
東京都心に佇む築約100年の洋館「九段ハウス」。この歴史的建築を舞台に、人と自然、都市と暮らしの新たな関係を模索しながら場づくりを行っているのが、都市の緑化とコミュニティ創出を手がける東邦レオ株式会社の長島あかりさんである。
建築を学び、緑化の世界に身を置き、そして現在は「女将」として九段ハウスの運営を担っている。そのユニークなキャリアの背景には、仕事と暮らしを分け隔てずに捉える独自の視点と、家族や仲間と共に生きることへの深い想いがある。
長島さんが歩んできた道のり、そしてこれからの社会に対する展望について、Wellulu編集長の堂上研が話を伺った。

長島 あかりさん
東邦レオ株式会社 九段ハウス責任者

堂上 研
株式会社ECOTONE 代表取締役社長/Wellulu編集長
1999年に博報堂へ入社後、新規事業開発におけるビジネスデザインディレクターや経団連タスクフォース委員、Better Co-Beingプロジェクトファウンダーなどを歴任。2023年、Wellulu立ち上げに伴い編集長に就任。2024年10月、株式会社ECOTONEを立ち上げる。
自然のなかに“自分たちの居場所”をつくる楽しさ
堂上:いやあ、先日九段ハウスにお伺いしたとき、本当に素敵な空間でびっくりしました。ちょっと緊張されているかもしれませんが、リラックスがてら、まずは自己紹介も兼ねて「今、いちばん楽しい時間」ってどんなときか、お聞きしてもいいですか?
長島:いちばん好きな時間は、キャンプですね。
堂上:お、キャンプ。家族で行かれるんですか?
長島:家族や、友人の家族と一緒に行くことが多いですね。うちは小学生の娘が2人いて、今は2年生と5年生なんです。私は東京生まれの東京育ちで、いわゆる“シティガール”だったんですけど、上の子が3歳のときに夫に誘われて初めてキャンプに行ったら、すっかりハマりました。今年の夏も長野に行く予定です。
堂上:旦那さんがアウトドア好きなんですね。うちも似たような感じで、今は高校生の娘が小学生の頃に、同級生の家族に誘われて初めてキャンプに行って、それ以来ハマっちゃって。今では毎年、富士山が見える山梨方面に行ってるんですよ。
長島:うちも最初は富士山が見えるキャンプ場でした。「このロケーション、贅沢すぎる!」って(笑)。改めて富士山の良さを再発見するというか。
堂上:わかります。子どもたちと行くキャンプは、どんな時間がいちばん楽しいですか?
長島:家ではない場所で、たとえば外でごはんを食べたり、テント立てたり……みんなで協力しながら、そういう“家族らしい時間”が持てるのがすごく楽しいですね。
堂上:キャンプって、あのちょっとした不便さが楽しいんですかねぇ。長女が中学生くらいの頃、「なんでわざわざお金払って自然に行くの?」って聞いてきたことがあって。「確かに」って思いました(笑)。
長島:私も最初は「ホテルで楽すればいいのに、汗かいて労働して、なんでこれが楽しいんだろう」って思いました。でもやっぱり、自分たちの“空間”をつくれる楽しさが大きいかもしれません。家を一から作るみたいな。テントや道具を使って、自分たちで心地よい空間や時間を設計していく。そうやって満足感が得られるのがキャンプの醍醐味なのかなと。
堂上:なるほど、“自分たちの居場所”を自然のなかにつくっていく感覚ですね。ちなみに、小学生の頃のあかりさんって、どんな子だったんですか?
長島:小学校ではサッカーをしていました。2年生から6年生まで、学校に女子チームがあって、キャプテンもやっていたんです。でも、中学で私立の女子校に進学してからはサッカー部がなくて、そこではダンス部に入りました。
堂上:なんとなく、リーダーっぽい雰囲気があるなと思ってたんですよ。以前お会いしたときも、人を引き寄せる空気感というか、経営者タイプというか……「人たらし力」があるというか。
長島:そうですか(笑)。でも、あんまり意識していないですね。ただ、「誰もやらないなら私がやる」みたいな責任感は、昔からあるかもしれません。やるからにはちゃんとやりたいし、どうせなら楽しみたいですしね。
“人が集う場”をデザインする仕事
堂上:中高一貫校から、そのまま大学へ進まれたんですか?
