「子どものことが中心で、自分のことは後回し」「母親である前に自分は何者だろう」そんなことを考え、時に悩む子育て中のお母さんたちは多かれ少なかれいることだろう。
長年モデルとして広告やファッション誌で活躍してきた敦子さんは、2021年に看護師免許を取得。2022年3月には助産師の資格を取得し、現在は週5日病院で勤務している。またプライベートでは育ち盛りな5人の子どもたちのお母さん。そんな「女性としてのウェルビーイングな生き方」を実践している敦子さんに、Wellulu編集部の堂上研、そして美容家・ヘアケアリストとして活躍する余慶尚美さんが話を伺った。
敦子さん
助産師・モデル
余慶 尚美さん
美容家・ヘアケアリスト(毛髪診断士)
広告代理店や外資系企業にて広告宣伝の仕事に従事した後、2007年、美容家に転身。様々なメディアに出演するなど多岐にわたって活躍。近年はヘアケアリストとしても注目されている。著書に、髪の総合的な知見に加え、巡り、漢方美容、薬膳といった観点を取りいれた美髪メソッド本『髪トレ』があり、髪と共に生きていく女性のライフスタイルまでケアする活動に力を入れている。また、韓国ドラマ好きが高じ、韓国の俳優、女優の広告キャスティングコーデとしても仕事の場を広げている。
https://yokeinaoko.manna-heart.jp/
堂上 研さん
Wellulu編集部プロデューサー
1999年に博報堂へ入社後、新規事業開発におけるビジネスデザインディレクターや経団連タスクフォース委員、Better Co-Beingプロジェクトファウンダーなどを歴任。2023年、Wellulu立ち上げに伴い編集部プロデューサーに就任。
「赤ちゃんが好き」という想いから始まった助産師という仕事
堂上:Welluluで「ウェルビーイングいろいろ診断」(※)というものがあるので、今回お話を伺う前に敦子さんにやっていただきました。10個のクラスターに分かれているんですが、その中で敦子さんは「あやめ色」。これは夢を持つことにワクワクし、常に希望を持っていることこそがウェルビーイングな状態と感じるタイプです。
(※)ウェルビーイングいろいろ診断
余慶:なるほど。現状に満足しないで常に新たな場所を切り拓きたいと感じているんですね。敦子さんがなぜ「助産師」という職業を目指したのかずっと気になっていたんですが、この診断結果を聞いて少しわかった気がします。改めて、助産師を志した理由やきっかけを教えてもらえますか。
敦子:小さい頃から子どもに囲まれていた生活の中で、「赤ちゃんが好き」という想いがずっとあったことが大きいように思います。私自身4人兄弟の中で育ったり、高校生の時には6人のお子さんがいる家でホームステイを経験していたりして。物心ついた時からオムツを替えたり、お風呂に入れたりしていました。後から聞いた話なんですが、私がホームステイに選ばれた理由も「兄弟がたくさんいるから」というものだったんです。
そして私自身も26歳で1人目の子どもを産み、31歳の時には4人の子どもを育てるママになりました。5人目を産んだ時には「常に赤ちゃんと接することのできる助産師さんって、なんて素敵な職業なんだろう」という憧れみたいなものが自然と芽生えてきたように思います。
堂上:「赤ちゃんと接するのが好き」という想いが今の仕事につながっているということなんですね。
敦子:そうですね。資格を取る決意となったきっかけとしては、タンザニアに行った経験があげられます。発展途上国ってどうしても貧しいイメージがあるじゃないですか。私も、行く前は「水道もない、コンビニもない中で、現地のお母さんたちはどのように子育てしているんだろう。かなり必死で、大変なんだろうな」と思い込んでいたんです。
でも、実際に行ってみたらイメージとはかけ離れていていました。タンザニアのお母さんたちはものすごく楽しそうに、豊かに子育てをしていたんです。夕方になったら赤ちゃんをおんぶした女性たちが道端に集まってトマトを洗いながらおしゃべりをしていて、その周りで子どもたちが好きに遊んでいる……。たしかに日本と比べると便利なものは少ないけれど、そんなお母さんたちの生活がすごくキラキラして見えました。素直に「ここにずっといたいな」と思いました。
だけど、今の私はここにいても何もできない。そう思って、いつかタンザニアに戻って医療従事者として現地のお母さんの役に立つために、一度日本に帰国して助産師の資格を取ることを決意したんです。
余慶:それで実際に看護学校まで受験して、5年の学生生活を経て……助産師さんとして活躍されている、その行動力と実行力は本当に尊敬します。
自分らしく生きることは「肩書き」をなくすこと
堂上:今回のインタビューを通してぜひお伺いしたいと思っていたのが、敦子さんのウェルビーイングについてです。敦子さんにとっては、どのような状態がウェルビーイングでしょうか?
