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「75歳以上のばあちゃんたちが働く会社」を創業! 大熊充が語る、人生を自分で決める幸せの形

高齢化率が7%を超えると「高齢化社会」と定義されるが、日本はすでにその段階を大きく超えており、65歳以上が人口の約3割を占める「超高齢社会」に突入している。

そのような時代にあって、福岡県うきは市には、75歳以上の高齢女性たちが生き生きと働く、ひとつの小さな会社がある。その名も〈うきはの宝〉。

立ち上げたのは、1980年生まれの大熊充さんだ。

「高齢者を守るべき存在として扱うのではなく、社会の“仲間”として迎え入れる」――そんな思想のもと、大熊さんは既存の労働観や社会的役割のあり方に問いを投げかける。

今回は、“九州のいいヒト、いいコト、いいシゴト”を通してウェルビーイングのかたちを探るメディア「クオリティーズ」編集長・日野昌暢が、大熊さんと語り合いながら、その思想と実践の根底にあるものを掘り下げていく。

 

大熊 充さん

うきはの宝株式会社 代表取締役・デザイナー

1980年福岡県うきは市出身。社会起業家育成のボーダレスジャパン主宰のボーダレスアカデミーを修了した後、2019年に、75歳以上のおばあちゃんたちが働ける会社〈うきはの宝株式会社〉を設立。

https://ukihanotakara.com/

日野 昌暢

クオリティーズ編集長

1975年福岡県福岡市生まれ。2000年に博報堂入社。14年間の営業職を経て2014年より博報堂ケトルに加入。2020年、九州を取材テリトリーにしたローカル発Webメディア Qualities(クオリティーズ)を企画プロデュースし、創刊編集長となる。

https://qualities.jp/

ばあちゃんビジネスを立ち上げるまで

日野:大熊さんは2025年4月に一冊の本を出版されました。タイトルは『年商1億円!(目標)ばあちゃんビジネス』(小学館)。これまでの取り組みと、その現在地を一望できる内容でしたが、出版後の反響はいかがでしたか?

大熊:ビジネスだけでなく、福祉、行政、研究者など、幅広いジャンルからの反応があって驚いてます。

日野:それだけ大熊さんが取り組んでいる事業が、多様な側面からアプローチし得ることの表れでもありますよね。

そもそもから聞きたいのですが、大熊さんはなぜ「ばあちゃんたちが働く会社」を立ち上げることになったのでしょうか。

大熊:26歳の時にバイクで大きな事故を起こして、入院することになりました。結果4年間の入院になったんですが、これだけ長期に渡ると、最初はお見舞いに来てくれていた家族や友人の足も遠のくし、自分自身の将来も見えなくて、本当に鬱々とした状態で……。

そんな固く心を閉ざしていた僕の気持ちを無視して、ズカズカと話しかけてくる人たちがいたんですよ。それがばあちゃんたちでした。「若かとにどがんしたとねー」って、こっちが聞きたいですよ(笑)。最初は無視していましたが、やがて根負け。なんとなく話をするようになっていきました。

日野:ばあちゃんたちのコミュニケーション能力に負けたと言うか、助けられたというか。

大熊:すぐに物事が好転したわけではありませんでしたが、ずっと心のどこかに残っていたんでしょうね。退院後、グラフィックデザインとソーシャルデザインを学んで、社会課題に取り組みたいと考えるようになりました。たくさんの社会課題解決を事業にしてきた、株式会社ボーダーレス・ジャパンのアカデミーに参加して、自分自身のビジネスの素案を作りました。地元であるうきは市の地域活性化を促すようなアイデアだったのですが、代表の田口一成さんに「そのアイデア、5点」と言われたんです。10点中の5点かと思ったら、100点満点の5点でした。

