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社員が輝く会社はなぜ強い? エーザイが実践する、人を軸にした人的資本経営の核心

人的資本への投資は、いまや企業価値を左右する最重要の経営課題となっている。

こうした潮流の中、研究開発型のグローバル製薬会社・エーザイ株式会社は長年にわたり「人を中心に置く経営」を実践してきた企業として高く評価されている。実際に「人的資本調査2024(※)」では、優れた人的資本経営・情報開示に取り組む企業として「人的資本リーダーズ 2024」ならびに「人的資本経営品質 ゴールド」に選出された。その取り組みは国内外から注目を集めている。
※人的資本調査2024:一般社団法人HRテクノロジーコンソーシアムとHR総研(ProFuture株式会社)、MS&ADインターリスク総研株式会社、一般社団法人人的資本と企業価値向上研究会が人的資本経営と開示に関する企業・団体等の取り組み状況を共同で大規模調査にて実施

さらに2025年7月には、人的資本レポート「HUMAN CAPITAL REPORT 2025」(以下、HCR2025)を発刊。エーザイの人的資本戦略を体系的にまとめたこのレポートは、同社の取り組みからあらゆるKPIまで開示されており、大きな反響を呼んだ。

今回、お話を伺うのはエーザイ株式会社 ピープル&コミュニケーション戦略部の三瓶悠希さん、佐藤寛子さん、飯沼亮太さんの3名。エーザイの制度や取り組み、そしてエーザイがなぜ“人を大切にする会社”として支持されているのか。その本質について、Wellulu編集長・堂上研が切り込んでいく。

 

三瓶 悠希さん

エーザイ株式会社 ピープル&コミュニケーション戦略部部長
「HUMAN CAPITAL REPORT 2025」編集責任者

2005年エーザイに入社し、MRなど国内医療用医薬品事業に従事する。2015年より中期経営計画の編成業務に携わり、2016年より中期経営計画モニタリング、海外MBA留学、CEO秘書、中期経営計画編成事務局長など様々な業務を経験する。その後、原因不明の難病を患い、1年半の休職を経て2022年より人事として復職。2025年4月より現職。

https://www.eisai.co.jp/index.html

佐藤 寛子さん

エーザイ株式会社 ピープル&コミュニケーション戦略部

2010年エーザイに入社。MRとして医療機関への営業活動を担当する。2020年に自らの意思で他部署への異動を希望できる「ジョブチャレンジ制度」を利用して、人事部へと異動。新人研修や若手社員の育成業務を経て、現在の組織開発の業務に従事する。

飯沼 亮太さん

エーザイ株式会社 ピープル&コミュニケーション戦略部
「HUMAN CAPITAL REPORT 2025」編集リーダー

2008年に大学院を修了後、医薬品の卸業者に入社。30歳を機にコンサルティング業界へ転職し、組織・人事領域のコンサルティングに従事。人材サービス会社など5社での様々な経験を経て、2025年2月にエーザイへキャリア採用で入社する。

堂上 研

株式会社ECOTONE 代表取締役社長/Wellulu 編集長

1999年に博報堂へ入社後、新規事業開発におけるビジネスデザインディレクターや経団連タスクフォース委員、Better Co-Beingプロジェクトファウンダーなどを歴任。2023年、Wellulu立ち上げに伴い編集長に就任。2024年10月、株式会社ECOTONEを立ち上げる。

https://ecotone.co.jp/

目次

三者三様のキャリアが交わる。エーザイの人的資本を支える3人の原点

堂上:本日は、エーザイ株式会社の人的資本経営を担うピープル&コミュニケーション戦略部のみなさまにお話を伺います。三瓶さん、佐藤さん、飯沼さん、よろしくお願いいたします!

まずは、みなさんのご経歴からお聞かせください。

三瓶:2005年に入社し、愛媛県でMRとしてキャリアをスタートしました。2015年からは中期経営計画を策定する部署に携わり、その間にミシガン大学へのMBA留学を経験。その後、2019年にCEO秘書、2020年に中計編成事務局長といった役職を歴任しました。

しかし2021年、頚部ジストニアという難病を発症し、休職を余儀なくされました。

堂上:どのようなご病気だったのですか?