敦子:私は日々目標を持って、自分らしく、かつしっかり地に足がついた状態で楽しく生活できている、と感じられる時です。
堂上:何かを決める時に選択肢があるのは良いことだと思うのですが、自分らしい選択ができない時に人は違和感を感じると思うんです。敦子さんにとっての「自分らしい」とはどういう状態だと思いますか。
敦子:「肩書きがない時」です。肩書に捉われているつもりはなくても、「母親だから」「女性/男性だから」「都会/田舎に住んでいるから」のような、何かしらの枠に入れてしまいがちではないですか? 私にとっては、そんな肩書がない時が「自分らしい」状態です。
余慶:敦子さんが先ほど仰っていた「赤ちゃんが好き」「子どもといると楽しい」も、まさに肩書関係なく自分らしくいれる状態ってことですね。
敦子:はい。私の場合はそれが仕事につながっているので、とても幸せだなと思います。
堂上:素晴らしいですね。ちなみにウェルビーイング度が高い人は、挑戦することや新しいことを求めている人が多いんですよね。だから敦子さんのお話を聞いていて、ウェルビーイング度がとても高い方なんだなと改めて思いました。
余慶:本当ですね。常に新しいことをやろうというパワーが感じられます。
原動力は「助産師」という夢にあった
余慶:それにしても、敦子さんの「常に新しいことにチャレンジしよう」というパワーには圧倒されます。今はどれくらいの頻度で助産師の仕事に入られているんですか?
敦子:助産師の資格を取ってからは病院に常勤として勤めているので、週5日働いています。病院は365日24時間、常に稼働しているので土日は関係ありませんし、今年はクリスマスも年越しも夜勤の予定です。
余慶:子育てと両立しながら……本当にすごいですね。
敦子:もちろん私にも、仕事を休んで思いっきり身体を休めたいなと思うことはあります。でもいざ行ってみたらやっぱり赤ちゃんは可愛いですし、年越しにお産を担当することがあれば、「年越しというおめでたい日を選んで生まれてくる赤ちゃんに会えるんだ」って。本当に素敵な仕事だなと思うんです。
余慶:素敵です!
堂上:素晴らしい!
敦子:赤ちゃんが生まれた時、母子手帳にお産を担当した助産師が自分の名前のハンコを押すんですが、たった数秒の作業ですし、担当した赤ちゃんに今後再会する可能性はほとんどありません。それでも、「今この瞬間にこの世にひとり生まれて、きっとこの先楽しくて明るい未来がこの子には待っているんだな」と思うと、私自身も明るい気持ちになれるんです。助産師として2年目に入り、これまで40人くらいの赤ちゃんの誕生に立ち会ったんですが、未だにハンコを押す時には毎回とてつもなく感動してしまいます。
堂上:敦子さんにとって助産師という仕事は、まさに天職なんですね。
敦子:本当に。できることなら生涯、助産師でいたいと思います。自分が助産師になってみて、改めて自分の子どもたちにも、将来は自分が心躍る仕事をしてほしいと思うようになりました。
「人生のちょっと先輩」として子どもに語りかける
堂上:子育てと仕事を両立する中で、お忙しいと思うのですが、お子さんとの時間をどう作られていますか?
敦子:私たち家族にとっては、毎日のお弁当作りがコミュニケーションのひとつになっていると思います。我が家は男の子が多いので、中高生になると学校のこととかいちいち話してくれなくなっちゃう。でも、学校から帰ってきて空のお弁当箱を見ると、「今日1日何事もなく過ごしたんだな」って安心するんです。
余慶:想像しただけでグッとくるものがあります……。
敦子:家族や家って、マザーシップみたいなものだと思っていて。母艦からみんなが出て行ってそれぞれの時間を過ごしたり、時には戦ったりして、帰ってきたら美味しいご飯とともにホッと一息つける。そんな場所でありたいと思っています。そういった意味では、言葉としてのコミュニケーションってそこまで重要だとは思いません。ついつい、口出ししたくなる時もありますけどね……(笑)。
堂上:子どもに口出ししたくなるのは、子育てあるあるですよね。僕も絶賛子育て中なのでとてもよく分かります。
敦子:ですよね。私の子育てのスタンスは、「ちょっと先に生きている人生の先輩」として普段の私の姿を見せて、「子ども自身で考えて決断してもらうこと」です。基本的に子どもの人生は子どもたちのものだと思っているので、あまり言い過ぎないようにはしています。
余慶:すごく素敵な考えだと思います。ちなみに「自分が導かないことで良くない道に進んだりしないかな?」みたいな心配はないですか?
