深刻な慢性赤字、現場の属人化、そして超高齢社会による需要の逼迫。日本の医療・介護現場は今、その存立を揺るがすほどの構造的な危機に直面している。この巨大かつ困難な社会課題に、経営のプロフェッショナルとして真っ向から挑み続けているのが、株式会社ユカリアだ。
彼らが目指すのは、①病院・介護施設の経営の安定化、②医療・介護従事者の働きがいや所得の向上、③患者・要介護者のウェルビーイング、この全てが実現されていて、人々のQOLが持続的に改善されている、現場起点の「三方良し」の世界観である。
この組織を、圧倒的な熱量で牽引するのが、代表取締役社長の三沢英生さんだ。かつて外資系金融の世界で名を馳せ、現在は東大のアメフト部監督として辣腕を振るう人物が、なぜ「ヘルスケアの産業化」という未踏の道を選んだのか。
「平凡なことを非凡にやる」という哲学の奥底に流れる、三沢さんの真の価値観とは。Wellulu編集長の堂上研との対話から、日本の未来を照らす変革の道筋を紐解いていく。

三沢 英生さん
株式会社ユカリア 代表取締役社長

堂上 研
株式会社ECOTONE 代表取締役社長/Wellulu 編集長
1999年に博報堂へ入社後、新規事業開発におけるビジネスデザインディレクターや経団連タスクフォース委員、Better Co-Beingプロジェクトファウンダーなどを歴任。2023年、Wellulu立ち上げに伴い編集長に就任。2024年10月、株式会社ECOTONEを立ち上げる。
東大一家を襲った暗転。逆境を糧に「稼ぐこと」へ執着した若き日

堂上:先日、三沢さんが登壇されているプレゼンテーションを拝見したのですが、その圧倒的な熱量と揺るぎない信念に一瞬で目を奪われました。「一体、どのような背景がこの方を突き動かしているのだろう」と、今日お会いできるのを心待ちにしていたので大変光栄です。
まずは、三沢さんの原点となる幼少期のお話から伺えますか。
三沢:幼少期から体格に恵まれ、幸いにも運動と勉強のどちらも得意な子どもでした。父や親族が揃って東京大学へ進学していたこともあり、教育環境的にも経済的にも非常に恵まれた家庭で育ったと思います。
しかし、中学3年生から高校1年生にかけて状況が一変。家族が多額の借金を背負い生活環境は困窮、激変しました。
堂上:まさに、天国から地獄というべき急転直下ですね。
三沢:浪人など許されない状況下で、必死に勉強して東大に入学しました。社会人になってからも家族の借金を肩代わりするため、「とにかく稼げる仕事を」という一念でゴールドマン・サックスに入社したんです。当時は、自分を取り巻く不遇な環境を呪うような、暗く激しい感情が常に渦巻いていましたね。
堂上:凄まじい執念ですね。そんな厳しい状況下で出会ったのが、今も監督として携わられている「アメリカンフットボール」だったと。アメフトとの出会いはどのようなものだったのですか?
三沢:じつは、先輩たちに上手く「騙された」のがきっかけなんです(笑)。高校まではテニスをやっていましたが、この体格を活かして、大学ではラグビーをやりたいと考えていました。ところが、ラグビー部の部室へ向かう手前にアメフト部の練習グラウンドがあり、そこで先輩たちに「一度ボールを持って走ってみろ」と声をかけられて。いつの間にか取り込まれてしまいました(笑)。
堂上:その「偶然の出会い」から、後に監督としてチームを率いるまでになるわけですから、人生は面白いですね。