三瓶:自分の意思とは無関係に首が勝手に右を向いてしまう状態が続き、2度の手術でも改善せず、諦めかけていました。けれど、ある日友人と食事をして、結構深酒をしたのですが、翌日、二日酔いとともに突然首がまっすぐ向くようになったんです! 治った理由は今も不明ですが、医師の見解では「手術を含む複数の要因が重なったのだろう」とのこと。結果、1年半の休職を経て復職できました。

堂上:壮絶な経験をされたのですね……。

三瓶:はい。休職中は、社長や同僚からの励まし、そして会社の制度にもとても助けられました。本当に感謝しています。この経験を経た今、人事としてエーザイの「人の健康を支える」という精神を社内外にもっと伝えていく責任を、これまで以上に強く感じています

堂上:お話を伺って、エーザイの理念が制度としてあるだけでなく、人と人との関係性の中で息づいていることを強く感じました。実際に社員の人生を支える力として機能している。その深さがよく伝わってきます。

では、佐藤さんのご経歴もお願いします。

佐藤:私は2010年に新卒で入社し、MR(医薬情報担当者)として医療機関への営業活動に従事しました。埼玉県や茨城県への転勤を経て、ライフイベントが重なったことをきっかけに、将来のキャリアを見つめ直し、人事部への異動を希望しました。

堂上:もともと人事に興味があったのですか?

佐藤:はい。就職活動中、エーザイの人事の方々の人柄に深く感銘を受け、短い選考期間でも社内の温かさを実感できました。「この人たちと働きたい」と心から思えたことが、エーザイへの入社を決めた理由です。

堂上:最近の若い世代は、仕事内容や給与といった条件面よりも、「どのような人たちと働くか」や「上司が自分にどう向き合ってくれるか」といった関係性を重視する傾向が強まっていますよね。

佐藤:私もMRとしてインターン同行や後輩育成を経験する中で、人の成長を支えることへの関心が高まりました。

そして5年前、社員自ら希望の部署や業務に挑戦できる社内公募制度「ジョブチャレンジ制度」を利用し、人事部へ移りました。

堂上:自分の意思でキャリアを切り拓ける制度は素晴らしいですね! 続いて、飯沼さんのご経歴もお願いします。

飯沼:私は2025年2月にキャリア採用で入社しました。学生時代、エーザイは第一志望でしたが当時はご縁がなく、医薬品卸の経営企画からキャリアをスタートしました。30歳で転職してからは徐々に組織・人事領域の仕事に携わり、20年の回り道を経てエーザイに巡り合いました。

堂上:新卒の頃には叶わなかった会社へ、ついに入社できたのですね。なぜそこまでエーザイに惹かれたのでしょう。

飯沼:高校から大学にかけて陸上競技の長距離走・駅伝に取り組んでいたのですが、私は慢性的なスポーツ性貧血により、なかなか練習を継続させることができない生活が続いていました。その頃よく服用していたのが、エーザイ製の鉄欠乏性貧血治療薬です。自分の競技生活を支えてくれた薬をつくる会社で働きたい、というのが私の原点でした。

堂上:みなさん、それぞれ異なるキャリアを歩んでこられましたが、根底には「人を想う」という共通の価値観と、エーザイへの強い情熱があり、それが人事の仕事の力になっているのですね

理念が人をつなぎ、制度が挑戦を後押しする。働く人の選択肢を広げるエーザイの制度改革

堂上:お三方のように、エーザイと深い親和性を持つ方々が集まる背景には、採用や制度面で何か特徴があるのでしょうか。

三瓶:エーザイのすべての活動は、「ヒューマン・ヘルスケア(hhc)」という、私たちが最も大切にする企業理念に基づいています。

「患者様と生活者の皆様の喜怒哀楽を第一に考え そのベネフィット向上に貢献し 世界のヘルスケアの多様なニーズを充足する」という理念の考え方に共感できるかどうか。それが私たちの原点であり、社員の会社への想い「エーザイ愛」を育んでいます。

堂上:なるほど。まさに、「理念の共感」が人を惹きつけているのですね。

三瓶:その通りです。エーザイではこのhhc理念を体現するため、就業時間の1%を「患者様や生活者と過ごす時間」に充てることを推奨しています。

実際に現場で人と触れ合い、リアルな学びや気づきを日々の業務に活かしていく。このサイクルこそが、エーザイの根幹であり、ビジネスを推進する力となっています。

堂上:理念が、単なるスローガンではなく行動として根づいているんですね。具体的にはどのように生活者の方々と交流しているのですか?