日野:なかなか厳しい(笑)。

大熊:ダメ出しされた理由は、対象者がまったく明確になっていなかったことでした。「地域をよくしたい」という漠然としたビジョンしかなかったんです。自分は地域のどんな人の、どんな課題を解決したいと考えているのか……その時に頭に浮かんできたのが、あの病院で出会ったばあちゃんたちの姿でした。僕が何かできるとしたら、まずは彼女たちとの関係性から出発すべきなのではないか、そう思ったんです。

いま興味があるのは、「人の活性」

日野:大熊さんのすごいところは、ここからデータを見るだけでなく、徹底的に当事者であるじいちゃん、ばあちゃんたちの話を聞いたことですね。高齢者の方たちのための無料送迎サービス「ジーバー」を始めて、送迎を手伝う代わりに話を聞かせてもらう仕組みをつくった。

大熊:延べでいくと、5000人くらいの方に話を聞かせてもらったでしょうか。本当におもしろかったですよ。自分に見えている世界とは、まったく違っていました。話を重ねるうちに、問題の本質は「孤立」と「生活困窮」に集約できるのではないかと考えるようになりました。だったら、ばあちゃんたちと一緒に働ける会社をつくればいいんじゃないか──そう思って立ち上げたのが「うきはの宝株式会社」。“うきはの宝”とは、ばあちゃんたちのことです。

日野:それが2019年ですよね。それからトライアンドエラーを重ねながら、ばあちゃんご本人が店主を務める「ばあちゃん喫茶」や、全国に購読者を持つ「ばあちゃん新聞」の発行など、ユニークな事業に取り組んでいらっしゃいます。最近は、どのような課題感を持っているんですか?

大熊:変わらずばあちゃんたちと地域に関わる事業に取り組みつつ、解決すべきは「高齢者」と「地域」にとどまらない問題と考えるようになりました。

よく誤解されるのですが、「ばあちゃんと働く」ことについて企業の人と話すと、労働力としての高齢者とか、頭数としての高齢者というところに行きがちで。確かに働いてもらうんだけど、僕たちのイメージとはちょっと違うんですよね。

日野:なるほど。そこの違いについてもう少し詳しく聞かせていただけますか?

大熊:僕は、「前向きに働くこと」そのものに意味があると考えているんです。だから働けばなんでもいいってわけじゃない。70代80代の人たちが前向きに働いて、楽しそうにしている様子に、歳の離れたばあちゃん喫茶のお客さんや、ばあちゃん新聞の読者から「わたしもこうありたい」という声がよく寄せられます。どんな年代のどんな人も前向きに働きたいと考えているってことです。これは労働についての問題提起や啓蒙にもなっているんじゃないかと最近感じています。つまり、どういう状態だったら人が活性化するかに興味があるんです。人が活性化すれば、おのずと地域も活性化していくと思います。

ほどよいストレスが、「もうちょっと」を促す

「ばあちゃん喫茶」 日替わりのランチメニュー

日野:今日は「ばあちゃん喫茶 春日ぶどうの庭店」でランチをいただいたのですが、とてもおいしかったです。しかも様々な年代の方で満席ですね!

大熊:おかげさまでご好評いただいております。ばあちゃんたちも、ある種の“プレッシャー”を感じながら楽しく働けているので、それがなによりかなと。

日野:そこの“プレッシャー”ですよね。大熊さんは、ばあちゃんたちをビジネスパートナーとして、しっかり会社の数字や売上、目標なども開示されている。また、ばあちゃんたちに対して、「働く上で、ほどよいストレスが必要」というお話もされています。

大熊:「ばあちゃん喫茶」は、毎週土曜日のお昼にオープンして、毎回絶対15食を完売させると決めています。原価も30%以内に収めるよう相談して、メニューを決めてもらっています。「もうちょっと売りたい」とか「もう少しやりたい」という気持ちは、がんばるモチベーションになると思うんです。