敦子:正直、私はあまり子どもの周りの環境は気になりません。ただ、もちろん心配は心配なので、自分の感情はきちんと伝えるようにします。例えば、夜遅く帰ってくることがあまりにも多いと「あなたが帰って来るまで私は安心して寝れないよ」って言う。それを聞き入れて改善するかどうかは、子どもたちに任せます。ちゃんと家で私の姿を見ていれば、きっと彼らは正しい判断をしてくれるって信頼しているというか。
余慶:子どもが自分で判断できるまで、しっかり待ってあげられる敦子さんって本当にすごいと思います。その余裕はどこから生まれて来るんですか? ご両親が同じように育ててくださったからなのでしょうか。
敦子:そうですね。両親がアドバイスをくれていたかもしれないですが、そもそも私自身があまり聞かないタイプでした。だから進路もおのずと自分で決めていましたし、習い事もたくさんさせてもらいましたけど、飽き性なので始めてみては辞めて、という感じでした。だから自分の子どもにもやりたければやればいいし、辞めたければ辞めていいと言っています。それに何事もやってみないと自分に合うかどうかも分かりませんしね。
堂上:子どもに対してあれこれ言うこと自体が良いか悪いかは人それぞれの価値観によると思いますが、待ってあげられることは大切なことだと思います。子どもたちにとって家族というのは一番身近なコミュニティですからね。子どもが将来自分で自分の道を決めていくためには、「自分で決断できる場所」を親が作ってあげられるかがキーになるかなと。そういった環境こそが、敦子さんの、そしてお子さん自身のウェルビーイングにつながっているんだと思います。
敦子:まさにその通りです! 子どもと一緒に生活をしていて、私のほうが助けられていることも本当に多くて。私が子育てをしている一方で、子ども5人がかりで私を成長させてくれている感じです。私は自分自身がまだまだ未熟だと感じているからこそ、子どもはかけがえのない存在です。
余慶:敦子さんのウェルビーイング度はとっても高そうですね!
大切なのは周りの意見ではなく自分の心
堂上:子育てをしていると、親同士の付き合いもありますよね。もちろんいろいろな人がいますから、時には意見が食い違う時もある。Welluluの読者の方からもよく質問をいただくんですが、敦子さんはこういう価値観が違う人と関わる時はどうしていますか?
敦子:やっぱりうまく付き合わなければいけないって時がありますよね。馬が合わない方とは、期間限定の付き合いだと思うようにしてやり過ごします。あとはみんなが気持ちよく過ごせるように、その場をやりきろうくらいの心の持ちようでいいと思っています。
価値観や意見が合わない人との関わりも時に大切だと思いますが、あまりにも理不尽だったり、何を言っても伝わらないな」と思ったりした時には、聞いているフリをしながら聞き流すこともありますね(笑)。
敦子:私ずっと周りから助産師さんに無理だよって言われていたんです。子ども5人もいてどうやって学校に通うの? って。実は助産師って看護師の中でもいわゆるエリートと呼ばれていて、なるまでの道のりが非常に過酷なんです。学生であるうちに10人の赤ちゃんをとり上げたという実績が必要で、国家資格も取得し実習にも出なくてはいけない。今は、助産師学校って少子化の影響により減ってきていて、どこを受けようにも倍率は10倍近く。現役の学生ですら諦める人も多い中で、私は子育てもあって、年齢的なハンデもあって。学校の先生にも子どもを育てながら助産師を目指すのはとても難しいと言われていました。
堂上:でもやりきったわけですもんね。
敦子:結果的にはそうなんですけど、当時は本当に必死でした。でも、結局はやらなきゃチャンス自体がゼロになっちゃうし、少しでも挑戦すれば可能性は増えるじゃないですか。みんなが無理って言ってても、自分までだめだと思っていたら一歩も前に進めないですからね。
余慶:今日は敦子さんにお会いしていろんな気づきがあります。人と会うこともウェルビーイングとはまさにこのことですね。
堂上:本当にそうですね。あと子どもが好きで助産師さんの仕事を楽しんでいるというのがとても伝わってきます。
何歳になっても夢を持つ
堂上:ウェルビーイングでいるためにはいくつになっても夢を持つことも大切だと私は考えているんですが、敦子さんにはこれから叶えたい夢はありますか?
