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伊那食品工業「年輪経営」が示す、未来のウェルビーイング経営

「ウェルビーイング経営」がますます注目される今、社員のモチベーションやエンゲージメントをどう高めるか、離職率の上昇をいかに防ぐかという課題に、多くの企業が直面している。株主への短期的な成果が求められる一方で、働く人の幸せや持続可能な成長とのバランスに悩む声も少なくない。

そうした時代において、「社員の幸せ」と「持続可能な成長」を60年以上にわたり実現し続けてきた企業がある。「かんてんぱぱ」で知られる伊那食品工業株式会社だ。

今回、Wellulu編集長・堂上研が、公益財団法人 日本生産性本部の取り組みの一環として伊那食品工業を訪問。その現場で体感したのは、「年輪経営」と呼ばれる独自の経営哲学に裏打ちされ、深く根を張った“社員ファースト”の文化であった。

「年輪経営」とは、最高顧問・塚越寛氏が提唱した、「木の年輪のように、一歩一歩着実に成長する」という経営のあり方である。その思想には、現代に求められるウェルビーイング経営のヒントが随所に詰まっていた。

本記事では、訪問の様子とともに、伊那食品工業の経営哲学とそれを支える現場の声を通じて、これからの「ウェルビーイング経営」のあるべき姿を探っていく。

 

堂上 研

株式会社ECOTONE 代表取締役社長/Wellulu 編集長

1999年に博報堂へ入社後、新規事業開発におけるビジネスデザインディレクターや経団連タスクフォース委員、Better Co-Beingプロジェクトファウンダーなどを歴任。2023年、Wellulu立ち上げに伴い編集長に就任。2024年10月、株式会社ECOTONEを立ち上げる。

https://ecotone.co.jp/

目次

米澤酒造訪問で見えた「文化と地域共生」

1日目は、かんてんパパグループ・米澤酒造株式会社の酒蔵を訪問させていただいた。南信州の伊那谷に位置する伝統ある造り酒屋が、2014年、伊那食品工業にバトンを渡されたのだ。伝統と文化を守りながら「美味しいものをつくる」という信念のもと、新たな挑戦で新たな価値を提供し続けている。

長野県のJR茅野駅から車で約1時間。大自然のアルプスの木々の中を通り抜け、山を登って行く。途中、車窓から見えた川は澄み渡り、空気と水がきれいな場所に心が癒された。

米澤酒造に到着し、松下専務取締役の案内で酒蔵を見学させていただいた。最初に気づいたのは、徹底された「清潔な空間」である。

松下さんは、もともと「伊那食品」の社員であり、お酒づくりに関しては素人だったという。しかし、案内してくださった松下さんは、誰よりもお酒を愛し、酒蔵を清潔に保ち、挑戦を止めないパッションの塊のような方であった。試行錯誤や失敗を繰り返しながら、「いい酒づくり」という信念のもと、たくさんの銘酒をつくり続けている。

わからないから、勉強する。わからないから、挑戦する。明治から続く「槽搾り」という手間暇のかかる技法を守りながら、新しい技術を取り入れて革新を続けている。昨日よりもちょっと良い状態をつくるための日々の積み重ねであると実感した。

試飲もさせていただき、順番に日本酒をいただく。何種類もの銘酒が提供され、そこには弛まぬ努力と「いい酒づくり」を通じた地元の人たちとの交流が垣間見えた。

最高顧問・塚越寛氏を愛した男の登場

これまで、「年輪経営」の神髄は書籍やメディアで拝見していたため、ある程度の情報は持っていたが、実際に訪れた伊那食品工業の敷地に足を踏み入れると、驚くことばかりであった。米澤酒造を訪れた後にたどり着いた伊那食品工業の本社は、まるで国立公園の敷地内に足を踏み入れたかのような感覚だ。

そこで映像制作を担う有限会社ジング代表・斉藤仁さんにお逢いすることができた。斉藤さんは、伊那食品工業 最高顧問・塚越寛さんの「年輪経営」に惚れ込んだ一人で、伊那食品のことを知り尽くしている人物であった。

