
日立製作所のエバンジェリストをはじめ、2025年現在3社の社外取締役を務めるなど、人事のプロとして多岐に渡って活躍する大和田順子さん。
根っからの本好きだという自身は、幼少期から物語の世界にどっぷり浸かり、いわゆる自他共に認める文学少女であった。読書体験によって培われたものは、社会人になってからも人と関わるうえで活かされてきたという。
業界や業種をこえて幅広い立場の人たちと関わる大和田さんは、どんな人生を歩みながら現在に至り、これからの未来をどのように考えているのか。Wellulu編集長の堂上研が話を聞いた。

大和田 順子さん
株式会社日立製作所 人財統括本部 エバンジェリスト
株式会社東京一番フーズ 顧問
イオンモール株式会社、株式会社エイチ・アイ・エス、大東建託株式会社 社外取締役

堂上 研
株式会社ECOTONE 代表取締役社長/Wellulu 編集長
1999年に博報堂へ入社後、新規事業開発におけるビジネスデザインディレクターや経団連タスクフォース委員、Better Co-Beingプロジェクトファウンダーなどを歴任。2023年、Wellulu立ち上げに伴い編集長に就任。2024年10月、株式会社ECOTONEを立ち上げる。
https://ecotone.co.jp/
幼少期からの読書体験が生んだ、想像力と創造性
堂上:初めまして。今日はよろしくお願いします! あれ? この名刺ってもしかして、Welluluでも登場してもらったまつざわくみさんの「切り札」じゃないですか?!
大和田:そうなんです! いろいろ話を聞いていただいて、家族をテーマにしたデザインにしてもらったんですけど、すごく気に入っています。
堂上:素敵ですねー。くみさんと繋がっていたなんて、なんだか僕も勝手にうれしくなりました。
大和田:私もうれしいご縁でした。今日はどうぞよろしくお願いします。
堂上:Welluluでは最近、ゲストの方の現在の仕事はもちろん、過去に遡ったり未来について語っていただいたりといったように、一緒に旅をさせてもらうような感じでトークを進めることが多いんです。その人がどんなふうに人生を歩んでこられたかもお聞きしたいなと思っていて。まずは大和田さんの幼少期のエピソードからお聞きしたいのですが、どんなお子さんだったと記憶されていますか?
大和田:私は4人兄弟の長女で、岐阜県で生まれ育ちました。山が近くて水も美味しい、自然に恵まれた環境が身近だったにもかかわらず、家に篭って本ばかり読んでいる子どもでした。親に言われたとか勉強のためっていうわけじゃなくて、純粋に読書が好きで楽しかったんですよね。近所の子たちはみんな、学校の校庭で元気にドッジボールなんかをしているわけなんですけど(笑)。
堂上:なるほど。完全なるインドア派だったという。
大和田:とはいえ、運動もちゃんとしたほうが良いという母の勧めもあって、小学5年生のときにバスケットボールを始めて10年ほど続けました。
堂上:それはまた意外です。体育会系な一面もあったとは。でも幼い頃から自発的に本を読む習慣があったなんてすごいなあ。当時はどんな本を読まれていたんですか? 大和田さんの読書遍歴が気になります。
大和田:はじめは子ども向けの文学全集でしたが、その後は、伝記が多かったですね。宮沢賢治やベーブ・ルースに始まり、ジャンル問わずいろいろな人たちを順番に読んでいくんですけど、そのうちに今度はミステリーが好きになって。シャーロック・ホームズとかアルセーヌ・ルパンとか、江戸川乱歩全集を一気に読んだりして、物語の世界に夢中になっていったんです。高校時代は文芸部に所属して、小説を書いたり俳句を詠んだりしていました。その流れで、大学も何の迷いもなく文学部に進学することになるんですよね。名古屋大学の文学部英文学科です。
堂上:10代の頃から文学や文芸の道を志していたんですね。先ほどのお話にもありましたが、親御さんが熱心に本を読むことを勧めたわけではなく、大和田さんが自ら本好きになったというのも重要な気がします。
大和田:そうですね。ただ母はよく本を読む人で、古典クラブや読書サークルに入っていました。私はというと、母が枕元に置いていた本を読んだりしていました。それこそ新田次郎さんとか宮尾登美子さんとか。
