超高齢社会といわれている昨今、シニアのウェルビーイングについて考える方は多いのではないだろうか。実際『Wellulu』には、「おじいちゃんやおばあちゃんに長生きしてほしい」「自分のためにも、老後も楽しく生きられる方法を知りたい」という声が多く寄せられている。
株式会社サウンドファンの山地社長は、耳が遠い方の「聴こえにくい」を解決する『MIRAI SPEAKER(ミライスピーカー)』を世に広めた人物だ。そして2013年の設立以来、思うように販売台数が伸びていなかったサウンドファンを立て直した経営のプロフェッショナルでもある。
そんな山地社長が語る、これからの社会に必要なシニアのウェルビーイングとは。Wellulu編集長の堂上が話を伺った。
山地 浩さん
株式会社サウンドファン 代表取締役社長
堂上 研
Wellulu編集部プロデューサー
1999年に博報堂へ入社後、新規事業開発におけるビジネスデザインディレクターや経団連タスクフォース委員、Better Co-Beingプロジェクトファウンダーなどを歴任。2023年、Wellulu立ち上げに伴い編集部プロデューサーに就任。
「耳が聴こえない」が家族内での孤立につながってしまう
堂上:本日はお話をお伺いできるのを楽しみにしていました。ミライスピーカー、実は僕の父も使っているんです。
山地:そうでしたか。どうもありがとうございます。
堂上:早速ですが、ミライスピーカーならではの特徴を教えていただいてよろしいでしょうか?
山地:もちろんです。ミライスピーカーは、耳が遠い高齢者向けに開発されたテレビ用のスピーカーです。人の声が浮き上がって聴こえるため、テレビの音量を上げなくても言葉がスッと耳に入ってきます。それから遠くまで音が届くような仕組みになっているので、部屋のどこにいてもほとんど同じ音量でテレビの音を聴くことができます。
堂上:なるほど。ご高齢の方にとって、「聴こえる」ってすごく大切ですよね。僕の父も年をとるにつれて段々と耳が遠くなっているのですが、「ええ⁉ なに⁉」みたいな大声での会話が増えました。
山地:耳が遠い家族がいて、それに慣れると段々と耳の遠い家族に話しかけなくなってしまうんですよね。「ご飯美味しい?」のような簡単な会話はできるものの、食卓での込み入った話には入れない。そうすると、どこかさみしそうに見えます。本来、家族で食卓を囲むのは楽しいことのはずなのに……と、いたたまれない気持ちになります。
堂上:ミライスピーカーは、そういった家族の問題を解決できる手段なんですね。
山地:はい。ミライスピーカーを使っても大きな効果を感じられない方もいらっしゃいますが、高齢の方が家族内で孤立してしまうことを少しでも避けられたらいいなと思い、製品を開発・販売しています。ありがたいことに、累計販売台数は25万台を超えました。
堂上:25万台……すごい! 高齢者はもちろん、ご家族のウェルビーイングにつながっている製品ですね。
山地:老化現象のひとつとして耳が遠くなるのは、もう仕方がないことなんです。遅かれ早かれ、私たちにもいつかきっとその時は訪れます。少しずつ受け入れていくしかないとは思うものの、ミライスピーカーのような革新的なサポートツールがあると思うと、年を取っていくのも悪くないなと思えませんか?
堂上:そう思います。今後もきっと、色々な製品が登場するでしょうね。ところで、耳が遠い方の製品というと真っ先に補聴器が思い浮かぶのですが、そこに着目しなかったのには理由があるのでしょうか?
山地:補聴器の場合は、個人に合わせた調整が欠かせません。耳に合わせたデザインの設計も必要ですし、難聴が進行するたびにお店に持って行って、専門家の方に調整してもらわなければいけないんです。
堂上:たしかに、僕の父もそうです。
山地:高齢になると、外出すること自体が大変じゃないですか。そうすると徐々に足が遠のき、補聴器自体も使わなくなってしまうというお話しもよく聞きます。一方、ミライスピーカーであれば難聴の進行度合いに関わらず、基本的にはどんな方にもお使いいただけます。個人に合わせてカスタマイズする必要もないので、ご家族がプレゼントされることも多いんですよ。
もちろん、カスタマイズ性という意味では補聴器のほうが優れています。なので、補聴器と併用でお使いいただいている方も多いです。
堂上:なるほど。本当に画期的な製品ですね!
