ホースローグ2日目は、葛藤の連続
2日目は、昨日の体験から、気持ちだけやる気になっていた。そして必ず馬との対話を成立させるぞ、と気持ちをたかぶらせていた。けれども、そんな気持ちをよそに、僕のホースローグ2日目も、僕の中では内省とともに、自分との対話で発見と学びの連続だった。
僕は常日頃、「相手の立場に立って考え行動する大切さ」を意識していたし、やろうと思っていた。ビジネスでも、日常の人間関係でも、僕たちはこの言葉を簡単に口にする。けれども、ホースローグの2日目は、僕がこれまでいかに自分本位にその言葉を使っていたか、そして「他者の観察が全くできていない」ことに気付かされた。
午前中は、「無になり、ウマ語で、馬との間合いを測る」体験をする。まずはじっくりと馬を観察し、自分自身の心を一度「無」にすること。そうして静かに自然の一部となることで、馬がこちらを受け入れてくれる絶妙な距離感を互いに分かち合う。それが本来の目的だった。けれども、僕は馬の様子を深く観察することもせず、自分の都合とペースで、ズカズカと馬のパーソナルスペースに踏み込んでいってしまった。馬は、言葉を話さない代わりに全身でサインを出してくれていたにもかかわらず。耳の角度、ピクリと動く皮膚、視線。僕の動きに対して、馬の耳は明らかに警戒し、反応していたそうだ。後から、みんなの振り返りで教えてもらった。それなのに、僕はその微細なサインにまったく気がつかなかった。いや、正確に言えば「見ようとしていなかった」のである。僕が馬の近くまで受け入れてもらいたい、という気持ちで、僕は普段の「土足でズカズカと入っていく」感じでやってしまったのである。これは、僕にとってのエゴである。
なんで、冷静に無になる、ということを意識しなければいけなかったのに、馬場に入ったら、時間と気持ちだけ焦ってしまったのだろうか?馬と対話したかったのに、僕はこの余白を持つことができなかった。お昼ご飯の時間だから、早くウマもご飯食べたいんだろうな、と勝手に解釈してしまっている自分がいた。
僕はこれまでの人生や仕事において、「主観でものごとを判断し、行動が先に出ていた」そして、「見ないで良いものは見ない」ようにして、効率的に物事を進めてきた感覚がある。これも、1日目で感じた防衛本能だったり、生存本能という言い訳だったのだろう。波風を立てないため、あるいは自分の目的を最短距離で達成するために、あえてノイズになりそうな他者の微細な感情やサインをシャットアウトしてきたのだ。自分にとってマイナスになると思った人やビジネスにおいて、自然と排除していたのかもしれない。
「相手の気持ちに立つことが大切だ」と綺麗事を言いながら、結局のところ、僕は自らの意志と欲求を満たすことだけにフォーカスしていた。馬のサインを無視して突き進んだ僕の姿は、まさにその内面を映し出す鏡そのものだった。ここで反省と葛藤が続く。
午後は、お昼を挟んで、見えなかった領域にまでアプローチしてアンラーニングを促す問いの立て方や癖を知る。それも、やはり自分の思い込みや主観で判断しようとしていた自分に気づく。
その後、僕らは丸い馬場に移動して、「気」で馬を走らせるミッションを実施した。
上滑りする心と届かないエネルギー
午後のミッションは、さらに難易度が上がっていく。馬に触れることなく、自らの「気(エネルギー)」だけで馬を走らせるというワークだった。達人は、ムチを使わずに、目だけで走らせることもできるらしい。
1日目と午前中の反省を踏まえ、今度こそはと「気持ちで走らせよう」という強い意志を持って臨んだ。僕は馬に「気合い」でなんとか動かせると思っていたのだ。そんな中、その強い気持ちの裏側で、僕の心には小さな「迷い」が生じていた。「本当に動いてくれるだろうか」「どうすれば正解なのだろうか」
心に迷いを抱えたまま、表面だけ「強く」命令を発してみるものの、その声や佇まいは馬にまったく届かない。形だけは強いリーダーシップを演じているけれど、足元が浮いているような、流れの中で完全に「上滑り」している状態。僕の内面のブレを、馬は一瞬で見抜いていたのでしょう。結果として、馬はぴくりとも動いてくれなかった「動かせ」という自分の欲求に執着し、馬の反応を見る余裕など微塵もない。無意識のうちにリズムを崩し、ただただ単調に、そして執拗にムチを振り回し続けてしまっていた。