堂上:すごい小学生……! 普通、なかなかそうはならないでしょう。そう考えるとお母様の影響は大きいですね。気づけば自然と本好きに育っていたわけですから。親ってどうしても子どもに本読ませたいっていう気持ちがあるじゃないですか。ちなみにうちの息子はサッカーばっかりやってます。熱中できるものがあるのは良いことだから、もちろんそれはそれで良いんですけどね。
大和田:読書をすることや本との出会いって、タイミングだと思うんですよ。子どもの頃に興味が湧かなくても、きっと必要なときが訪れる気がします。
堂上:たしかに、それはすごくわかります。10年前は全然響かなかったのに、今読んだらすごく考えさせられたり、感じ方が変わったりとか。
大和田:大いにあると思います。だから私もそうなんですけど、買っただけで読まずに本棚で眠っている本たちも、いずれきっと読むべきときが訪れるだろうと思っています。
堂上:僕も本はよく買う方なんですけど、読むペースが追いつかなくて、積ん読(つんどく)しちゃうんですよねえ。ただそこは、手に取ったときが然るべきタイミングだということで。それを聞いて安心しました。
「諦めること」や「方向転換」というポジティブな選択
堂上:生粋の文学少女だった大和田さんですが、大人になってからの自分につながる原体験というと、何かありますか?
大和田:小学校の頃に、自主学習というのがありまして、単にテスト勉強をするだけでは面白くないからと自分で物語を考えて書いて提出したことがあるんです。すると担任の先生がすごく褒めてくれて。創造的なことを認めてもらえたのは、私にとって嬉しいことでしたね。
子どもの頃に見ている世界や社会って、ほんの一部じゃないですか。みんなそうだと思うんですけど、当然ながら視野が狭いんです。でも、子どもにとってはそこが中心になるわけです。だから余計に本や物語の世界にのめり込んでいったのはあるんだろうなと思いますね。
堂上:なるほど。子どもの頃に自分の作品や表現を誰かに認めてもらえた経験というのは、大きいかもしれないですね。それでは次に、文学の世界からどのようにして現在に至ったのかをお聞かせいただけますか。
大和田:きっかけはいくつかあるのですが、ひとつは18歳ぐらいのときに、自分よりもこんなに素晴らしい作品を生み出せる同級生がいるんだなと思う瞬間がありました。もうひとつは、この先どこまで情熱を持って文学と向き合い続けられるだろうか、と考えるようになっていたことです。挫折とまではいかないんですけど、前向きに諦めるという考えに至ったというか。
堂上:ライバルじゃないですけど、お互いを高め合える存在や尊敬できる才能との出会いがあったのは良いですね。ある意味その人たちがいたことで、大和田さんの人生の選択肢も生まれたわけで。
大和田:そうなんです。それに私自身の中の変化というのもあって。この先ずっと小説や俳句だけの世界にいるというのも想像ができなかったんですよね。そこから徐々に、会社で働く人生や、企業に就職して世の中に出るということを考えるようになっていきました。物語や文学の世界とはまた違った現実社会の広さを知り、そういう世界に身を置いてみたいと思ったのかもしれません。
堂上:諦めると同時に方向転換を決意したというか、社会に出るための心の準備もできていたんでしょうね。それでいうと、内容は違いますが、僕にも近い経験があります。高校までずっとサッカーをやっていたんですけど、進学校だったこともあって、入学してすぐの頃から大学受験の話ばっかりだったんです。それが嫌で、なんとか逃げられる方法はないかと考えて留学することを選ぶんですね。そんな矢先、サッカーの試合で靭帯を切る怪我をしてしまって、自分はもうサッカーを諦めるしかないだろうなと思いました。
大和田:入学してこれからというときに……。高校1年生でそんなアクシデントに見舞われたのは、ショックが大きかったですよね。
堂上:目の前にあった目標がなくなってしまったような感じでした。ただその後、ニュージーランドに1年間留学するんですけど、サッカーができなくなった自分に何ができるだろう? と考えて辿り着いたのがアートだったんです。そこで絵を描くのに夢中になり、将来はこの世界で生きていくんだぐらいに思ってたんですけど、いざ周りを見渡してみると、自分よりもデッサンが上手な人ばっかり。結局自分には何ができるのか、何をやるべきなのかをすごく悩みましたね。
そんなとき、担任の先生が何もいわずにスッと渡してくれたのが、パット・パルマーの『自分を好きになる本』でした。それで僕は、どちらかというと人と出会える仕事に面白さを感じて就職するわけなんです。