僕たち参加者は、斉藤さんが追いかけた塚越寛最高顧問の経営哲学と、伊那食品で働く社員の幸せな日常を描いた30分の映像を視聴できた。「会社の目的は社員の幸せを第一に考えるべきであり、人件費は目的そのもの」、「年輪経営とは、みんなが幸せになる経営である」という信念を貫いてきた。

社員の幸せを第一とする人的資本のための仕組みとして、「年功序列」「全社員へのがん保険会社負担」「社員同士の横やななめの越境イベント」「地域との交流」「研究開発と新しい挑戦」などが、あたりまえのように実践している。快適な職場環境整備などを通じて「会社はひとつの家族である」という組織像を体現していた。

これは、長期的な成長を志向する年輪経営によって、毎年少しずつ右肩上がりの成長を目指し、社員の安心した暮らしをつくり、夢・希望・幸せを育んでいる姿である。昔から言われている「家族経営」というものに近いのかもしれない。

ECOTONE社の調査では、ウェルビーイングの21因子のうち、「家族の成長や安心感」を大切にしている人ほど、ウェルビーイングに関するスコアが高い傾向にあることがわかっている。そして、その家族の規模を「会社」という単位で捉えると、会社で働く社員全員が家族であり、その成長と安心が「幸せに働いている状態=Well-Working(ウェルワーキング)」をより強固なものにしているのかもしれない。

また、映像を通じて印象に残ったのは、「社員一人ひとりが楽しそうに」働きながらインタビューに答えていた点である。それは、「思いやりの塊」のような日本人の心に根ざす、利他的な精神、謙虚さ、そして感謝の念がにじみ出ていた。会社を“家”のように捉え、トイレをはじめとした敷地内の清掃を毎朝自主的に行い、困っている人がいればあたりまえに助け合う文化が根付いていた。

実際、ある社員の家が火事になった際には、すぐに別の社員が宿泊場所を手配し、必要な物をみんなで分け合ったというエピソードも共有された。家族だからこそ、お互いを支え合うことが自然であり、「ありがとう」が生まれる組織になっているのである。

この映像を編集した斉藤さんが、思わず涙ぐむシーンもあった。斉藤さんいわく、「決められた原稿や用意されたセリフではなく、自然に会社を家族として捉え、素直に会社が好きだからこそ出てくるコトバ」であるとのこと。ウェルビーイング経営は、年輪経営であり、家族経営であり、思いやり経営とも言い換えることができると感じた。

まだまだ社員一人ひとりが自分らしく、ワクワク働ける環境づくりに挑戦できることはたくさんありそうだ。

挑戦できる環境こそが、社員のやる気を引き出している。常に「これが本当にベストなのか?」と問いかけ、社員自身が考え、最善策を実装する文化。これにより、モチベーション向上と自律性の強化が図られているのだ。

全社員の約1割が研究開発に従事し、寒天の常識を覆す開発によって社会的な価値を高めている。「美味しい、健康に良い、お客様だけでなく製造や仕入れ業者にも良い」という社内起点のプロダクト哲学を掲げ、研究・製造・営業が連携して事業を推進している。

売上数値目標や営業ノルマを課さず、社員が安心して働ける環境を提供。自己設定目標の振り返りを通じて、チームプレーと他部署との連携を促進し、会社全体への思いやりを育んでいく。

「かんてんぱぱガーデン」には年間約40万人が訪れ、ショップ、レストラン、美術館などが本業の社員によって運営されている。さらに、年に1回開催される「かんてんぱぱ祭り」も社員自らが主導しているという。これらは地域貢献・観光振興につながっており、「仕事は仕事、地域は地域ではなく、みなさんと一体となってやっています」という思想を実務で体現していた。

「みんな仲が良い会社」ということが、映像と斉藤さんの話から強く伝わってきた。伊那食品の年輪経営に惚れ込んだ斉藤さんの話は、まさに学びの宝庫であった。感謝申し上げたい。

参考:
『会社はどうあるべきか。 人はどう生きるべきか。 評伝 伊那食品工業株式会社 塚越寛』(株式会社あさ出版/斉藤仁著)
『伊那食品工業の年輪経営 日本でいちばん大切にしたい会社DVDブックシリーズ① 現場探訪編 』(株式会社あさ出版/2016年)
『伊那食品工業の年輪経営』ダイジェスト版

