と信頼に基づく『Well-being(ウェルビーイング)社会』を目指す」というアスピレーショナルゴールを設定しています。これは最終的にはウェルビーイングな社会、ウェルビーイング経営の確立を目指す、という‎長期的な方向性を示したものです。

堂上:石黒さんご自身は、従来のビジネスモデルとウェルビーイングの関係をどう捉えていますか?

石黒:従来のマーケティングやコンサルティングは、「滝型モデル」と呼ばれるトップダウン型が中心でした。企業が主語となり、上から下へと情報やサービスを届けていく一方向の関係性がベースにあったんです。

ところが、イノベーションを生み出している人たちを丁寧に観察すると、彼らには共通点がありました。例外なく、心身ともにウェルビーイングな状態にあるということです。

他者とつながり、壁を越えて安心して挑戦できる環境がある。そうした「新しい結びつき(新結合)」こそが、イノベーションの源泉だと気づきました。だから、ウェルビーイングを実現するうえで重要なのは“コミュニティ”だと言えるんです。

自分にとって居心地の良い場所が複数あること、多様なコミュニティに所属できること。こうした状態こそが、ウェルビーイングの基本だと考えています。

石黒:「ウェルビーイング経営」は、かつては“社員が幸せに働ける、または働きやすい環境”という文脈で語られることが多かったと思います。しかし今は、“経営の持続可能性”そのものになっています。人が幸せに働けなければ、企業の創造性も生産性も維持できない。だからこそウェルビーイングは優しさではなく、企業戦略の基盤なんですよね。

堂上:社員が健やかに働ける状態をつくれる企業ほど、創造性や生産性が高まり、結果として事業も継続的に成長していく。そうした構造が明確になってきていると。

石黒:まさにその通りです。特にミレニアル以降の世代では、“何をするか”より“どんな状態で働くか”が意思決定の基準になってるように感じます。企業がその価値観を見過ごしてしまうと、優秀な人材が離れてしまう。その構造変化は、データを見ても明確なんです。

「幸福」と「経済価値」は対立しない──BE(在り方)から始まる経営戦略

堂上:企業変革の現場を長年見てこられたデロイト トーマツ グループとして、ウェルビーイングという概念をどのように経営の実装レベルへ組み込んでいるのでしょうか。

石黒:私たちの目的は「幸福」と「経済価値」を両立させることです。社員の幸福度が高まれば、結果的に組織の生産性や創造性が向上し、事業成果へつながる。この循環をデータと仕組みで実装しています。

堂上:多くの人は、ウェルビーイングと経済価値は相反すると考えがちです。しかし実際には、両者は同じベクトルを向くはずなんですよね。

石黒:ウェルビーイングなメンバーがウェルビーイングな商品やサービスを生み出せば、人々は自然とその価値に対価を払う、という考えです。

私は長年、「日本の資本主義は DOだからBE(成果を出すから“在り方”が決まる)だ」と言われてきたのをよく耳にしてきました。でも本来は逆なんです。BEだからDO、そして BEだからCAN。自分がどんな状態であるか(BE)が、行動(DO)や可能性(CAN)を決める。日本では、この「BE」の部分がいつの間にか抜け落ちてしまっているように感じます。

堂上:すごく共感します。ウェルビーイングと経済価値は両立しないと考える人はまだまだいます。「ウェルビーイングをやると生産性が下がるのでは」という誤解もありますよね。

石黒:実際には逆なんですよね。データを見ると、ウェルビーイング施策を戦略的に設計している企業ほど離職率が低く、成果が安定しています。つまり、「幸福」と「経済価値」は二項対立ではなく、組織を前に進める好循環を生む両輪です。ちなみにここで大切なのはウェルビーイングな「BE」はなんとなく楽な状態、ゆるい状態ではないということです。

制度よりも“つながり”。対話から始まる組織変革

堂上:ウェルビーイング経営を推進する際、制度を整えることばかりが先行して、形骸化してしまう企業もあります。組織と個人の方向性を一致させるために、本当に必要なものとは何でしょうか?