大和田:本を手渡すという言葉だけではないコミュニケーションは、先生の大きな愛情でもありますね。
堂上:そうですね。僕の中のウェルビーイングというテーマに繋がるきっかけをくれた出来事でもあったなあと、今ふと思い出しました。
ニュートラルな状態こそが、ウェルビーイングの鍵
堂上:ちなみに大和田さんは、どんなときにウェルビーイングを感じたり意識したりすることが多いですか?
大和田:働いていると、もちろん辛いこともたくさんあるじゃないですか。その「辛さ」にも種類があって、ハードな目標を乗り越えることの辛さっていうのは、我慢できるし頑張れるんです。チャレンジする楽しさもあるし、やりがいもあるので。一方で、立場的なもので自分の意に反することをやらなきゃいけなかったり、一定のコミットをしなければならない状況っていうのは、なかなか耐えられない辛さがあるんです。
堂上:すごくよくわかります。根っこがポジティブかネガティブかで辛さの種類が違いますよね。
大和田:でも、後者の辛さが苦にならない人もいるんですよ。逆にそういうところでプレゼンスを発揮できるっていう。でも私はそういうのが苦手で、人間としての思いやりや対話がないと、なんで分かり合えないんだろうと人間に対して傷ついちゃうんですよね。特に若いときは、誰とでも仲良くなろうとしたり、相手にとって望ましい人間にならなきゃいけないと思ってすごく無理していました。それが年齢を重ねるにつれて、人それぞれに性格も違えば得意不得意があるというのがわかって、そういうことを理解したうえで接するのが良いのかなと思えるようになりました。
堂上:そういう意味でいうと僕は、周りを気にしすぎないことも大切にしています。「鈍感力」っていうのかな。本当はめっちゃ気になるんですよ。でも、真っ正面から向き合って受け止めてばかりだと、自分が持たなくなっちゃうことってあるじゃないですか。僕の母にも「人は人、自分は自分」っていうのを子どもの頃からよく言われていたのを思い出します。
大和田:本当にそう思います。過去と他人は変えられないってお釈迦様も説いているように。人間関係においても、結果的にはニュートラルな状態でいるっていうのが一番。それがウェルビーイングにつながるんだろうと思っています。
堂上:これまでのWelluluでのインタビューやトークでも感じていることなんですけど、ニュートラルでいることってすごく大切ですよね。白か黒かの議論や価値観を押し付け合っているだけではウェルビーイングを阻害する分断も起こり得ます。Welluluの編集方針のひとつに「他者を否定しない」というものがあるんですけど、それは、あなたの価値観がイコールみんなに共通する価値観ではない場合もあるということなんです。まずはいろんな価値観を受け入れることが多様性を生むんじゃないかなと。
大和田:おっしゃる通りですね。それと私の場合、仕事の立場的にも「ニュートラル」を求められる機会が多いかもしれません。というよりも、その距離感が大事なんだと思いますね。いわゆる外からの視点も、ニュートラルな状態でなければわからないことでもあるので。
堂上:たしかに。ただ、外部の立場の人っていうのは会社にとっては黒船じゃないですけど、そういうイメージを持たれることもありますよね。一方で大和田さんの場合、柔和な人柄や雰囲気に加えてこれまでの実績もあるから説得力がある。だからこそいろんな業種から声が掛かるというか、求められる存在なんだろうなと思います。だからある意味、仕組みづくりのプロですね。
大和田:全然そんなことはないですけど、その業界や会社、あるいは組織における「当たり前」をちょっとずつ良い方向に変えていくというか、こんな選択肢や解決手段もあるというご提案をしながらお役に立つことができればいいなと思っています。
学びのタイミングは、生きているかぎり人それぞれ
堂上:話は戻りますが、文学少女だった時代を経て大人になり、そこからはどのような人生を歩まれたのでしょうか。
大和田:社会に出てからは、目まぐるしい日々でした。就職したらまず新しい仕事を覚えなきゃいけないですし、転勤や留学も経験しました。はじめに就職した会社(NTT)ではMBA留学があったので、社内選考や語学テストを受けて、ロンドン大学で修士号を取りました。その一方で、結婚や出産といった生活の変化もありました。
堂上:社会人になって就職してからは、やってみたいことや学びたいことの方向性も変わりましたか?