シンプルすぎるくらいがちょうどいい。ミライスピーカーが高齢者に受け入れられるワケ
堂上:今日は、利用者インタビューということで、松尾勝一先生(在宅医療支援診療所 まつおクリニック 院長)にもお話を伺おうと思います。先生、どうぞよろしくお願いいたします。
松尾:よろしくお願いいたします。
堂上:松尾先生は、ミライスピーカーを利用している高齢者に多く接しているんですよね。
松尾:はい。私は普段、ご高齢の方を中心とした在宅診療をおこなっているのですが、実際に伺うご自宅の多くにミライスピーカーが置いてあるんです。「声もしくは言葉が聴こえやすくなった」という声をよく聞きますよ。
堂上:松尾先生から見て、高齢者にミライスピーカーが選ばれる理由は何だと思いますか?
松尾:使いやすさではないでしょうか。ミライスピーカーは操作が単純でわかりやすいので、機械に苦手意識のある高齢者でも問題なく使えているようです。特に認知症が進んでいる方にとっては、毎回電源をONにすることさえ難しいケースもありますからね。ミライスピーカーは基本的には電源を付けっぱなしで問題ないので、その点も使い勝手の良い理由だと思います。
堂上:複雑じゃないということがポイントなんですね。
松尾:はい。高齢者にとっては、テレビを見ることさえできれば、他の機能、たとえばスマホにつないだりする機能はいらないんです。
堂上:なるほど。そもそも、高齢者にとってテレビを見ることは重要なのでしょうか?
松尾:はい。テレビは人間の脳を活性化する効果があるので、見なくなると認知症の進行スピードが上がってしまうことが多いです。だからといって、テレビの音量をただ上げるだけでは近所迷惑にもなるし、耳にも良くない。イヤホンをするという手もありますが、高齢者の中には「聴こえをよくするために特別なことをする」こと自体を嫌がる方もいます。
ミライスピーカーは「特別なことをしなくても、今まで通りにテレビが見られる」、そんなツールなんです。自分の耳が良くなったと感じる、そういった印象があるのも利用者が多い理由なのではないかと思います。
堂上:素晴らしいですね。
松尾:よく考えてみると、あえて「高齢者向け」を謳っているスピーカーってあまりないですよね。若い方が音楽を聴くためのスピーカーのように、Bluetooth機能すらない。ミライスピーカーは、本当にシンプルなんです。
堂上:そこは山地さんからしても、こだわられたポイントですか?
山地:そうですね。音量調節のダイヤルも大きくして、電源ボタンも基本は触らないでいいように後ろに付けています。主役はあくまでもテレビなので、目立たないように電源ランプも後に付けて、デザインも真っ黒にしているんです。まさに「黒子」ですね。
堂上:そんな背景があったんですね。目立たずに、耳に悪影響がなくテレビが見られる環境をサポートする。本当にウェルビーイングな製品ですね。
松尾:実際にミライスピーカーを使われている方を見ていると、表情が明るくなったり目がキラキラしていたりしているんです。テレビが見られるという単純なことだけでも、日々の生活態度がポジティブになっているのがわかります。これってすごいことですよね。
山地:実際に高齢者の方と多く接している松尾先生にそう言っていただけるのは、本当に嬉しいです。
堂上:松尾先生が高齢者のご自宅を訪問した際にミライスピーカーを見つけたら、そこからも会話が生まれますもんね。高齢者に関わらずウェルビーイングな生活を送るには、他者との「対話」が欠かせませんから、そういった意味でもシニアのウェルビーイングを促進している製品ですね!
松尾勝一さん
在宅療養支援診療所 まつおクリニック(福岡市)
世の中で苦しんでいる人のために働きたいと願い、医師となる。2013年8月1日、福岡市早良区原通りに、「まつおクリニック」を開業。がんの治療、手術、化学療法に従事。後に終末期医療に従事する目的で、2011年よりホスピス病棟にて緩和ケアの診療にあたる。がんだけではなく、どんな病気であったとしても、安心して最期を迎える社会にしたい。という思いから、在宅緩和ケアを専門にする「まつお在宅クリニック」を開設。
今後は高齢者だけでなく、より幅広い世代に使ってもらいたい
堂上:すでに多くの高齢者に利用されているミライスピーカーですが、今後はどのような展開をお考えですか?