長島:いえ、大学は付属のない学校だったので、受験して建築学科に進みました。
堂上:建築ですか! じつは九段ハウスを見て、建物や空間への関心が強い方なんだろうなと感じていました。
長島:きっかけは、中高の校舎の建て替えでした。通学中に工事が進んでいく様子を見ていて、新校舎が完成したときに「すごい!」と感動しました。それに、担当していた鹿島建設さんが説明会を開いてくれたことも印象的で、「建築って面白そうだな」と興味を持ち始めたんです。
堂上:僕も昔は建築士に憧れていました。結果的に違う道に進みましたが、建物が持つ意味や形、建築デザインには今でもすごく惹かれます。長島さんは建築を学ぶなかで、どんなことに関心を持ったんですか?
長島:設計やデザインも面白かったんですが、私は特に「環境」に関心がありました。建物って壊してまた建てて……というサイクルが環境に与える負荷も大きいですよね。ですから、就職するなら「建物に関わりながらも、環境に貢献できる仕事をしたい」と思っていました。
堂上:そこで出会ったのが東邦レオだったんですね。
長島:はい。最初は「何をしてる会社なんだろう?」と正直よくわからなかったのですが、社員のみなさんがとてもイキイキしていて。「自分で考えて動ける会社なんだな」と感じて、ここで働いてみたいと思いました。
堂上:仕事選びは、「何をするか」より「誰と働くか」が大事だとよく言われていますよね。
長島:本当にそう思います。一緒に働く人たちが魅力的で、「この人たちとなら楽しく仕事ができそう」と感じたのが、入社の決め手になりました。
堂上:実際に入社してからは、どんな業務に携わっていたんですか?
長島:最初に配属されたのは、建物の緑化した空間の維持管理を行う「植栽管理」の部署でした。お客様先の建物内の緑を、継続的に手入れしていく仕事です。私が担当していた頃で最大全国270件ほどの物件を管理していました。
堂上:ホテルや屋上庭園などでしょうか?
長島:はい。今は法律で新築建物に一定の緑化が義務付けられているのですが、都内では敷地が限られるため、壁や屋上に緑を取り入れることが多いです。でも、人工的につくられた緑だからこそ、人の手による丁寧な管理が必要になります。そこで東邦レオが設計から管理まで一貫して行っているんです。そういう部署で14年間仕事をしていました。当時、その法律などが後押しになって、事業はどんどん拡大していきましたよ。
堂上:ちょうど法整備や社会的なニーズが追い風になっていた時期でしょうか。いわば「第二創業期」だったんですね。タイミングもあって「新しいことに挑戦しよう!」という雰囲気だったからこそ、ワクワクできる環境があったのではないでしょうか。
長島:まさにその通りでした。失敗も許される環境で、チャレンジ精神にあふれていて、とにかく働くことが楽しかったです。
“緑”がつなぐコミュニティ。東邦レオの新しい挑戦へ
堂上:緑化といえば、子どもの通っていた小学校が、渋谷区で初めて校庭を芝生化したモデル校だったんです。たまたま同級生のお父さんがPTA会長で、「手伝ってよ」と言われて気軽に引き受けたら、ボランティアで校庭管理をすることになりました。
長島:えっ、それは大変でしたね。
堂上:しかも、管理マニュアルもない状態だったので、芝刈りの頻度や当番制まで僕が一から考えてマニュアルを作ったんです。「これ、普通にビジネスになるのでは?」って思いながら(笑)。でも、そのおかげで芝生を維持する大変さも、そこで生まれる“人と人とのつながり”も経験できたんですよ。
長島:コミュニティが生まれていったんですね。
堂上:そうなんです。保護者同士がつながって、子どもたちと一緒に芝を育てる。最後には校庭でキャンプイベントまでやりました。商店街の人たちが食材を持ち寄り、焼き鳥とかカレーとか作って、100世帯ほどで泊まったんですよ。
長島:すごい! 最高じゃないですか。
堂上:でも、真夏のテントは地獄でした(笑)。暑さと蚊のダブルパンチで「もう二度とやらん」と心に誓いました(笑)。
長島:それでも、そんな経験ができたってすごく貴重ですよね。じつは当時、東邦レオも校庭の芝生化プロジェクトに携わっていたんです。
堂上:そうだったんですね! ただその後、コロナで校庭が使えなくなってしまって……。芝生の管理は続けないといけないのに、子どもたちは遊べない。PTAで芝刈りはするけど、子どもは入校制限されるという矛盾があって。「ありがとう」って言葉が消えてしまったのが、何よりつらかったです。やっぱり、緑を通じたコミュニティって“人がいてこそ”だと思います。
長島:おっしゃるとおりだと思います。東邦レオでも、ただ管理するだけではなく、「この緑をなぜつくるのか」という原点に立ち返ってプロジェクトに取り組んでいます。今では緑をつくる技術会社にとどまらず、不動産開発の初期段階から“人の暮らし”をプロデュースする役割にシフトしているんです。
堂上:なるほど。緑を「つくること」自体が目的じゃなくて、“人が集い、つながる場”をどう生み出していくか、ですね。
長島:はい。“人がコミュニティを形成するために必要な緑はどうあるべきか”から考えて設計する。それが、東邦レオの「第三創業期」にあたる取り組みであり、それを象徴する場のひとつが、まさにこの「九段ハウス」なんです。
都市と自然の交わる場所
堂上:長島さんは、九段ハウスのいわゆる館長的な存在ですか?