三沢:アメフトに出会わなかったら、今の自分はどうなっていたか……と思うとゾッとします。苦楽を共にした生涯の仲間ができ、今の私を形づくる貴重な経験を積むことができました。だからこそ、入部してよかったと確信している今の教え子たちにも、愛情を込めて「後輩を堂々と騙してこい」と言い続けています(笑)。
堂上:スポーツに情熱を注ぎ、金融の第一線で活躍されていた三沢さんが、なぜ「ヘルスケア」という全く異なる領域へ転身されたのでしょうか。
三沢:正直に言えば、キャリアの初期は「お金」が最大のモチベーションでした。しかし、借金を完済し経済的な目処が立ったことから金融業界を卒業しようと思っていた頃、以前から興味があった政治の世界に改めて向き合う余裕ができました。幼少期に「総理大臣になりたい」といっていたくらい政治には元々高い関心を持っていて、ご縁があって菅義偉氏(元首相)のもとで学ばせていただくことになりました。
一方で、スポーツブランド「アンダーアーマー」の日本総代理店・株式会社ドームの描く世界観に共感しスポーツの世界に飛び込んだ。そこで東大アメフト部の監督を務めながら「スポーツの産業化」を推進するミッションに身を投じることになったんです。
堂上:金融から政治、スポーツビジネス、そして現在のヘルスケアへ。一見バラバラな経験が、三沢さんの中でどうつながっていったのですか?
三沢:ユカリアの創業者で現会長の古川さんと語らう中で、スポーツとヘルスケア、この一見遠い二つの業界が抱える「構造的欠陥」が酷似していることに衝撃を受けたんです。既得権益の壁、非効率な縦割り組織が弊害となり、グローバルスタンダードの視点では完全に遅れています。そして何より「利益を上げること」を悪とするような、偏った倫理観。
堂上:「素晴らしい貢献をしているのだから、清貧であるべきだ」という、産業化を阻む無意識のバイアスですね。
三沢:ユカリア入社当初は、半年ほどお手伝いするだけのつもりでした。古川さんともそのように約束していました。しかし、医療・介護の過酷な現場を目の当たりにするにつれ、強い危機感が湧き上がってきました。この構造を放置すれば、日本という国自体が立ち行かなくなる。この巨大な社会課題に挑まなければならないという強烈な使命感に、心に火がついたんです。
堂上:借金生活から、金融、スポーツを経てヘルスケアへ。三沢さんは、人生のあらゆる局面で、ご自身の使命を自覚するための「必然的な出会い」を引き寄せているように感じます。
愛と利他の精神を宿した、体温のある組織づくり

堂上:医療・介護業界の課題は、今や誰もが実感する社会的な課題となっています。ユカリアはその中心地で、具体的にどのような変革を仕掛けているのでしょうか。
三沢:現在、日本の病院の約7割以上が赤字経営という厳しい現実にあります。ユカリアでは、資金調達から、医材・薬剤・医療機器の調達や、購買、地域連携、施設の建て替えや修繕まで、病院経営のあらゆる側面を伴走支援しています。DX化や人事支援を通じて現場の負担を軽減し、医療従事者の「働きがい」を創出する。
その結果として、患者様のウェルビーイングを実現する。古川さんが生み出したこのビジネスモデルは、日本の医療のあり方を根本から変える、唯一無二の仕組みだと確信しています。
堂上:その仕組みを社会のインフラとして広げていくために、三沢さんが舵を取られているのですね。
三沢:日本全体の産業構造の転換につながるよう、IPO(新規公開株式)を始めとする組織拡大に務めました。ビジネスの拡大によって社会課題を解決し、その成果がまたビジネスに還元される。ビジネスと社会課題の解決は別個のものではなく、両輪で回していけるものであると確信しています。
私たちは、医療・介護の「ど真ん中」である病院の変革に真正面から取り組んでいる。この難易度の高い挑戦を成し遂げるには、単にビジネスを拡大するだけではなく、同じ志を持つ仲間と「共感の波紋」を広げていく必要があります。だからこそ、愛と利他の精神を根幹に据え、感謝と温もりに満ちたフラットで体温のある組織づくりに注力しているんです。
堂上:現在の日本の医療・介護現場は、本来「医療のプロ」である医師や看護師が、同時に「経営のプロ」としても立ち振る舞わなければならないという、構造的な矛盾を抱えていますよね。そこにユカリアが「経営のプロフェッショナル」として介入し、伴走支援を行うことは、現場のポテンシャルを解放する極めて大きな社会的インパクトになるはずです。
ビジョンである「ヘルスケアの産業化」を単なるスローガンにせず、いかに社員一人ひとりの血肉にするか。具体的なアプローチを教えてください。
三沢:たとえば、私自身が「ビジョン・ミッション オリエンテーション」と「リーダーシップ研修」のいずれかを毎月1回交互に開催し、講師役を務めています。ユカリアのビジョンとミッションをしっかり踏まえたうえで、参加者全員に「人生の究極の目的」を発表してもらうんです。そこから逆算して、ユカリアでの目標、5年後、3年後の姿、そして「今、何をすべきか」までを徹底的に掘り下げてもらいます。毎回6〜10人ほどの少人数制で行っており、現在は、すでに全社員の4〜5割が受講を終えています。
堂上:三沢社長が自ら少人数の対話の場を持つというのは、社員にとっても大きな刺激であり、深い心理的安全性につながりますね。
三沢:日々の業務は放っておくとルーティン化してしまいます。しかし、自分の仕事が「企業のビジョン・ミッション」や「自分の人生の目的」とどう結びついているかを意識し続けることで、初めて強烈な「自分ごと化」が生まれます。
私自身、毎日欠かさず振り返り、内省をしています。一点の曇りもない志・使命感・信念・覚悟を持って動いているからこそ、どんな困難があっても歩みを止めずにいられる。うまくいかないことも全て学びだと感じ、成功までやり続ける。この「内省の力」を全社員と共有したいんです。でなければ、ユカリアは日本を変えられない。
堂上:「内省」こそが、自律的な組織のエンジンになるわけですね。
三沢:以前、アメリカのアメフト強豪大学を率いる著名なヘッドコーチと出会った際、衝撃を受けた言葉があります。「一流チームも三流チームも、練習メニュー自体は同じだ」と。
差が出るのは、そのメニューをどれだけ深く追求し、創意工夫を凝らせるか。私は社員に「平凡なことを、非凡にやろう」と伝え続けています。