飯沼:今、私は「てんかん」を持つ方やそのご家族と交流する企画を進めています。患者さんやご家族の生の声に触れるたびに、自分たちの仕事の意義を再認識しています。

佐藤:会社全体で、各チームがそれぞれ企画を持ち寄って交流活動をしています。人事部では飯沼が中心になってプロジェクトを進行中です。

三瓶:今、取材を受けているこの部屋も、患者様や生活者との交流やレクリエーションのためのスペースとして活用しています。月1〜2回、地域の方をお招きして、認知症予防のセラピーやエクササイズを開催しています。

堂上:地域まで巻き込んでいるとは驚きです。理念がしっかり社会へとつながっていますね。

堂上:ほかにも、エーザイならではの制度や取り組みはありますか?

佐藤:エーザイでは現在、人事制度のアップデートが次々と進んでいます。たとえば副業制度の導入によって、社員がより多様なキャリアを描けるようになりました。

また、2024年度からは「バカンス休暇制度」もスタートしています。この制度は、連続5日以上の有給休暇を事前申請・取得すると奨励金が支給される制度なんです。

堂上:バカンス休暇が生まれた背景には、長期休暇が取りにくい課題があったのでしょうか。

佐藤:そうなんです。旅行に行きたい、家族とゆっくり過ごしたいと感じながらも、実際には仕事を優先してしまう社員もいました。会社としては、「社員一人ひとりが、自分にとって最適な形で仕事と人生のバランスを整えてほしい」という想いから、「ワークライフバランス」ではなく「ワークライフベスト」という言葉を掲げ、この制度が誕生しました。

堂上:心に響く言葉ですね、「ワークライフベスト」。

僕はウェルビーイングを実現する制度には、3つの要素があると思っています。

1つ目はインセンティブ。バカンス休暇の奨励金のような仕組みがあることで行動を後押しします。
2つ目はエンターテインメント性。制度そのものに楽しさがあること。
3つ目はコミュニティ性。先ほどの交流活動のように、仲間と体験を共有できることです。

エーザイでは、この3つが制度として用意されているだけでなく、社員の皆さんが実際に活用し、行動が自然と変わっているのが印象的です。制度が「紙に書かれたルール」に留まらず、日々の行動を通じて組織の当たり前になっている。そのプロセス自体が、文化を育てていると感じます。

体験を共有するレクリエーションとコミュニケーションが、社員の一体感を生み出す

佐藤:エーザイには、社員同士の親睦を深めるためのレクリエーション企画があるんです。

堂上:どのような企画ですか?

佐藤:福祉共済会から支給される補助金を活用して、チームごとに自由にイベントを企画できます。今年、人事部は東京の上野動物園にパンダを見に行きました(笑)。

堂上:人事のみなさんでパンダに会いに行って一致団結したんですか! 想像すると微笑ましいですね。

三瓶:人事部では毎年いくつか案を出して、全員投票で決めるんです。今年は「パンダ」が選ばれました。

堂上:ほかにはどんな案があったのですか?

飯沼:「ボードゲームカフェに行く」「美術館巡り」が候補でしたね。

三瓶:2024年は「謎解きイベント」、その前は「運動会」でした。小規模な企画でもよいですし、部署をまたいだ実施も可能です。

佐藤:他部署だと、「浅草・寄席鑑賞」「はとバスツアー」「マグロの解体ショー」など、かなり幅広いジャンルの企画が実施されています。

堂上:どれもバラエティ豊かで楽しそうですね! やったことのない体験にチャレンジするのは、まさにウェルビーイングそのものです。

三瓶:エーザイは製薬会社という特性上、外部には常に正確でフォーマルな情報発信をすることが求められます。その姿勢がいつしか社内のコミュニケーションにも影響し、少し堅苦しさや社員同士の心理的な距離感を生んでいた側面があります。

佐藤:そんな部署間や役職間の壁を取り除く目的で、2025年9月に立ち上げたのが、社内オンラインイベント「Eisai Casual Connect」です。役員6人がライブで参加し、全国の社員とリアルタイムで語り合いました。

堂上:役員と社員の距離を縮める、大胆な試みですね。

三瓶:はい。エーザイは認知症に関する取り組みを何十年と実直に続けている企業です。このような認知症に関する取り組みと企業ブランドをつなげるべく、“認知症に、新しい答えを。”という活動を推進しています。この活動を社内でも盛り上げる、という側面も持っています。イベントでは、コラボレーション企業が発売している「認知機能に良い働きがある料理」を役員が実際に調理するコーナーもあり、社員同士で驚くほど盛り上がりました。

「Eisai Casual Connect」開催時の様子

三瓶:イベント内で公開した、認知症に対するエーザイの取り組みを伝えるコンセプトムービーも、とても大きな反響がありました。

佐藤:出演者はすべてエーザイの社員で、理念に向き合う姿勢をまっすぐ表現した映像に仕上がりました。

堂上:インナーブランディングとしても価値がありますし、自分たちの挑戦を可視化することは、働く人のモチベーションやウェルビーイングにもつながりますね。

堂上:飯沼さんはキャリア入社ですが、他部署との交流や距離感で難しさを感じることはありますか?