長島:そうですね。社内では「女将」と呼ばれています(笑)。
堂上:女将! 何代目になるんですか?
長島:私で4代目です。2018年に東邦レオがこの建物のリノベーションに関わり、その後20年契約で運営管理を担うことになりました。文化的価値を守ると同時に、経済的にも自立していかなければ存続できない。私は今、その両立にチャレンジしています。
堂上:もともと、九段ハウスはどんな歴史を持っているのでしょうか?
長島:1927年に新潟県出身の実業家・山口萬吉さんが自宅として建てた洋館で、2018年までは代々ご家族が住まわれていました。現在のオーナーさんであるお孫さんが「この建物を未来に残したい」と強く願っておられたなかで、私たち東邦レオが出会い、東急、竹中工務店と共にビジネス活用を通じて保存していく提案をしたところ、共感をいただきました。
堂上:それで一棟貸しとしての運用が始まったんですね。
長島:はい。まずはブランドの価値を築いていくことを目指し、その第一歩としてルイ・ヴィトンさんにご利用いただきました。さまざまなブランドの価値を高めるための場所であるためには、展示施設のような“公開”ではなく、クローズドな空間としての魅力をどう整えるかが重要なんです。
堂上:素晴らしいです。じつは息子のサッカーの練習試合でこの近くの中学校に通っていて、通るたびに保護者で「この洋館かっこいいよね」と話していたんです。今回の対談が決まって息子に「今度あそこに入ることになったよ」と言ったら、すごくすごく羨ましがられました。
長島:わぁ、うれしいです。ブランディング、うまくいっていますね(笑)!
長島:これまで長くクローズドなイベントスペースとして運用されてきた九段ハウスですが、2025年の夏、新しいチャレンジをします。東京大学と連携して、小学生向けの自然探求プログラムを実施する予定なんです。
5日間、小学1〜3年生の子どもたち30〜40名に、庭師さんと一緒に庭仕事を体験してもらったり、200年の樹に触れてもらったり。都心にいながら自然に触れる体験を通して、感性や創造力を育ててほしいと考えています。
堂上:面白そうですね。都会で育つ子どもたちにとって「自然って面白い」と思えるような場所があるって、とても貴重です。
長島:「自然ってなんか良いよね」とはよく言われますが、「なぜ良いのか」を明確に説明するのは難しいんですよね。だからこそ、私たちが培ってきた技術やノウハウを活かして、社会に可視化できる形で発信していきたいと思っています。今回のプログラムとは別に、庭園の微生物を調べる研究も進めています。
堂上:へえ、それは面白いですね。100年続いている庭にどんな生態系があるのか、個人的にすごく興味があります。
じつは「エコトーン」という社名も、生物学でいう“あわい”から取っているんです。山と海の間にある、生態系が交わるエリアが「エコトーン」と呼ばれる。異なる存在が混ざり合う“あわい”だからこそ、新しい価値が生まれる。まさに九段ハウスのような場だなと思います。
長島:ここに来た子どもたちが「楽しかった」と記憶に残ることが、未来につながる。そんな場づくりができることに、私も強いやりがいを感じています。
堂上:めちゃくちゃ共感します。Welluluでも、人と人との共創から新しいウェルビーイングの形を探っていきたいと思っています。夏休みのプログラム、ぜひ見学させてください。そして九段ハウスで連載、やりましょう!
長島:そんなふうに言っていただけるのは本当にうれしいです。今後ともぜひ、九段ハウスにご注目ください!