山地:今は基本的に高齢者のご自宅でテレビにつないで使われていますが、今後は家の中だけにとどまらず、そしてテレビだけに限らず、さまざまな用途ができるようにしていきたいです。たとえば電車やバスの中、駅などにミライスピーカーを設置できれば高齢者はもっと行動しやすくなります。
堂上:人が活動するところ全部に置けるようになるわけですね。
山地:はい。ただ、開発側にいるのはほとんどが健聴者なので、ミライスピーカーの開発には生活者の声が欠かせません。どんな場所で活用できるか、そして開発されたスピーカーの性能が良いかどうかは、耳が遠い方しか判断できないんです。
ついこの間も、「病院や役所のように、アクリル板がある場所でも相手の声が聴こえるように、ポケットで持ち運べるサイズのものがほしい」と言われました。そこで初めて私たちは「こんな活用方法もあるのか!」と気づいたんです。
堂上:商品開発に生活者の声が欠かせないというのは、まさにこのことですね。
山地:はい。なので、これからも生活者の方とのコミュニケーションは大切にしていきたいです。それから、耳の遠い方以外にも活用してもらえるようになると嬉しいですね。
堂上:たとえば子どもにも使えるのでしょうか。僕には子どもが3人いるんですが、家で妻と僕が会話していると「お父さんうるさい! テレビの音が聴こえない!」なんて言われてしまうんですよ……(笑)。こんな状況にもミライスピーカーは役立ちますか?
山地:もちろんです。言葉がくっきり聴こえる仕組みになっているので、テレビの音量を上げずに聴こえやすくなりますよ。あとは、料理中で換気扇や水の音で聴こえにくい時にも便利です。「ながら家事」ができるようになります。
堂上:ものすごく便利ですね!
山地:それから、近くでも遠くでも同じ音量で聴こえるという特徴を活かして、会社での会議やセミナーなどにも活用できると思います。今発売中のモデルには単純なスピーカー機能しか付いていないですが、いずれマイク付きのモデルを販売したいと考えています。
堂上:すごい! どんどん活用方法が広がりますね。
経営で大切にしているのは「自分を消す」こと
堂上:ミライスピーカーという画期的な製品を世に送り出している山地さんですが、サウンドファンにジョインされるきっかけは何だったのでしょう?
山地:サウンドファンの創業者の方が体調を崩されて、経営を離れることになった時に声をかけていただきました。当時は、BtoB商品として大きなスピーカーを販売していたんですが、正直、この売れ行きがなかなか伸びず苦戦していたんです。
ですが、改めて社員に意見を聞いてみると、小型化する技術を持っていることがわかったんです。そこで思い切って、BtoCビジネスに切り替えました。そこからなんとか軌道に乗り、今に至ります。
堂上:発想の転換ですね。社員の意見を聞くというのは、どんな方法で?
山地:私が経営に関わることになった時、社員全員と1対1で話す機会を作りました。私は経営の経験こそ何度かあるものの、技術のことに関しては全くの素人だったので、従業員から聞くしかなかったんです。
堂上:素晴らしいですね。僕は『Wellulu』を通じて組織のウェルビーイングについても探求しているのですが、そのためには経営者と社員の対話が欠かせないんです。山地さんは当時からそれを体現されていたんですね。
山地:当時はまだ従業員も少なかったから、やりやすかったのもありますね。大きな企業ではなかなか難しいかもしれません。
堂上:実際にサウンドファンにジョインされて、どんな印象がありましたか?
山地:これまで私が関わってきたビジネスと比べて、困っている人の役に立っている「手触り感」というものが圧倒的にあることに驚きました。耳が聴こえるようになったことで涙を流して喜んでくださるユーザーの方がいたり、耳の遠い息子さんを持つ社員のミライスピーカーに対する熱い想いを聞いたり。
それから、聞こえにお困りの方にとって聞こえやすい音を届ける「曲面サウンド」という技術が本当にユニークです。誰にも真似できないので市場での価格競争にも巻き込まれにくいし、グローバル展開も可能なので、ビジネスという意味でもかなり可能性を感じました。
ミライスピーカー公式オンラインストア
https://soundfun.co.jp/
堂上:そもそも、山地さんが経営に興味を持ったきっかけは何だったんでしょう? 昔からリーダーシップがあるタイプだったのですか?