石黒:まず大切なのは、企業側が「こうありたい」というビジョンを明確に発信することです。それに対して社員が「私はこうありたい」と応える。そこから対話がスタートします。

対話の中で企業側も内省し、「この方向性なら行けるかもしれない」と調整していく。このすり合わせのプロセスが、組織と個人の方向性を揃えていく鍵なんです。

‎一方で、社員が自分自身の成長を諦めないことも同じくらい重要です。昨日より今日、今日より明日へ、少しでも自分の価値が育っていく状態を目指す。「自分はどうありたいのか」という軸を持って前に進むことが、ウェルビーイングの基盤になります。

堂上:上司や同僚と価値観が合わないときは、どう向き合えばよいと考えますか?

石黒:価値観は完全に一致しなくても構いません。ただ、自分とまったく重なる部分がない人や企業というのは、実はほとんど存在しないと思っています。もしそう見えるのだとしたら、それは対話が足りていないだけのことが多いんです。

相手を知ろうとする姿勢、自分自身もオープンになる姿勢。その両方があって、はじめて関係は動き出します。

そして本質的に組織に必要なのは、制度よりもつながりの再構築なんですよね。心理的安全性という言葉も流行しましたが、結局は「安心して話せる空気をどうつくるか」という問いに行きつきます。どれだけ1on1制度があったとしても、そこに信頼がなければ機能しない。重要なのは、どう聴くか、どう信じるかという文化なんです。

堂上:僕自身も組織づくりでは「会話量」をKPIにすることがあります。対話の多いチームほど、成果も幸福度も高いと実感します。

石黒:素晴らしいですね。ウェルビーイングを支えるのは対話です。「大丈夫?」と表面的に聞くより、「最近どう感じてる?」と尋ねるほうが相手の心が開く。その小さな積み重ねが、組織に“つながり”を取り戻していくんです。

オープン×リスペクトが生む心理的安全性

堂上:ウェルビーイングを人事部の施策に留めず、経営レイヤーにまで広げるためには、どのような視点が必要だと考えますか?

石黒:私は「オープン」と「リスペクト」が鍵になると思っています。まずオープンとは、立場や職種を越えて、誰もが自由に意見を交わし合える状態のこと。そしてリスペクトとは、異なる価値観を否定せず、一度受け止めようとする姿勢です。この2つが組織の文化として根づくと、自然と心理的安全性が高まり、「話しても大丈夫」という空気が生まれます。

堂上:おっしゃる通りですね。企業変革の現場では、トップが正解を提示するアプローチよりも、まず相手の経験や価値観に耳を傾け、その背後にある意図や感情を理解することが欠かせません。

石黒:まさにその通りで、ウェルビーイング経営とは「双方向の経営」だと思っています。上下関係や部署の壁を超えて、「なぜそう思う?」と問い合える文化。私も現場で、「提案する時間」より「ともに考える時間」を増やすようにしています。

堂上:組織変革の現場で最も難しいのは、意欲の有無というよりも、“動けない状態にある人たち”をどう巻き込み、どう安心して一歩踏み出せる場に整えていくかですよね。

石黒:変化に対して安全を感じられない人たちもいますよね。だからこそ私たちは「小さく試す」文化を大切にしています。

最初から完璧な制度を設計するのではなく、まずひとつのチームから小さく始めてみる。もし上手くいかなくても責めない。その経験の蓄積が、次の挑戦につながっていきます。

堂上:結局のところ、組織が変わる鍵は個人が安心して手を挙げられる状態をデザインできているかに尽きると思います。「声を出しても大丈夫だ」と思える心理的な土台が整っているかどうかが、挑戦の量も質も大きく左右するのではないでしょうか。

石黒:まさにそこですね。ウェルビーイング経営のゴールは、誰もが安心して手を挙げられる、他者を巻き込める状態をつくること。声を上げたときに、誰かが受け止めてくれる。その信頼の循環こそが、組織をしなやかにし、挑戦の総量を増やしていくんです。

多様性を尊重し受け止め合う、寛容な社会であれるように

堂上:経営者のマインドチェンジを促すためには、どのようなアプローチが必要だと思いますか?