堂上:僕も学生時代にサッカーをやっていたので共感します。一人の指示で動くチームは一見統制が取れているようで、じつは変化に弱く、判断が遅れます。一方で、全員が「自ら考え、動く」チームは圧倒的に速くて強い。これはビジネスにも共通しますね。
これは意思を持って行動しているかどうかであり、それを社員の皆さんにも注入しているのですね。
三沢:「人生の目的」や「意義付け」に正解はありません。答えのない問いを考え抜き、行動し続けることを説く。このプロセスを繰り返すことで、社員の視座が上がり、組織のスタンダードを上げることができます。「スタンダードを上げる」とは「新しい当たり前」をつくることです。自律的・主体的に挑戦し続けることが、当たり前の組織へと変革していくのです。ここで不可欠なのが、徹底的な振り返りと内省です。こうと決めたことに対し、私は年に1回、月に1回、日に1回振り返り、内省する時間を設けています。
堂上:振り返る際のポイントはありますか?
三沢:他者との比較や、他人からの評価は関係ありません。「理想の自分を目指し続けた」と自らが思えることが重要です。常にポジティブであること。たとえば、目標の2割しか達成できなかった日も「2割できた、残りの8割は次の日にやっていこう」と捉える。
私自身、内省する中で不安に襲われることもあります。だからこそ、仲間との助け合いや切磋琢磨が必要なんです。「愛と利他の精神」を持ち、感謝を伝えなければなりません。
堂上:「利他」は自分を救うことにも繋がりますよね。
三沢:私は「偽善でもいい」と言っています。仮に偽善でも、やり続ければそれはいつか自然な振る舞いになり、本物になっていく。人のために動くことは、巡り巡って自分のためにもなる。
まずは自分を愛し、承認してあげること。たとえ世界中を敵に回しても、自分だけは自分の味方であり続けなさい。そう社員に言い続けています。
過去の呪縛を感謝へと変えた、沖縄の子どもたちとの出会い
堂上:ここまでのお話を伺って、三沢さんの組織論の根底には非常に深い人間愛、まさにウェルビーイングの思想が流れていると感じました。
「学生時代は境遇を恨むようなネガティブな思考もあった」とおっしゃっていましたが、今の三沢さんの核にある「愛と利他」の精神が必要だと気づかれたのは、いつ頃のことだったのでしょうか。