自分たちで決めるから、自ら動く。

訪問2日目は、伊那食品工業株式会社 代表取締役社長・塚越英弘さんにお話をうかがった。
笑顔で迎えてくださった塚越社長は、「社員の幸せが目的」であることを起点に、伊那食品工業の根幹をなす「年輪経営」について、丁寧に語ってくださった。

塚越 英弘さん

伊那食品工業株式会社 代表取締役社長

日本大学農獣医学部卒業後、CKD株式会社を経て、1997年に伊那食品工業株式会社に入社。購買部長、専務、副社長などを歴任し、2019年に代表取締役社長に就任。創業者であり現・最高顧問の塚越寛氏の理念を受け継ぎ、「年輪経営」を軸とした持続可能な経営を推進している。

https://www.kantenpp.co.jp/corpinfo/

塚越:私たちの会社には「予算」がありません。大切なのは、数字の計画を立てて達成することではなく、「今年も何かひとつ良くしていこう」と、毎年少しずつ積み上げていくこと。これこそが年輪経営の本質です。社員の幸せが目的ですから、利益は手段であり、結果にすぎません。

数値目標も設けてはいますが、それは上から与えられるものではなく、各チームが自分たちで決めています。上長や役員の承認も必要ありません。自分たちで決めたからこそ、自ら動ける。だからこそ言い訳せず、挑戦し続けられるのです。

―(堂上):伊那食品工業が本気で「社員の幸せ」を軸に据えていることが伝わってきた。社会課題の解決や共生社会の実現を掲げながらも、現場では数字の達成ばかりが優先され、「誰のための仕事なのか」が見えなくなってしまう企業は少なくない。そうした姿とは対照的に、伊那食品では“社員が主語”であることが、経営の根底に明確に存在していた。

塚越:大切なのは「信頼」です。社員を信頼するところからすべてが始まります。信頼関係があるからこそ、社員同士が家族のようにお互いを頼り、尊敬し合えるのです。

ただし、それには「覚悟」が伴います。言っていることとやっていることが一致していなければ、社是もパーパスもただのスローガンになってしまいます。ウソは信頼を壊します。言葉にするならば、必ず行動で示さなければならない。そこに経営者としての責任があるのです。

―(堂上):塚越社長の言葉は、理念やスローガンが空回りしがちな現代の企業に対して、大きな示唆を与えるものである。実際、僕たちECOTONEにも「ウェルビーイング経営に取り組みたい」という企業から多くの相談をいただいているが、行動が伴わなければ社内に真の信頼は生まれない。「社員の幸せ」を基軸に、経営者の覚悟と行動があってはじめて、「信じられる会社」がつくられていくのだと感じた。

塚越:社員が安心して暮らせる環境を整えることこそ、会社の使命です。私たちは年功序列制度を残していますが、それは「仕組み」ではなく、社員にとっての安心の土台です。

伊那食品では、掃除も、地域との交流も、すべて「楽しみながらやる」ことが基本。そこに上下関係はありません。思いやりをもって仕事をするという文化があるからこそ、この輪が自然と広がっていくのだと思います。

堂上:挑戦できる環境があるとはいえ、撤退する事業や、人間関係で困っているようなことはないでしょうか?(僕は質問をさせていただいた)

塚越:もちろん、うまくいかない事業やサービスもあります。でも、数字を追っていないからこそ、それを止める理由がないんです。やりたいと思ったことは、どんどん挑戦できる環境をつくっています。

たとえば最近は、社員のひとりが「イワナの養殖をやってみたい」と言ってきたので、早速始めています。小さな挑戦が、色々なアイデアに発展して商品化されれば、「自分たちの愛する商品」が増えていく。そういう循環があるんです。

ときには、チーム内でちょっとした揉めごとが起きることもあります。でも、それも自分たちで話し合って解決しています。自分たちで決めて、自主的に動いているからこそ、お互いを支え合う文化が育まれているのだと思います。

―(堂上):権限移譲がされていて、誰もが挑戦できる環境がある。そして、伊那食品工業には、心理的安全性が根付いている。社員が萎縮せずに意見を出し、やりたいことに挑戦できる環境が整っているからこそ、人と人とのつながりも自然に深まっていく。誰かのアイデアが発展し、商品やサービスになる。こうした環境で働く人は、自然とコミュニケーション能力も育ち、自発的に成長していくのだろう。

社員の笑顔が語る、真のウェルビーイングとは?