日野:ほどよいストレスがモチベーションにつながる、と。

大熊:ええ。実際、いつもみんなで楽しく工夫しながらやってます。ちゃんと利益を出すにはどうしたらいいか。今日も「本当は牛肉を使いたいけど、予算があるから豚肉にした」と店主のばあちゃんが言っていました(笑)。もちろん、お客さんに喜んでもらうにはなにをすべきかを一番に考えてますよ。

この日の店長は85歳の高久保瑞子さん

大熊:高齢者になると、“保護される立場”に置かれることがままあります。誰かに保護されなければいけない高齢者もいる。でも、みんながみんな、そうではない。保護する必要もない人を過剰に守り続けると、無気力になるんです。これは僕の入院経験からもそう。一方的にお世話される立場は、ノンストレスであったとしても実はやる気を奪ってしまう。いま高齢者の中には、独居でストレスもないけれど、やることがない方も多いんです。

日野:やることがある、ということが幸せにもつながる。ここにいるばあちゃんたちの活気ある姿を見ると、大熊さんのいまの話がすごく理解できます。みなさん、本当にお元気じゃないですか。その“元気”に惹かれて、それに触れたくて、お店は賑わっているんでしょうね。ここに来ると思わずつられて楽しくなります。

人生を自分で決めるって、すばらしい

日野:最近は“利他”という言葉が注目されたりもしますが、大熊さん自身のモチベーションはどこにあるんでしょうか?

大熊:僕には利他の精神ってないですね。誰のためとはあんまり考えてなくて、自分のためにやっていることが、結果的に人のためになっていくというふうに考えています。そもそも、この事業は誰かに頼まれてやっているわけではない。世の中の誰にも期待されずに、世の中にいままでない事業をやってるんです。それって、怖いです。怖いけど、おもしろいです。結局自分で決めたからやっているんですよね。

やらされるのは嫌なんです。決めることがしんどいって人もいると聞きますが、僕はまったくない。自分の人生を自分で決められるって、すばらしいことじゃないですか。だから、いま幸せですね。

日野:大熊さんは、5,000人もの方の声を聞きながら事業の構想を練ってこられたということですし、いまもいろんな方々の話に耳を傾ける“癖(へき)”はある。でも、決定は他の人に委ねませんね。

大熊:そうですね。意識的に人の話を聞くように訓練しましたが、確かに最後は自分で決めます。なかなかない事業なんで批判的なこともたくさん言われますが、次の日には忘れるようにしてます(笑)。

相変わらずばあちゃんのナンパを続ける理由

日野:仕事以外に趣味ってあるんですか?

大熊:うーん、なんだろう。切手を集めるのが好きですね。

日野:それは意外!

大熊:デザイン事務所で起業したように、そもそもデザインが好きなんです。切手のデザインが魅力的で、小さい頃からずっと集めています。いろんな記念切手があるんですよ。イチローが日米通算安打数の世界記録更新の時のものとか、天皇陛下が即位した時のものとか。

あ、そうそう。最大の趣味を忘れていました。ばあちゃんのナンパです。

日野:えっ!

大熊:いつでもどこでもばあちゃんに声を掛けます。「それ田舎だからできることでしょ?」と言われますが、東京でだってできますよ。

コツですか? 最初の第一声が大事なんです。声が大きいだけでもなく、懐に入り込む声の掛け方があるんです。ばあちゃんたちが声を掛けやすいオーラを出すという方法もあります。

日野:ちなみに、なんのためのナンパですか?

大熊:仲良くなって友達になりたい、ですかね。最近は詐欺も多いので、もちろん気を付けてお話しますが、世間話自体が楽しいんですよ。仲良くなったら、ばあちゃん新聞を差し上げたり、そこから話が広がって連絡先を交換したりもします。

日野:なるほど。趣味と仕事が直結していると言えなくもない。

大熊:ばあちゃん友達がたくさんいるので、結果的にうちの会社には高齢な方たちのインサイトがたっぷり蓄積されています。それは、どんな大きな会社のビッグデータも敵わないと思いますよ(笑)。

文:浅野佳子
写真:東野正吾

 

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