三沢:株式会社ドームで「スポーツの産業化」に取り組んでいた際、出張で沖縄を訪れる機会が何度もありました。そこで出会ったのが、学校に通うことすら叶わない、深刻な貧困層の子どもたちでした。
ある時、彼らを東京へ招いて食事を共にしました。しゃぶしゃぶを振る舞うと、一人の子が「人生で初めてお肉を食べた」と泣き出してしまったんです。その姿に、私は言葉を失うほどの衝撃を受けました。
堂上:飽食の時代と言われる日本で、その現実はあまりに重いですね。
三沢:そこから1週間ほど東京に滞在し、いろんな名所に行きました。3カ月後に沖縄で彼らに再会すると、あの子たちは必死に勉強を始めていたんです。共に街を歩きながら、沖縄の歴史についても語ってくれました。そして別れ際、彼らが一生懸命に握ってくれたおにぎりを手渡された時……なぜか、涙が止まらなくなりました。
その瞬間、自分を縛り付けていた「過去への恨み」が霧散し、親への深い感謝が湧き上がってきたんです。借金のある生活を恨んで生きてきましたが、私は大学まで行かせてもらい、最高の教育を受けさせてもらった。それがいかに贅沢で、恵まれたことだったか。
これまで抱いてきたネガティブな感情がすべて感謝へと塗り替えられ、「日本を豊かな国にする」という揺るぎない人生の目的・目標が定まりました。
堂上:その劇的な変化は、まさに「アンラーン(Unlearn)」の体験ですね。僕たちは成功体験を積むほど、「自分の視点が正しい」というバイアスに囚われ、新しい価値観を拒んでしまいがちです。
たくさんの多様な価値観と出会い、既存の定石を捨てて新たな視点を吸収できたことは、三沢さんのウェルビーイングにおける極めて重要な転換点だったのだと感じます。
「ウェルビーイングの産業化」を加速させる、日本の精神性と共感の渦

堂上:沖縄での衝撃的な出会いを経て、自分自身の「救済」から、より大きな「日本という国の再興」へと視座が移り変わっていったのですね。
三沢:純粋に、自分の子どもたちの世代に再興した日本を引き継ぎたいという強い想いがあります。また、外資系企業での駐在経験が長かったからこそ、日本の特異的な価値を再認識した部分もありますね。
日本は古来より「八百万(やおよろず)の神」が宿ると信じ、目に見えないものに畏敬の念を抱く精神社会です。曖昧さや複雑さを排除せず、そのまま受け入れる力。これは現代において、日本人が世界に誇るべき最大の長所だと思っています。この国が力を失えば、世界はさらに「0か100か」の極端なゲームに陥り、平和の均衡が崩れてしまうという危惧があります。
堂上:確かに、現在は世界中で分断が進み、ポピュリズムが加速しています。相手の立場を慮り、「あわい」を許容する日本的な文化は、今こそ世界に求められている視点かもしれません。
三沢:昨今語られるSDGsやCSR、ソーシャルインパクトといった概念も、じつは日本が2000年の歴史の中で培ってきた、山や海、草木など万物に宿る神々を敬うという思想そのもの。日本こそが、この領域で世界を主導すべきなんです。
堂上:三沢さんの工学部時代の専攻(地球システム工学科)や、アインシュタインに憧れたという物理学への興味を伺っていると、三沢さんの思考の根底には常に「世の中の理(ことわり)」への探求心があるように感じます。哲学的な視点もお持ちですよね。
三沢:哲学は大好きですね。物理学で世界を変えたいと夢想していた頃もありました。哲学と物理学の根本はアウフヘーベンで一緒です。
堂上:物理学的な視点で見ても、三沢さんが掲げる「ヘルスケアの産業化」は、非常に共感するお話です。よく「幸福と利益は相反する」「ウェルビーイングは儲からない」と言われますが、僕たちはその二つを地続きにしたいと考えています。

三沢:社会課題の解決、すなわち社会的インパクトの創出は、市場に確固たるニーズがあるからこそ成立します。人それぞれ定義は違えど、ウェルビーイングな状態である方が、人はウキウキと高いパフォーマンスを発揮でき、結果として利益も上がるはず。この二つは決して二律背反ではありません。
堂上:その産業化を推し進めるには、組織内外で「共感の波紋」を広げることが不可欠です。僕たちは今、ファーストペンギンの後に続く人々が、「渦」をかき混ぜることで熱狂が波及していくメカニズムを研究しています。
僕は『トム・ソーヤーの冒険』のペンキ塗りのエピソードが大好きで。主人公のトムは怒られてペンキ塗りをすることになるのに、誰よりも楽しそうにペンキを塗っているからこそ、周囲は「自分もやりたい」と惹きつけられていく。成功の保証がない新規事業であっても、リーダーが最も楽しんで挑戦し続ける。そんなトム・ソーヤーのような立ち振る舞いを通じて、誰もが参加したくなるような大きな共感の渦を作っていきたいと思っています。
大学スポーツから始まる「教育」の再興