経営者の言葉だけでは見えてこない「会社の本質」は、社員の姿にこそ表れる。ここで伊那食品工業の現場で働く社員2名にお話をうかがった。登場いただいたのは、入社10年目で通信販売グループに所属するKさんと、入社2年目で研究開発部門に勤務するSさん。

世代も部署も異なる2人の表情や語り口からは、共通して「『かんてんぱぱ』が大好き」という気持ちがにじみ出ていた。そして、僕が一番感動したのが、おふたりの言葉にそっと耳を傾け、まるで父親のような温かな眼差しを向ける塚越社長の姿である。社員が会社を誇りに思い、ブランドを心から愛している。その想いが、企業文化として社内にしっかり根づいていることが伝わってきた。

「かんてんぱぱ」のファンが社員になり、その社員がまた新たなファンをつくっていく。そんな循環こそが、伊那食品工業の「年輪経営」を静かに、しかし確実に前へと進めている。これは、ウェルビーイング経営において重要視される“コミュニティの渦”をどう育むかという観点からも極めて示唆に富んでいる。未来のウェルビーイング経営は、ファンとの共創から成長をつくっていくことである。

社員が心から仕事を楽しみ、健やかに働けている。そう感じたからこそ、あえてプライベートにまつわる話題から切り込んでみることにした。

堂上:おふたりが一番、楽しいと思えることはなんですか?

Kさん:先輩が率先してトイレ掃除している姿に感化され、私自身も掃除をして、一日がスタートしていること。それと、今のチームはお客さまと直接つながることができるので、「ありがとう」「助かったよ」と言っていただけることが何よりも楽しいしうれしいです。

Sさん:私は、この大自然の景観が大好きで、会社からの眺めを見られるだけで幸せを感じます。わからないことをどんどん質問でき、先輩たちが惜しみなくアドバイスをくださる環境があります。新しいものを生み出したり、そこから何かにつながっていったときに達成感を感じます。

―(堂上):プライベートの話をお聞きしようと思っていたのだが、返ってきたのは「会社が楽しい」「働くことが楽しい」という声だった。

僕たちが考える「働き方」とは、無理にオン・オフを切り分けるものではなく、フロー状態に入って力が発揮されること。結果として、生産性や創造性も高まり、自分自身の成長を実感できるようになる。お二人の言葉の端々には、そのような働き方の真髄がにじみ出ていた。

そして何より、その姿をうれしそうに見守る塚越社長の表情がすべてを物語っていた。社員が心から仕事を楽しんでいる姿を見て、社長自身もまた「生きるように働いている人」なのだと強く感じる時間であった。

お忙しい中、素敵なお話を聞かせていただき、ありがとうございました。

堂上編集長編集後記:

「年輪経営」は、未来のウェルビーイング経営の礎になる。

伊那食品工業の「年輪経営」は、単なる過去の成功事例ではありません。社員の幸福を追求し、地域社会に貢献しながら持続可能な成長を実現するその哲学は、現代のウェルビーイング経営における「新時代」を切り拓く、普遍的な価値を持っています。

「年輪経営はもう時代遅れなのでは?」「自分たちの会社では無理かもしれない」といった考えを捨て去り、まずは社員の幸せを考え、そのための仕組みと経営判断をする。シンプルだけれども、とても大切な視点と実感、そして未来への確かな希望を感じました。

今後もエコトーン社として『Wellulu』では、「Well-Working(ウェルワーキング)」を実践する人や組織、経営の在り方を発信していきます。そして、ウェルビーイング経営の重要性を社会に広く伝え、より良い社会の実現に貢献していきたいと思っています。

今日から、ぜひみなさんの会社にも「年輪経営」のエッセンスを取り入れてみてください。まずは、社員の幸せについて真剣に考えてみるところから、自社の経営を見直すきっかけにしていただくきっかけになれば幸いです。

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