難しい。そして、自信満々だった僕は、残念すぎる結果にモヤモヤした「迷い」が生まれてきた。僕は最近、短期的な成果を求めるあまり、チームメンバーや組織に対して「自律した行動と成果」を焦ってしまっていた。ウェルビーイングは儲からない、という言葉を打ち破るために、ビジネスでウェルビーイング産業を発展させるという行動で焦っていたのである。そんな中、僕は観察や対話を怠り、行動と成果を重視した従来のリーダーシップ行動になっていたのだろう。何が今の自分の正解か? 博報堂という大きな組織に抗い、小さなスタートアップの経営をしている今、僕は「今、何をどのように進むことが良いのか?」そんなモヤモヤが生まれた。
けれども、まずは馬と対話したい。そして、その馬が走ってくれるという状況を体感したい。そんな気持ちで、一度モヤモヤを捨て去り、僕が、気(エネルギー)を放出する感じをイメージした。そして、素子さんに、どうやって馬が走ってくれるか、お話をおうかがいして、再度挑戦をさせて頂いた。一番簡単なのは、馬に恐怖で動いてもらうこと。正直、恐怖で走らせることは嫌だったが、まずはミッションをコンプリートしたかった。素子さんからサポートを頂きながらの再チャレンジ。
一度深く息を吐き、気持ちを落ち着かせる。今度は地に足がついた状態で、最初は優しくアプローチし、徐々に強く、間合いを詰めていきながら、さらに強めていく。グラデーションのように自分のエネルギーを変えていく。
その時、馬がついに動き出し、いっきに走り出してくれた。
「動いた……!」
その瞬間、僕の胸には「走ってくれてありがとう」という感謝と、純粋な嬉しさが込み上げてきた。同時に、ミッションをクリアできたことへの安堵感(ほっとする気持ち)が広がった。
けれども、僕が望んでいたのは、このような形での「成功」ではない。僕が目指したかったのは、僕の「気」が馬の心に届き、お互いの意思が通じ合った結果として、馬が自然と走り出してくれる状態だ。もっともっと、自分の気の使い方、強弱をコントロールできるようにならないと、一定のリズムの気は抑揚のない棒読みの朗読と同じだと気付かされたのだ。
今回の体験は、ビジネスにおけるチームビルディングやマネジメント、そして「Well-Working(自分らしく働く)」のあり方にも、あまりにも重なる部分が多い学びの連続だった。
僕たちは、目標達成という「ミッション」を前にしたとき、ついつい相手をコントロールしようとしてしまったり、マウント合戦になったり、競合に勝ちたいという争いになってしまう。周りの関係者との微細な動きや変化に気づかぬまま、正論や指示をズカズカと押し付けたり、表面上の強い言葉で引っ張ろうとして上滑りしたりしていた自分に気づかさるものだった。そして、何よりも「スピード優先」と思ってしまい、なんでも早く焦る、というのも馬に見透かされた。
「自分が10人分の仕事すれば良い」と言って自分の余白を無くしたり、仲間にプレッシャーを与えて動かして、それを「メンバーが主体的に動いてくれた」「マネジメントが成功した」と勘違いしてしまう環境があるのだろう。これは、 ウェルビーイングな状態とは言えない。
本当に大切なのは、小手先のテクニックやプレッシャーではなく、自分自身の内面を「無」にし、純粋に相手を観察し、迷いのないクリアな「気」を届けること。恐怖ではなく、信頼と共鳴によって自然と相手が動き出すような、そんな関係性を築くこと。ホースローグ2日目が教えてくれたこの痛烈な学びを、僕は心に留めて動く。
僕の「気」が、人と自然に通じ合うその日まで、この内省の旅は続く。もう2日間で、僕の「気」は変わっていくのを感じている。
焦らず、弛まず、怠らず。
もっと、ゆっくり。もっと、ゆったり。

堂上 研 株式会社ECOTONE代表取締役社長 Wellulu編集長
株式会社ECOTONE代表取締役社長
ウェルビーイングメディアWellulu編集長
情報経営イノベーション専門職(iU)大学教授
日本イノベーション協会 理事
私生活では、3人の子供の父。趣味は、スポーツとアート。