堂上:「エコトーン」という社名は、山や海などのあわいで、新たな生態系が生まれる「境界域」に由来しています。三沢さんとの出会いもまさにそうですが、異なる背景を持つ多様な人々が交わることで、新しいビジネスや価値観が生まれると信じているんです。
三沢:激しい変化が続くVUCA(ブーカ)※の時代において、効率性だけを追い求めるモデルは限界を迎えています。多様性のない組織は、変化に対応できずリスクを抱えることになる。
※VUCA(ブーカ):変化性(Volatility)、不確実性(Uncertain)、複雑性(Complexity)、曖昧性(Ambiguity)、4つの頭文字を組み合わせた言葉
企業においてDEI(多様性・公平性・包摂性)はもはや不可欠です。だからこそユカリアでは、パートナーシップ制度の導入や、副業の容認など、一人ひとりが社外で多様な経験を積むことを後押ししています。それらが個人の糧となり、組織と有機的に結びつくことが重要なんです。
堂上:副業によって「居場所」や「役割」が増えることは、個人のウェルビーイングにも直結しますね。三沢さんにとって、東大アメフト部の監督というもうひとつの顔も、大切なエネルギー源になっているのではないでしょうか。
三沢:私にとってアメフトを通じた大学スポーツの変革は、日本をより良くするための具体的なアクションとして、ユカリアの事業とも深くつながっています。アメリカのハーバードやスタンフォードといった名門校は、学術だけでなくスポーツでも世界トップクラスであり、そこから次世代のリーダーや起業家が輩出されています。
堂上:文武両道が、真のリーダーシップを育む土壌になっているのですね。

三沢:「文武一道」です。二項対立ではなく二項動態、完全に一致です。アメリカでは、スポーツでのチームビルディング、リーダーシップ、慈しみの心、そして逆境に立ち向かう強靭さを鍛えることが、アカデミックな知性と等しく評価されます。大学スポーツには多額の資金が動き、それが研究環境の向上にも還元される。スポーツと学問が互いを高め合う仕組みが、国としての強さにつながっているんです。この循環を日本でも構築したい。大学スポーツのあり方を変えることで教育を改革し、優秀な人材を育成したいと考えています。
堂上:経営の現場からスポーツのグラウンドまで。三沢さんの中で、すべては「共感」と「感動」によって人を動かし、社会を動かすという一本の線でつながりましたね。
三沢:大学スポーツを強くすることは、次世代のリーダーを育てること。それが、日本を再び輝かせる「復活」への近道だと信じています。自分自身、大学スポーツで学んだチームビルディングがユカリアの経営に活きていることを日々実感しています。
堂上:強固な意思と圧倒的な行動力を持つ三沢さんとお話しして、僕自身、大きな刺激をいただきました。お会いする前から「ウェルビーイングな方だろう」と予感していましたが、想像を遥かに超える熱量に触れ、深い確信に変わりました。
これからも共に「共感の渦」をかき混ぜ、社会にポジティブなうねりを作っていけることを楽しみにしています。本日はありがとうございました!

聖光学院高校、東京大学、同大学院を経て、ゴールドマン・サックス証券に入社。金融業界の要職を歴任し、卓越した戦略眼を養う。その後、株式会社ドームにてスポーツビジネスに携わる傍ら、母校である東大のアメフト部監督や筑波大学客員教授として「スポーツの産業化」を牽引。中央省庁や自民党、議員連盟の有識者会議で提言を行うなど、多方面で日本の構造改革に尽力してきた。
2020年より株式会社ユカリアの代表に参画、2024年より医療・介護現場の変革を通じた「ヘルスケアの産業化」に挑む。好きな食べ物はカレーとハンバーグ。
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