大和田:とにかく仕事が好きでしたね。いろいろな人と出会って、新しいことを見たり聞いたりするのが純粋に楽しくて。とにかく幅広く興味を持っていました。文学部出身だったこともあって、あまり法律や経済を勉強せずに社会に出たんですけど、会社に入るとそういう知識が求められることも改めて痛感しました。ただ、私が大学受験をしたのは今から40年前になりますが、当時は女性が経済や法律を学ぶこと自体が一般的ではない時代だったんです。
堂上:大人になってからの学びっていうのも、それはそれで大事ですよね。
大和田:そうですね。若いときから有能だったり起業されたりしている人もたくさんいらっしゃって、それはそれで本当に素晴らしいことだと思うのですが、私の場合、若いときからいろんなことを知らなくて良かったと思っている部分もあるんです。ゆっくり大人になって今になってようやくこの境地に立っていられるんだろうなとも感じています。
堂上:今だからこそわかることや、できることがあるということですね。では最後に、大和田さんの未来について伺っていきたいと思います。漠然とでもいいので、考えていることがあれば教えていただきたいです。
大和田:個人的な未来でいうと、私の父も母もわりと早くに他界しているので、自分も少しずつその年齢に近づいていると思うと、どういう最期を迎えたいかというのは最近よく考えるんです。それはどう生きるかを考えるのと同じぐらい大切なことだと思っています。
堂上:なるほど。これからの人生設計というわけですね。具体的にはどのようなことをお考えですか?
大和田:仕事や趣味の前に、筋トレを毎週欠かさずやっています(笑)。パーソナルトレーニングに通っているんですよ。やっぱりいつまでも自分の足で歩いて、ちゃんとごはんを食べられる状態でいたいなと思っています。
だから長生きリスクも考えてファンダメンタルズを見直したり整えたりしていますね。保険の種類もいろいろありますが、ひとつの拠り所として女性の平均寿命までは備えておくのが良いかなと考えています。その上で何をするかは、出たとこ勝負ですね(笑)。
堂上:健康な体と生活の基盤があってこそ、おだやかな人生を送ることができますもんね。そういうことをちゃんとやっておくと何でも落ち着いて受け止められるというか、安心できそうです。今回はいろんなお話をたっぷり聞かせていただき、どうもありがとうございました。
大和田:私もとても楽しい時間でした。ありがとうございました。
岐阜県出身。幼少期より本に親しみながら過ごす。名古屋大学文学部英文学科卒業後、NTTコミュニケーションズ株式会社、リクルートグループ会社を経て独立。2025年現在は株式会社日立製作所 人財統括本部エバンジェリスト、株式会社東京一番フーズ顧問を務めるほか、イオンモール株式会社、株式会社エイチ・アイ・エス、大東建託パートナーズ株式会社の社外取締役を務める。