遊びも仕事も混ざり合う、“共感”が循環する社会へ
堂上:最後に、これからの展望について伺いたいです。未来に向けて「こういう社会になってほしいな」「自分はこんな社会をつくっていきたい」というビジョンはありますか? 東邦レオでやりたいことでもいいし、あかりさんご自身の“ライフモデル”みたいなものがあれば、ぜひ聞いてみたいです。
長島:そうですね……。私は東邦レオに入ってから、いい意味で“公私混同”しながら働いてきました。家族を連れて仕事場に行くこともありましたし、子育てと仕事を並行して進めるのが自然な形だったんです。
中高時代の友人たちも、今いろんなステージで働いていて。そんな人たちと、年齢やライフステージ関係なく、一緒に何かに取り組むことがもっと当たり前になったらいいなと思います。一緒に遊ぶのはもちろん、「一緒に働く」ってもっと深いつながりが生まれると思うんです。
堂上:仕事も遊びもシームレスにつながっていて、コミュニティの輪が自然と広がっていくようなイメージですね。出入り自由で、友人が友人を連れてきて、また新しいつながりが生まれていく。
長島:まさにそうです。「誰かと一緒に生きる」っていう感覚で、働くことも暮らすことも進めていけたら、すごく幸せだと思います。
堂上:“共感の連鎖”が生まれて、どんどん新しい出会いや挑戦が広がっていきますよね。Welluluでも、出演された方が「すごく楽しかった!」と言って、次のゲストを紹介してくださることが多くて。あかりさんとの出会いも、偶然のようで必然だったと感じます。
長島:本当に共感できる人と一緒に仕事ができたら、すごく幸せですよね。そんな関係性をもっと増やしていきたいと思っています。
堂上:ちなみに今、「やったことないけど、挑戦してみたいこと」ってありますか? これまでもたくさん挑戦されてきたと思うんですが。
長島:うーん……今パッとは思いつきませんが(笑)、でも「やってみたい」って思ったときには、すぐに飛び込める自分でいたいと思っています。
堂上:素晴らしいですね。新しいことを始め続ける人って、まさにウェルビーイングな生き方をしていると僕は思っていて。僕も最近、家族に勧められてサーフィンを初体験したんです。全然立てなかったけど(笑)、自然のなかで新しいことにトライするだけで、気持ちがすごくリフレッシュされました。
長島:わかります。子どもに「教える」ではなく、「一緒にやる」って、すごく豊かな体験になりますよね。
堂上:まさに! 子どもに「パパ、下手だったね〜」って言われながらも(笑)、一緒にやったことがきっと思い出になる。それがとても大切なことだと思うんですよね。
長島:私も、毎朝の習慣にしているラジオ体操に、子どもが参加することがあります(笑)。
堂上:えっ! ラジオ体操が習慣なんですか? それはすごい。
長島:基本は1人ですけど(笑)。あれ本当にいい体操ですよ。10分で体が整うし、疲れない。子どもの頃は“やらされてる感”が強かったけど、大人になってからこそその価値がわかってきて、できるだけ毎朝やるようにしてます。
堂上:めちゃくちゃ良いですね! 僕も今度から習慣にしてみようかな。最近、息子のサッカーの朝練に付き合うために毎朝公園に行くんですが、ラジカセを持ったおばあちゃんを筆頭にみんなでラジオ体操をするという自然発生的なコミュニティを見ます。いつの間にかふらっと集まってきて、体操だけして帰って行くんです。
長島:私も同じ光景を見たことがあります。“言葉のないコミュニティ”ですよね。世代も立場も超えて自然に集える場って貴重ですよね。
堂上:それこそ、ウェルビーイングな社会の原型なのかもしれないですね。共感し合って、混ざり合って、新しい何かが生まれていく。そんな暮らしや働き方を、これからも一緒につくっていきたいです。
長島:はい、私もそう思います。一緒に未来を育てていきましょう。
東京生まれ。中高一貫校での校舎建て替えに触れた経験をきっかけに、建築の道を志し建築学科に進学。大学在学中は設計・デザインに加えて、建築と環境との関係性にも関心を深める。
卒業後、東邦レオ株式会社に入社し、約14年にわたり、主に建築物の緑化空間の維持管理・プロデュース業務に従事。現在は築100年の洋館「九段ハウス」の責任者(通称・女将)として、企業やブランドと連携した空間プロデュースに携わるとともに、子ども向け自然体験プログラムや生態系研究など、都市と自然、人と人が交わる新たな社会価値の創出に挑んでいる。
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