石黒:健康経営から人的資本経営、そしてウェルビーイング経営へ、企業が重視する概念は進化し続けています。もともと健康経営は「医療費の削減」が目的でしたが、今最も企業に影響を与えているのは「メンタルヘルス」の問題です。

人的資本経営では「人は会社の資本」という考え方が広がりましたが、まだ“会社の所有物”のような認識が残っている面もあります。最終的には、社員がウェルビーイングな状態で働ける会社が、必然的に選ばれるようになる。それがウェルビーイング経営の理想だと考えています。

堂上:理念として掲げるだけでなく、実際に社内でウェルビーイングを育てていくためには、どんな取り組みが必要なのか。その実践例もぜひ伺いたいです。デロイト トーマツ グループでは、どんなウェルビーイング推進活動があるのでしょう?

石黒:まず、傾聴・対話を学ぶ必須研修、リーダーの声を届ける機会、そして自己理解を深めるワークショップを多数実施しています。

さらに、コロナ禍で社内のつながりが弱まったことを受けて対話の促進のため強化したのが、デロイト トーマツ グループの共通の価値観をテーマにした「Shared Valuesカード」を利用して対話を増やしてもらう「エシトーク」という取り組みです。

プログラムの一環として、実際に山形県白鷹町での植林活動にも参加したり、東京でも白鷹町の食材を片手に対話をする機会を作ったりもしました。特に植林活動については土に触れ、地域の文化や自然のあり方に向き合うことで、オンラインでは生まれにくい気づきが得られ、対話の質が一段と深く豊かになっています。

山形県白鷹町での植林の様子

堂上:とても健全で素晴らしい取り組みですね。山形のフィールドワークのように、体験を共有しながら価値観を開いていくプロセスは、まさにウェルビーイング経営の核と言えますよね。

石黒さんはもともとスタートアップで働かれていて、デロイト トーマツ グループに転職してクライアントワークをされていた。そして今は社内の組織開発にかかわっておられるとのこと。異動の理由は何だったのですか?

石黒:スタートアップも楽しかったんですが、他の組織がどうなっているのか知りたかったことが大きいですね。今の部門に手を挙げたのは、その時会社が示した方向性と、自分が大事にしたいテーマが一致していたんです。それが異動の一番の決め手でした。

堂上:では今は、石黒さん自身がウェルビーイングな状態なんですね。

石黒:とてもウェルビーイングですよ! 部署をまたいで新しい人と出会えることが刺激になりますし、「ウェルビーイングチームとコラボしたい、メンバーとなって一緒にやりたい」という声がかかることが本当に嬉しいですね。この役割を担えることも、私にとってはすごく幸せです。

堂上:最後の質問です。2030年、2050年にはどんな社会をつくたいですか? ‎

石黒:私は、“もっと寛容な社会”であってほしいと願っています。価値観の違いに対してすぐに反応したり、批判したりするのではなく、「そういう考え方もあるのか」と受け止め合える社会が理想ですね。

今マレーシアに住んでいて、多様な文化や宗教に触れるなかで、自分自身も以前よりずっと寛容になったと感じます。日本には独自の文化や価値観があり、それは素晴らしいことですが、これからはもっと多様な視点を取り入れられる余地があると感じています。より開かれた社会へ向けて、少しずつ歩みを進めていけたらいいなと思っています。

堂上: 石黒さんのお話を伺って、ウェルビーイングは日々の対話や寛容さの積み重ねから築かれていくんだと改めて感じました。異なる価値観を尊重し合い、人が安心して声をあげられる社会。その礎をつくるのは、今日のような一つひとつの対話だと思います。本日は、貴重なお話をありがとうございました。

iUの学生たちと。対話からたくさんの気づきが生まれた時間でした

石黒さんが登場した記事はこちら

「People First」を掲げるデロイト トーマツ グループ。メンバーと語った組織のWell-being〈前篇〉

デロイト トーマツ グループが実践する「傾聴」と「対話」が生むWell-beingな取り組みとは〈後篇〉

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