敦子:いつか定住しない生活をするのが夢です。助産師資格だけを持って世界を旅しながら、世界中のお母さんのお産のサポートをしたい。理想は、自分の子どもたちが私のもとから巣立った後に「ママって今どこにいるの?」「分からないけどママだからきっとどこかで楽しく生きているよね」みたいな会話がされていることですね。そういう光景が叶えられたらいいなあ。このことについては、子どもたちにもよく話しています。
堂上:夢ってなかなか言葉にしづらい部分があるじゃないですか。でも敦子さんは常に自分の夢について考えていて、お子さんにも話されているのが素晴らしいですよね。きっとお子さんたちも敦子さんから多くのことを学んでいると思います。
敦子:現実になりそうでもない夢でも、言葉にすることが大切だと思っていて。声に出して言うことで自分の脳も騙せるし、言ったからには頑張ろうという気持ちも湧き上がるし。10年前、「助産師になりたい!」と言い出したのも、今振り返ってみるとかなり無理があったかなと思います。
余慶:でも実際に叶えられていて、本当にすごいです。私も、絶対に無理だなって思われる目標を大声で言っていた経験があるんです。当時は周りの人に冷たい目で見られたりもしたけど、今はそれに関連する大きな仕事を名指しでいただくようになったりして。やっぱり「言葉にして言う」って、大切なことなんですよね。
堂上:お二人ともすごく生き生きとされていますもんね。お子さんにもこういう話はするんですか?
敦子:はい。毎年子どもたちと一緒に富士登山にチャレンジしていているんですが、富士山頂って、山の麓から見るとものすごく遠く感じるんですよね。「絶対こんなの登れない」ってくらい。でも、まずは5合目まで、次は7合目まで……と、歩みを止めなかったら、いつかは必ず山頂に辿り着いて、そこには綺麗な朝日が待っていて。これってまさに人生と一緒だと思うんです。
夢を叶えるために小さな目標を立て、それに向かって着実に進んでいけば、必ずいつかは成功が待っている。逆に、成功ばかりを見ていたら遠すぎてついつい諦めてしまうかもしれません。富士登山は、「人生何でもできる!」という教訓を子どもたちに伝えるための手段でもあります。
余慶:敦子さんのお話を聞いて、いくつになっても夢は持っていいんだって改めて実感しました。私とは違う考え方を持っているからこそ、敦子さんからは学ぶことが多くあります。
敦子:私は夢は必ずしもひとつでなくていいと常に思っています。たくさんあっていいし、自分の子どもたちにもたくさん持っていてほしい。私自身も歳を重ねてから新しい夢を持って叶えたことで今とても幸せだから、夢はひとつに絞らないでほしいですね。
堂上:子どもの頃によく聞かれる「夢はなんですか?」に対する答えが、ひとつではないことが当たり前の世の中になるといいですよね。いつまでも夢を追い続けるお母さんの姿、きっとお子さんたちの目にも立派に映っていると思います! 敦子さん、今回は貴重なお話をありがとうございました。
編集後記:
敦子さんと余慶さんと話していると、人間って、こうやってお互いを思いやり、そして、お互いの気持ちを表現し合うことができることに感動すら覚えました。敦子さんの生き方も格好いいし、余慶さんの生き方も格好いい。人それぞれの生き方を聴けるWelluluのインタビューは、まさにウェルビーイングな時間です。
いつか敦子さんが世界中を旅しながら、世界中の子どもたちの誕生に立ち会われているときに、偶然出会って「その子、僕の孫なんですよ。」とか言えるような日が来たら、面白いなあ、と勝手に妄想してしまいました。
敦子さん、余慶さん、本当に素適なお話を聴かせていただきました。ありがとうございました。
撮影場所:UNIVERSITY of CREATIVITY
人気ファッション雑誌『JJ』(光文社)の専属モデルや『VERY』などの表紙を飾るモデルとして活躍。2015年に国際協力NGOジョイセフの活動に感銘を受け東日本大震災復興プロジェクトへの参加などを経て、タンザニアに訪問。現地のお母さんたちの力になりたいと助産師資格の取得を決意。2017年に4年制の看護学校に入学。看護師免許を取得したのち、助産師学校に通い2022年3月助産師資格も取得。同年4月から常勤の助産師として活動中。5人(4男1女)の子どもの育児と家事、そして仕事に奮闘している。