山地:そうですね、前に出るタイプではありました。大学生の時、学生寮で生活していたんですが、その寮が自治寮といって、学生が自分たちで運営する寮だったんです。約300人もの寮生から寮費を集めたり、政婦さんを雇って毎日の食事を切り盛りしたりなど、今考えると経営に近いことをそこで学びましたね。
堂上:へぇ〜! いい経験ですね。僕も大学生の頃は寮で生活していました。一体感みたいなものも芽生えますよね。
山地:そうですね。自分たちでルールを決めたりするのも楽しかったです。当時、寮の老朽化を理由に建て替えようという話が大学側に出たんです。学生運動などの拠点にならぬよう、これを機に大学側は、これまでの大部屋タイプではなく個室のマンションタイプの寮に変え学生を分断しようとしていたんですよね。
でも、私たちはみんなで生活するのが楽しかったですし、ひとつの文化として自治寮を残していきたいと思っていたんです。大学を相手に交渉するとなると寮生の結束力も大切なので、そういった意味では「リーダーとしてまとめる」経験もできました。
堂上:その経験は今でも活きていますか?
山地:はい。でも最近は、昔ほど積極的に「メンバーをどう束ねるか」は考えなくなりましたね。
堂上:その話、面白そうですね。詳しくお聞きしたいです。それで組織はうまくいきますか?
山地:経営やリーダーにも色々なタイプがあると思います。ただ、私は昔から周りにあれこれ言われるのが嫌いなタイプでした。母から「宿題やりなさい」と言われると、「今ちょうどやろうと思ってたのに! やる気なくなった!」と言うタイプ(笑)。
堂上:僕の息子もそう言います(笑)。
山地:でも、そういう人って案外多いと思うんです。自分で考えて決めたことは一生懸命やるけど、他者にやれと言われたことはやらない。だから、今はできるだけ自分の存在感を消すことを大切にしています。
特にサウンドファンは、困っている人の役に立つ製品の力に惹かれて入社してきた志が高いメンバーばかりなので、私があれこれ言う必要はまったくありません。もちろん大きな方針を決める責任は、社長の私にありますが、それももともとは社員が出し合った意見なんです。なので、私は黒子的なまとめ役に徹しています。
堂上:まさに求心力がある製品だからこそですね。
新しい道を切り開く人でありたい
堂上:最後に、今の未来の山地さんについて聞かせてください。何をしている時にウェルビーイングを感じますか?
山地:難しい質問ですね……。ウェルビーイングかどうかは曖昧ですが、「生きているな」と感じるのはランニングをしている時ですね。
堂上:ランニングが好きなんですね! だからこんなに若く見えるのかな。
山地:どうでしょう(笑)。ただ、ランニングをしながら頭の中が整理されていく瞬間とか、肉体的にも精神的にも安定感を感じられるのが好きで、もう10年くらい習慣になっています。100キロマラソンに出たり、砂漠を走るレースに出たりもしてますよ。
堂上:すごいですね。僕は入社してから30年間くらいほとんど運動ができていないので、尊敬します。
山地:もちろん、走っていてしんどい瞬間もあります。でも、そのしんどさこそが「生きてるな〜」と思うんです。それから、新しい道を開拓したり、開拓するために色々仕込んだりしている時はすごくワクワクしますね。
堂上:まさにミライスピーカーの話ですね。
山地:はい。今販売中のミライスピーカーは、実はアメリカでも販売しているんです。新しい市場を開拓しているのでもちろん簡単ではありませんが、これは絶対に成功させたいですね。
というのも、インターネットが発達したことによって、私たちみたいな小さな会社でもトライできる環境が生まれたわけじゃないですか。これって、本当に夢があるすごいことだと思うんです。
堂上:確かに、おっしゃる通りです。
山地:ただ、アメリカという大きなEC市場で本格的に成功した日本のD2Cブランドはまだありません。だからこそ、ミライスピーカーがその先駆者になれれば、道が切り開かれて、日本の良い製品がどんどん流通すると思うんですよね。それを考えると、ものすごくワクワクします。
堂上:良いですね! 山地さんなら、そしてミライスピーカーなら実現しそうです。本日は貴重なお話をたくさん伺えて本当に楽しかったです。山地さん、ありがとうございました!
株式会社レントラックジャパン取締役、株式会社ツタヤ・ディスカス代表取締役社長、株式会社ツタヤオンライン代表取締役社長を歴任。2018年10月株式会社サウンドファン代表取締役社長CEO就任。