飯沼:最初は他部署との接点を作るのが難しいと感じました。でも、佐藤さんが中心となって進めている「Project Aka-Chochin(赤提灯)」が、その壁を取り払ってくれています。

部署の垣根を越え、数十人が集まり、食事を楽しみながら率直に語り合える場なんです。

佐藤:2025年4月からは、退職者も重要な人的資本と捉え、会社と元従業員をつなぐアルムナイネットワークを導入しました。先日はアルムナイの方と現役社員が集う「Aka-Chochin」も開催されたんですよ。

堂上:それはぜひ参加したいです(笑)。

三瓶:エーザイには本当にすばらしい制度や取り組みが揃っていると実感しています。私自身、病気で休職していたときにその温かさを痛感しました。

だからこそ、こうした取り組みを社内にきちんと共有し、社員一人ひとりが共感を持って働けるようにしたい。これからも、社員がワクワクできる仕掛けをつくり続けていきたいと思っています。

「楽しく働く」を企業文化に。3人が描く未来の人的資本経営

堂上:ところで、みなさんが着ているTシャツ、ユニークですね。どんな意図で作られたものなんですか?

三瓶:「HCR2025」を発刊したタイミングで制作した記念Tシャツです。少しフォーマルに寄りがちな社内の雰囲気に、カジュアルな風を吹かせたいという思いを込めました。

胸元の“Energy・Synergy・Impact”というロゴは、私たちがデザインしました。「社員一人ひとりのエナジーが解き放たれ、シナジーを生み出し、最終的に社会へ大きなインパクトを与える企業でありたい」というスローガンを表現しています。

堂上:なるほど、単なるグッズではなく「働く姿勢」を可視化するシンボルなんですね。

堂上:では最後に、これからどんな社会をつくっていきたいか。それぞれの視点で聞かせてください。

三瓶:私が一番大切にしているポリシーは「仕事は楽しく」です。入社して愛媛県に赴任したとき、当時の上司から「仕事は楽しくやろう。もし楽しくなければ、楽しくする方法を考えよう」と教わりました。

その言葉を守り続けたことで、どんな業務でも「どう楽しむか」を自分で選び取ることができれば、働く時間の質は大きく変わると実感しました。エーザイという組織が、そんな楽しむ姿勢を自然に持てる場所であり続けたいですし、社会にもその価値観が広がると嬉しいです。

飯沼:私は「ひとつのことをやり続けることだけが正しい」という考え方が、どうも自分にはしっくりこなかったんです。転職や副業が一般化した今こそ、働き方に選択肢があることがウェルビーイングにつながると思っています。

さらに言えば、「選んだ道が難しければ戻っても構わない」という可逆性があることが、挑戦を後押しします。

堂上:選び直せる社会、多様なコミュニティを行き来できる社会ということですね。それはまさに、チャレンジしやすい環境そのものですね。

飯沼:高校生の頃、進路指導の先生に「勉強か部活か、どちらかを選びなさい」と言われたときに、強く疑問を感じました。

なぜ選ばなければいけないのか。両方やり遂げることに挑戦して、難しければまた考え直して別のアプローチを模索すればいい。

そんな柔軟さを許容する社会が、ウェルビーイングな働き方を生み出すのではないかと考えています。

佐藤:私も、「選択できること」。そしてその選択を「認め合える社会であること」が、ウェルビーイングを大きく左右すると思っています。職業選択も、住む場所も、本来もっと自由な選択が許されるべきです。

エーザイには転勤制度がありますが、人事としてそれを“業務命令”のかたちで伝えることに悩むこともあります。本来は、その人が望む働き方と生活の形が尊重されるべきだと思うからです。

自分の意思で人生を選び取ることができる。そんな社会が少しずつ広がっていくことを願っています。

堂上:ルールで人を縛るほど、どうしても自由が失われてしまいますよね。逆に、人と人が向き合い、尊重し合う関係性があれば、制度以上のしなやかな働き方が可能になる。ウェルビーイングは、そうした関係性の上にこそ育まれると感じます。

本日は素晴らしいお話をたくさん聞かせていただき、ありがとうございました!

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